『烏 ravenに養われたエリヤ』

★  ベタニヤ・ホーム開設以来いろいろな種類の野生動物と共存するように心掛けて
います。  栗鼠や狐も常連客として24年ものあいだそれぞれの専用餌台に来ます。
特に餌台に飛来する野鳥の種類は多いです。  小綬鶏コジュケイ は絶滅したようですが、
雉の一家がやって来ます。  神さまのお創りになったものは楽しいものです。
 
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  しかし一種類だけ戸惑うものがあります。  烏カラス です。  栗鼠であれ仔猫であれ
小動物を襲います。  啄木鳥キツツキ用の牛脂塊を根こそぎ盗んで行きます。

★  日本の記紀伝承には神武天皇東征時に、八咫烏ヤタガラス が熊野から大和に入る険路
の道案内をしたという話があります。  小学校で習ったのは金色の烏でした。

  イメージ・シンボル事典(大修館書店)や、聖書大辞典(キリスト新聞社)、また
聖書動物大事典(国書刊行会)を繙いてみますと、古い時代から烏は神の使者として
も、あるいは不浄で凶暴で呪われた鳥としても考えられて来ていることを学びます。

★  聖書では、ノアの大洪水のとき、箱舟の窓を開いて烏を放ったことが記録されて
います。  聖書に登場する最初の鳥ですが、なぜ箱舟に収容されていたのかという
理由はわかりません。  汚れた鳥、獰猛な鳥として考えられていたものか、それとも
神さまの使者としてであったのか...  創世記8章6節~7節は何も語っていません。

  しかし、レビ記11章15節や申命記14章14節では、烏は汚れた鳥として扱われ、食用
を禁止されています。  イザヤ書34章11節では荒れ地に住む鳥で、箴言30章17節では
人の目を刺す凶暴な鳥であると言及されています。

  そしてケリテ川辺で神さまは烏を使って、朝ごとに夕ごとに、エリヤを充分に養わ
れたと、列王紀略上17章3節~6節は語っています。

★  ルカ傳12章24節で、『烏のことを熟考してみるがよい。  烏は蒔くことも、刈る
こともせず、また納屋もなく倉もない。  それだのに神は烏を養っていてくださる。
あなたは烏より遥かに優れているではないか...』と、神さまによって生かされている
私たちの本当の姿をイェスは語っておられます。

  この聖書箇所は、エリヤが烏によって充分に朝夕養われたということを、イェスが
ご存知であり、そのことを肯定されたものだと、私はそのように理解しています。

★  『烏によって人間が養われるなんて!?  烏によって神の人が養われるなんて?!』
と、初めから疑ってかかる人もいるでしょう。  象徴的な話さ!!  比喩的な話さ!!...
とつぶやく人もいるでしょう。  聖書が開かれた書である限り、いろいろな角度から
聖書を爼マナイタの上に乗せて、ああだ、こうだと言いたがる人もあると私は思います。

  そのように聖書を読む人を、私が非難しているわけでは決してありません。
お気の毒だとは思いますが...  このことをここではこれ以上述べません。

  けれども、青年エリヤが、神さまが朝ごとに、夕ごとに送られた烏によって充分に
肉体的生存に必要なものを支えられただけではなく、毎朝毎夕のその体験を通して、
神さまのお言葉に対して、神さまに対して、絶対的な信仰を確かなものにする体験を
ヱリヤ自身が学んだという事実を、比喩的聖書解釈などでは説明がつきません。

  烏によって朝に夕に養われるという、卑屈にならざるを得ないような体験を通して
青年エリヤは神さまの約束が真実であることを学び、神さまの恩寵が豊かであること
を学ぶことができたのです。  神さまの方法は、人間が考える方法を遥かに超越した
恩寵の世界に属するものなのです。

  そのことをエレミヤ哀歌3章22節~28節が語っているのです。
そのことをイェスはマタイ傳6章19節~34節やルカ傳12章22節~34節で勧めておられ
るのです。

  私たちが両方の膝で地面の上に跪いて祈ることと、祈りに力があることを私たちが
学ばない限り、神さまは私たちを神さまのご用に用いてくださることがないのだと、
私は私の限られた人生体験ですが、考えているのです。

  クリスチャン=キリストに属する者であることとは、厳しい自己訓練、マタイ傳が
7章13節~14節で語るように、「しぼられる門・しぼられる狭い小徑」を無事に通過
する者・した者であるというのです。

  「月給取り気分・ショーバイ人気分」で、いわゆる牧師になるということでは到底
道が厳しくて耐えられなくなるのです。  若い牧師たちの溜め息が聞こえて来ます。
  教会堂という箱の中に閉じこもって、大勢の人々とともに、アーメン・ハレルヤを
絶叫するということだけで、そのことで誠実なキリストの弟子になれるというような
ことではないのです。  そのような姿勢を一種の行為義認主義といいます。

  烏に養われるということは、どのような環境の中に己が居ようが、神さまを信じ、
神さまのお言葉を信じて、ただひたすらに従い徹するという体験から始まると、若い
エリヤさんが私たちに語っているように思います。

★  人がほとんど住んで居ないところで、寂しい渓谷、断ち切られた渓谷という名の
ワディ・ワビスを流れるケリテ川辺に、神さまはまずエリヤを送り込まれたのです。

  そこには、静寂が漂い、死の臭いが漂い、人の能力を完全に否定する荒野です。
烏に養われなければ生存できない場所です。  死と隣り合わせの孤絶した場所です。
  しかし、そこはまた、神さまと向き合い、神さまと対話し、自己を冷静に見つめる
場所でもあったのです。  神さまの摂理と、神さまの恩寵と、神さまの御旨を学べる
絶好の場所でもあったのです。  神さまの御声を静かに聴きいることができた場所で
あったのです。  神さまとだけ静かに出会い、神さまのお声だけを聴いたのです。

  しかし、やがて川の水が枯渇するという新しい事態を体験することになるのです。
それは死を意味するものであり、存在の根底を否定する恐怖を体験したのです。

  これらの諸体験をとおして、神さまのご用のために、神さまに仕えるために必要な
場所と時とをエリヤにお与えになったものと私は理解しているのです。
烏に養われることも、川の流れの枯渇も、神さまが用いられた手段・方法でした。

  これらの体験は、18章に用意されている、神さまのための極めて大きな働きに従事
するために必要な準備段階の最初のもの、第一段目のものでした。

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