『バス・ボイコット運動』=玉虫色信仰はだめです=

★  典型的な老人の特徴と特権だと思いますが、ふたたび昔のことから始めます。

  私が留学して二年目のことだったかと思います。  白黒テレビがまだ贅沢品の一種
で、女子寮長先生の居間に備えてあり、週末になると男子学生たちが女子寮を訪れ、
お目当ての女子学生と居間で語り合っていました。寮長夫人がスナックを提供してく
ださるので、もてない男子学生でも、それを目当てにテレビを視に行った学生もいま
した。  私は英語での勉強に追われて、ほとんど女子寮に行った記憶がありません。
  しかし確かそこでアラバマ州モンゴメリーで黒人による市営バスの乗車拒否運動、
すなわち、バスのボイコット運動を目撃したような記憶があります。
公民権運動というものが、アメリカの歴史の中で初めて生まれた瞬間でした。

  その頃の自称白人「クリスチャン」のほとんどにとって、そのような運動を、どの
ように捉えたらよいのかということで、大きな動揺と波紋を招いていたと、そのよう
に記憶しています。

  日本が連合国に占領されたときから、実際には主としてマッカーサーを総司令官と
するアメリカ軍でしたが、アメリカは自由と平等と平和な、理想的な民主主義国家で
ある‥と、そのように私たちは教育されたのです。
  天皇を頂点とする大日本帝国の恐ろしい国粋主義から解放されたばかりの日本人の
ほとんどにとって、アメリカは理想的な民主主義国家だと、私を含め、ほとんどの者
が憧れたものでした。

  到着港未定のまま西海岸に向かった貨客船彦島丸が、カナダのヴァンクーヴァーに
到着し、そこからバスでケンタッキーに向かったのです。  バス・ターミナルに到着
して、用を達したいと思い便所に行きました。  そしてそこで、有色人用と白人用に
分けられていたサインを初めて発見し、強い衝撃を受けました。  東洋人はどちらを
利用するのか‥わかりませんでした。

  学校で旧約聖書の学びが始まったとき、創世記9章26節の解釈をめぐり、『黒人は
白人の召し使いになるべく神が定められたのだから、白人の奴隷で良いのだ‥』と、
まじめに信じている学生たちが多かったことを聞き、これまた衝撃を受けました。

  二ヶ月ほど前のことですが、米国教会史を調べていたとき、一部の教会の説教者や
長老たちが、実は KKK(=Ku Klux Klan) の中心的指導者であったと知ったのです。

  南北戦争後の南部諸州に結成された秘密結社のことで、白人至高主義を唱え、黒人
や北部人、ローマ教会員やユダヤ教徒人、それに進化論者などを脅迫・排斥・リンチ
する暴力集団のことです。  穏やかな白人自称クリスチャンにとって、自分の立場が
わからず、戸惑い、困っていた時期だったと記憶しています。

  私も「ジャップ」と、しばしば白人クリスチャンから呼ばれていたことを記憶して
います。  現在は廃刊になって久しいのですが、世界的に有名であった週間写真雑誌
に「ライフ」という雑誌がありました。  ある号で、黒人の男性が KKKによって私刑
され、すなわちリンチされ、樹の枝にぶら下がっている写真が掲載されていました。

  たまたま、ほかの雑誌と共に、その号を代々木八幡教会の友人に送ったということ
である宣教師が移民局に情報提供をすることとなり、その結果、「好ましくない外国
人」として、移民局に呼び出され、取り調べを受けたたことがありました。
チャップリンが赤狩りにひっかかり、マッカーシズムがまかり通っていた時代です。

  冷戦時代の不安定なアメリカにとって、このころは人権運動の黎明期でしたので、
モンゴメリーのバス・ボイコット運動に参加していた多くの黒人たちを、白人警官や
白人州兵が実力排除している実況報道を、私は眉をひそめながら、そして大いに戸惑
いながら、当時まだ珍しかったテレビで目撃していた記憶があります。

★  ことの起こりはと言いますと、黒人のメソジスト・エピスコパル教会員であった
ローザ・パークス Rosa Parks さんがバスの後部座席に乗っていたとき、白人たちが
立っていたということで、後部座席に坐っていたパークスさんを含む四人の黒人たち
に対しバスの運転手が白人たちに席を譲るように要求したことから始まりました。

  黒人は後部座席に坐るように定められていたのですが、四名の白人が立っていると
いうので、後部座席に坐っていた四名の黒人たちは白人たちに席を譲れ‥と命じられ
たのです。  致し方なく三名の黒人たちは、立っていた白人たちに席を譲りました。

  しかしローザ・パークスさんは断固拒否したのです。  この些細な拒絶がその後の
大きな公民権運動へと発展していったのです。  オバマ現大統領はまだ生まれていな
かったのではないか・・? と思います‥。  1955年のことだったかと思います。

★  ローザ・パークスおばさんは、『いよいよ黒人が白人に対して公然と抗議する時
が来た!  ほかの黒人はどうであれ、この私は違うんだ!』と決意したのでした。
  すなわち、『強くあれ。雄々しくあれ。  あなたが何処に行くにも、あなたの神、
主が共に居られる故に、恐れてはならない。  恐怖におののいてはならない』‥
  ヨシュア記1章9節の呼び掛けです。

  ローザ・パークスおばさんは逮捕されました。  彼女の勇気ある抗議の姿勢は全米
の黒人たち、こん日ふうに言うと、アフリカ系アメリカ人を激しく揺すぶりました。
モンゴメリー市バス・ボイコット運動へと発展して行きました。
  ノーベル平和賞を得たバプテスト教会キング牧師 Martin Luther King 1929~1968
も登場して来ました。  このような経過を経て公民権運動 Civil Rights movement
がこん日のような形を形成し始めたのです。

★  人がまじめに何か変化をもたらしたいと願うのであれば、そのことを願う人は、
「自分はほかの人々とはここが違うのです」ということを鮮明に表示しなければなら
ないと思います。  そして、思ったことを実践する必要があるのです。
  自らが自分の考える「違い」を、自らの「違っている」という姿勢・態度で明確に
示さなければ理解されないと思います。  特に信仰や政治信念においてはそうです。

  日本人特有の「玉虫色」、「ナァナァ主義」、「マァマァそこは何とか主義」では
ほとんど何の変化も改善も改良ももたらすことはあり得ないのです。  信仰面でも‥

  日本の教会の無力さの原因の一つは、クリスチャンと自称する人たちの付和雷同性
にあると思います。  曖昧さです。  信仰に賭ける・懸ける‥ことがないのです。

★  物事をはっきりさせるためには、自らを明白にする必要があります。
このこととの関連で、聖書は何といっているのでしょうか?  ダニエル書です。

  三人のユダヤ人青年がバビロンに捕虜として強制連行されたときに、自分の信仰を
鮮明に打ち出すことに命を懸けました。  おおよそ30メートルほども背の高い偶像を
神として拝することを拒絶し、偶像に頭を下げることを拒否したのでした。

  結果は明白でした。  バビロン王の怒りに触れた三名は、燃え盛る溶鉱爐の炎の中
に放り入れられたのでした。  しかし、神はその奇しき御手をもって三名を護られた
のです。  ダニエル記3章に記録されていることです。

  自分たちは他のひとたちとは違うのだ!という信仰の証明を、自分たちはこういう
ように違うのだ‥と、バビロンの人たちの偶像崇拝とは違った自分自身の信仰を実践
して鮮明に示したのです。
  鮮明に示された「三人の青年の違った信仰」を目撃したバビロン王は、28節以下
で、『シャデラク、メシャク、アベデエネゴの神は誉むべきかな!』と、三人の神を
誉め讚えたのです。  全国に布令をだし、三人の神を汚すことのないように命じたの
です。

★  私たちがまことに私たちの信じている神さまを、私たちの日常生活で、家庭で、
職場で、社会に示したいと願うのであれば、何処かで私たちは、人々に対して、自分
の信じている神さまへの私たちの在り方を鮮明に示す必要があると思います。
  中途半端な信仰というものは在り得ないと私は信じています。  自分の信仰を鮮明
に示すための勇気が必要でしょう。  十字架のできごとに感謝しているという姿勢を
はっきりと示す必要がありましょう。  恩寵に応えるひとつの良い道だと思います。

  主イェスは十字架に半分だけ行って、半分は逃亡した‥などではなかったのです。
十字架の上で死に到るまでとことん己を捧げられたのです。  自分の信じていること
に対して自信と誇りを持つのであれば、私たちは、信じていることをはっきりと世に
示す必要があると思います。  「玉虫色の信仰」などというものは決してあり得ない
のです。  日本での教会ゴッコ、そろそろこのあたりで止めにしたいものです。

        ヨシュア記24章15節は、皆さんにとって、ただ単なる画餅ですか?
                     Kyrie eleison! 主よ、哀れみ給え!