★ 先日原生林の中を散歩していましたら、雉鳩の死骸を見つけました。
猛禽にやられたようです。 飛ぶものが地上に落ちていたのです。
これはてっきりニュートンさんの仕業かと、一瞬そのように思いました。
★ universal gravitation 万有引力の法則‥えらいむつかしい名詞ですが‥
質量を有するすべての物体間に作用する引力。 二つの物体の間に働く萬有引力は、
両物体の質量の積に比例し、距離の平方に逆比例する。 ニュートンが導入し、これ
によって天体の運行を説明した。 宇宙引力‥と、或る電子辞書に出ています。
地球上の物体に下向きに働いて重さの原因になる力。 地球自転による遠心力との
合力。 萬有引力に同じ‥ともあります。
わかりきっていることですが、法則 lawという以上、宇宙的で不変のものでなけれ
ばなりません。 一人でも、「それはおかしい」と証明する人があれば、宇宙的法則
ではあり得ません。
★ 先日、敬愛している吉良賢一郎さんから、或る著名な学者がお書きになった一つ
の文章を頂きました。 おもしろい文章でした。
そしてその次の瞬間に、どうしたわけですか自分でもわかりませんが、ガラテヤ書
5章22節~26節と、同6章7節~10節の聖句が、半分以上乾き切ってよく働かなく
なっている終末末期高齢者の脳味噌に浮かんで来ました。
★ 万有引力の法則というものがある以上、私たちの心にも、精神的な、信仰的な、
そして霊的な法則というものがあるはずだと思います。
ガラテヤ書6章には、三つの十字架が示唆されているように、私には思えます。
すなわち、2節が示す、「お互いに重荷を担い合う」という十字架と、5節が諭して
いる「自分自身の重荷を担う」ことと、そして14節が勧める「主イェス・キリストの
十字架の誇り」です。
人は、自分自身が蒔いた種から実るものを収穫しなければならないという、霊的な
法則があるのです。 この世的な肉を蒔く者は、神の国を継ぐことができない肉の実
を刈り取ることになるのです。 恩寵の内に霊的な種を蒔く者は、やがて霊的な実を
刈り取ることとなるのです。 永遠の命を刈り取ることができるのです。
『種を携え、涙して出て行く者は、束を携え、喜びの声を揚げて帰って来る!』と
詩篇 126編6節はさりげなく告げています。
★ ニュートンの萬有引力の法則は誰でも知っています。 クリスチャンもです‥
しかし、奇妙なことですが、そのクリスチャンと自称する者の多くが、霊的な法則を
ほとんど考えたことがないし、実行したことがないという事実です。
『私に向かって、「主よ、主よ」と言う者が、みな天国に入るのではなく、ただ、
天にいますわが父の御旨を行う者だけが、入るのである!』と、マタイ傳7章21節は
警告しています。 これも信仰の法則の一つです。 イェスがおっしゃったのです。
★ 潔さと言う種を蒔けば、やがて幸せという実を刈り取ることになる‥と語った人
がいたそうです。 そういえば、テモテ前書4章12節は以下のように勧めています。
『あなたがたは、年が若いために、人に軽んじられてはならない。 むしろ、言葉
にも、行状にも、愛にも、純潔にも、キリストを信じる者たちの模範となりなさい』