『受難の僕、仕える僕』 Suffering & yet Serving Savior

★  すでに半世紀以上も前のことですが、ロサンゼルスのバイオラ大学で四福音書を
ホワイティング博士から学びました。  聖書学者としても霊的指導者としても優れた
教授でした。  すでにご存命ではありません。  御国での再会が楽しみです。

  四福音書の授業のなかで、マタイ傳が語るイェスのバプテスマと、荒野でサタンが
イェスに試みた誘惑の関連性、及び連続している二つの記録の意味を説明された授業
を今でも鮮明に覚えています。  当時のクラス・ノートも健在です。

★  あれから半世紀が過ぎました。
  しかし、主イェスのバプテスマと荒野誘惑は、私にとって、今でも大切な黙想課題
です。  主イェスのバプテスマと荒野での誘惑の意味についてホワイティング教授が
なさった説明に加え、イェスが自らの自由意志と自由選択でご自分を「受難の僕」、
「仕える僕」とされたこと、すなわち、十字架への道をご自分の意志で決断なさった
ことが、私には大きな関心ごとであり、大きな感動と感謝の源です。
  いつごろからご自分の歩むべき「受難のしもべ」の道、十字架への道を理解され、
その道を選んで従う決意をなさったのか、私には興味のある関心ごとのひとつです。

★  毎年、年末になりますと、ヘンデルのメサイヤが世界の多くの場所で合唱されて
います。  不朽の美しい合唱曲です。  受難のしもべ、悲しみの人、苦悩のしもべ、
仕えるしもべイェスが、やがて諸国の王たちの中の王として、たくさんの主たちの中
の主として、この天地宇宙を支配なさるという大きな主題のもとに、ヘンデルが贈っ
てくれた圧倒的な名作品です。

  イザヤ書53章をテキストにした箇所では、美しい、感動的な曲が続きます。
苦悩のしもべ、受難のしもべ、そして仕えるしもべとしてのイェスをヘンデルは見事
に描写しています。  聴き入る者たちを感涙に導きます。  実によくイェスの使命を
物語っています。  ベートーヴェンの第9は日本では定着しているようですが、世界
のほとんどの場所では、年末は何と言ってもヘンデルのメサイヤだと思います。

★  旧約聖書のイザヤが豫言した、「受難の僕・苦悩の僕・仕える僕」は、そのまま
新約聖書にも登場して来ています。  マタイ傳8章17節はそのことを証言します。

  イェスが「バプテスマするヨハネ John, the Baptist」のもとを訪ねられたと聖書
は語りますが、「何故?」という問題が残ります。

★  新約聖書はイェスの誕生の事実を語っていますが、その後にイェスがバプテスマ
のヨハネを訪ねて来るまでの約30年間のことをまったく語っていません。

  ただひとつだけ例外があります。  イェスが12歳のときに両親と共にエルサレムに
宮参りをしたときに、群衆の中で息子イェスを両親が見失ったという事件がありまし
た。  ルカ傳2章41節以下が記録している箇所です。  当時の世界では、子供たちが
盗まれて奴隷に売られることなど日常茶飯であったと推測します。  両親が心配した
のは無理もありません。  そのような緊張感が漂うなかで、49節が重要な証言をして
います。  少年イェスが、ユダヤ教の学者や律法学者を相手に、対話していたという
記録です。  「自分の父の家に居る」とイェスが述べたと、ルカ傳は語ります。

★  しかしこれ以外に、イェスの誕生から、イェスがバプテスマのヨハネのところに
おいでになったまでのことを、聖書は何も語っていません。

  どのような育ち方をしたのか全く見当もつかない若者が、ある日突然ヨハネの前に
現れたからといって、「どこの馬の骨かもわからないような大工の息子」を、神の子
として、救い主として受け入れることを、私たちが素直にできるわけがありません。

  またどのような意図で、どのような動機で、それまでの育ちも身分もわからない、
素姓のわからない青年が、悔い改めのバプテスマを叫んでいたヨハネのもとへやって
来たのか、その動機も理由もさっぱりわからないのです。

  このような状態で、『この青年が神の独り子であり、世の救い主であり、苦難の僕
なんだからお前たちは信じろ!』と言われても、それはとうていできない相談です。
大工の狂った息子の一人芝居にしかすぎません。

★  もしイェスが神の子であると主張するのなら、イェスに罪などあるはずがないの
だから、罪ある人々だけが悔い改めのために与っていたヨハネのバプテスマを求める
必要があったのか?‥なかったはずだのに‥という、ごく自然な疑問が出てきます。

  私は聖書学者でもなければ、神学者でもありません。  神さまに関することを知り
得るなど、そのような大それたことを考えようとしたことすらありません。
  けれども、イェスが私たち罪多き者たちのために十字架の上で贖罪の業をなし遂げ
てくださったという、神さまの大きなご計画という視点から、イェスのバプテスマを
考えることは、私にも赦されていると思います。

  主イェスは、バプテスマのヨハネに対して、自分は神さまの御旨に従ってこの世に
やって来たのだから、そしてそのために、今まさに十字架の道を歩み始めようとして
いるのだから、罪ある者たちと共に私が常に居ることを示すために、そして、人々が
そのことを理解し易いものとするために、自分自身を罪ある者たちの側に置いてみる
必要があるのだ‥と、そのようにバプテスマのヨハネを納得させられたものと、私は
イェスがバプテスマされることをヨハネに求められた理由は、そういうことであった
のであろうと、そのように私個人としては理解しています。

★  このことをとおして、イェスは初めて十字架に向かうご自分の使命を公言され、
また、ご自分に言い聞かせられたものと思います。  そしてヨハネはそのことを充分
にわかっていたので、イェスがおっしゃったとおり、イェスにバプテスマしたものと
理解しています。

  イェスがヨルダン川の水の中から岸辺に上られたとき、「天が開け、神の霊が鳩の
ように天から自分の上に降りてくるのをご覧になった。  そして、これは私の愛する
子であり、私はことのほか彼のことを喜んでいる‥という天からの声があった」と、
マタイ傳3章の終わりが証言しています。

  聖書そのものは、いわゆる「三位一体」という神学的な用語を使っていません。
しかしここに、「天の父」と、「地上の子」と、「天父から下る霊」というかたちで
三位一体をみることができます。

  ここに三位の神が一つとなって、イェスが神さまの御旨に叶うお方であることを、
すなわち、世の救い主、十字架の贖い主、苦難のしもべであることに対して、神さま
ご自身が太鼓判を押されたのです。  イェスのバプテスマを適切なものであると保証
されたのです。  聖書が何も語っていない青年期のイェスの30年間のブランク期間を
全く問題なしだ‥と、神さまご自身が保証されたのです。
  そしてそのことは、イェスは自分が十字架への道を歩む者であり、その道がすでに
始まったと自覚なさったということでもあります。

★  ところが、それでもナザレのイェスを、大工ヨセフの息子を、神の独り子であり
救世主であると認めようとしない不信仰がバプテスマを経たイェスに対して向けられ
ていたのでした。  「あの大工のヨセフの息子が、あんな若者が、どうしておいらの
救い主だって言えるのか?‥」と、神さまが太鼓判を押されたはずのイェスに対して
根強い疑惑と不信仰な態度が人々の心にあったのです。  悪魔の働きです。

★  そこで神さまはイェスを荒野に導いて、悪魔の誘惑にイェスを晒されたのです。
荒野ということですが、人里離れた、生きることが極めて困難な、ケリテ渓谷で烏に
養われたエリヤとの関連で先日から学んでいますように、荒野という所は、人が死と
対決せざるを得ないような、人を寄せつけない、静寂と死だけが支配する恐ろしい所
です。  同時に、そこで人は神とも対決できる、数少ない所でもあるのです。

★  イェスは荒野に導かれて、そこでこれから自分が採ろうとされている十字架の道
に就いて、悲しみの僕として、仕える僕として、十字架の苦難の僕としての心の準備
を、黙想に黙想を重ねて、考えて祈っておられたものと、私は推測しているのです。

  バプテスマのあと、神さまからの励ましと保証を頂かれたできごとのあとに導かれ
た荒野での、神さまとの対面の意味は、自分に託された十字架への道の確認であった
ものと私は考えます。  受難のしもべ、悲しみのしもべ、仕えるしもべの道の再確認
作業であったものと思えるのです。

  多くの聖書注解書は、イェスがサタンから受けられた誘惑の意味を解説することに
エネルギーを使っているようです。  そしてそれはそれで正しいことでしょう。
  しかし私は、静寂と死が支配する荒野で、イェスが自分に託された十字架への道を
黙想されたものと思います。  それは、サタンの誘惑に対する備えでもありました。

★  荒野の誘惑は三種類あったとマタイ傳4章前半が語っています。
ここではその内容の分析を、紙面制約の関係で、避けることにいたします。

  しかし、サタンからイェスへの三つの誘惑の表面上の申し出は異なっているように
見えますが、そこには厳然とした、基本的な、サタンからイェスへの提案が隠されて
いると私は考えています。

  それはイェスに対して、イェスが十字架の道を選ばないようにさせるというサタン
の策略が隠されているということです。  イェスが「苦難のしもべ、仕えるしもべ、
悲しみの人」とならないように、十字架への道へイェスが歩んで行かないように妨害
する‥ということです。  しかしイェスはサタンの誘惑の一つひとつを神のことばで
拒否され、自らを十字架に向かわせる道、すなわち、神の道を選ばれたのです。
苦難のしもべ、悲しみの人、仕えるしもべの道を自らの意志で選ばれたのです。

★  ナザレの若者、大工ヨセフの息子、どこの馬の骨かもわからない若造‥
あんな奴が救世主だなんて、信じられるものか!‥
  バプテスマされて、天から声があって、神の子だなんてほざいて、いい気になって
いやがるが、サタンにコテンパンにやられるのが落ちだぜ!‥  人々はイェスをその
ように冷ややかに眺めていたのでした。  荒野で奴は悪魔の誘惑にコロリと負けて、
つぶれてしまうさ‥  良く見てろ!  このように人々はイェスを見ていたのでした。

  しかし、死のにおいが漂う荒野でイェスは静かに神とのひとときを過ごし、自分の
使命を確認され、そして悪魔と体験され、十字架に到る道を自ら選ばれたのです。

  イェスがバプテスマを経て、天からの神の声を聴いて、そして荒野へと導かれて、
悪魔の誘惑に勝利されたという、一連のシリーズが私たちに語りかけている中心的な
メッセージだと、私はそのように理解しているのです。

★  十字架に向かわれるイェスを理解できなかったペテロの反応をマルコ傳8章31節
は告げています。  そのことの意味を全く理解できなかったペテロに対してイェスは
サタンという実に厳しい言葉で戒めておられます。
  このときすでにイェスはご自分を、十字架に向かう苦難の僕、悲しみの人、仕える
僕として理解なさっていたということを、私たちは知ることができます。

  ルカ傳22章の初めの部分では、イェスが主の食卓、いわゆる聖餐を「せつに」望ま
れていたことを語り、そして主の食卓の席で「仕える者」としての御自分の姿を示さ
れたのです。  十字架の上で、私たちの贖罪のために苦しみをお受けになるという、
「仕えるしもべ」の姿勢をお示しになったのです。

  そしてそののちに、オリヴの丘のゲッセマネの園で、血がしたたり落ちるような汗
を流しながら、真剣に悩まれ、祈られ、十字架の道を選ぶことの再確認をなさったの
でした。  あまりの苦しみのゆえに「死ぬほどの悲しみ」を経験されたと、マルコ傳
14章34節はそのときのイェスの苦悩を物語っています。

★  血の汗を流すほどにイェスはゲッセマネの園で、私たち一人ひとりの罪の贖いの
ために苦しまれたのです。  そのイェスに対して、そのイェスの大きな愛に対して、
皆さんはどのようなゲッセマネをイェスに捧げようとなさっておられるのですか?