★ もともと短い英語の語呂合せでひとつの真理を語ろうとしたものですが‥
「in essential unity, in non-essential=opinion, liberty, and in all other
things, charity 」... という表現があります。 「...ty」で纒めてあります。
信仰の根源的・本質的なものに於いてクリスチャンは一致を、
意見や解釈に於いては自由を、その他のすべてのことに於いては愛を‥
★ 聖書は開かれた書です。 絶対的にこのようにしか解釈することを許さない!‥
この解釈しかあり得ない!‥ 教会の説くことに逆らえば地獄に落ちるだけだ!‥
そのような書ではないのです。 少なくとも私はそのように理解し、信じています。
開かれた書であるかぎり、読む人によって、読む人が置かれている環境によって、
読み方を教えてくれたほかのひとの聖書解釈や、読んだ本の影響によって、読む人の
人生体験によって、いろいろな解釈が生じてくるものだと、私は思います。
しかし、自分の解釈だけが絶対に正しいものである‥というように主張しますと、
そこに大きな問題が生じます。 排他的セクトのような不自然な結果を招きます。
律法主義集団を培養します。 仲たがいや、憎しみあいも生まれて来ます。
教会史を読んでみますと、ローマ・カトリックが異端審問所というものを設けて、
ローマ教会の聖書解釈と異なった意見を持っていた人々を次々に捕らえてむごい方法
で処刑していたことを学びます。
ローマ教会だけではなく、宗教改革時代には、いわゆるプロテスタントと自称他称
していた教会でも、自分たちの聖書解釈とは異なる意見を主張していた者たちに対し
て、お互いを憎しみ、処刑していたことを学ぶのです。 地上教会は、決して美しい
ものではありませんでした。 聖書をどのように解釈するのか‥難しい問題です。
しかし私たちは、お互いの聖書解釈や意見が違っても、主イェス・キリストの愛に
あって、信仰の本質的なこと、根源的なことに於いては常に一致することができます
し、聖書解釈に於いてはお互いの自由を尊重することができますし、その他のすべて
のことに於いては愛を抱いて、バランスを保つことができるのです。 感謝です。
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