サムエル前書7章12節・同後書7章18節
★ Hither-to hath the Lord helped us.
半世紀以上も前の1954年に最初の留学先ケンタッキーでこの聖句を英語で聞きました。
hither-to という副詞は古語英語に属する副詞で、一般会話に出てくることはめったにありません。
「今までのところは」とか、「この地点まで」とか、「今までのところはまだ‥」などを意味します。
英語をほとんど解せなかった私は、この一語がわからなかったために、その単語の意味を理解しようとしている間にどんどんと授業が進行し、結局のところ、何も理解できないままで授業のほとんどが終わってしまった...という苦い経験があります。今に到っても、半世紀以上前のその時のことをときどき思い出します。
結果的にですが、恩寵の内に、三つの大学に赤貧留学をすることができました。赤貧留学というものの辛さを身に沁みて覚えた数年間でした。
三つ目の大学院でも皿洗いをしながら苦学生活をしていましたが、その時に政府の情報機関の工作があり、身に覚えのない汚名を着せられ、大学院での勉強を断念して帰国しました。
帰国直後にも同じ機関からの執拗な接触が続き、不思議な交通事故に巻き込まれて左腎臓を喪失することとなり、それ以降は情報機関からの接触が消え去りました。
今年春に、三番目の留学先であった大学院での学びを断念せざるを得なかった母校が私ども夫婦を招聘してくださり、思いもかけないことでしたが、数千人の人たちの前で表彰されるという名誉を頂戴いたしました。
席上、二番目の留学先の大学の教授からも私たち夫婦を招聘して表彰したい...との思い掛けない申し込みがありました。
私どもが表彰されたことを知った最初の留学先の下級生たち有志といくつかの教会が今年夏に私どもを招聘してくださいました。
病弱な末期高齢者夫婦にとりましてこれらは想像もしていなかった特権と感謝でありました。
すでにソウル市は、かつての私どもの清渓川チョンゲチョン スラムでの活動に対して謝意をあらわすために私どもを招待してくださり、写真集まで発行して下さいました。
八ヶ嶽南麓に移住して四半世紀になろうとしています。目立つような活動もせず、できずに現在に到りましたが、多くのかたがたのご好意によって厚く支えていただき、感謝をして末期高齢者となることができました。
★ この年の終わりに際し、そして、新しい年を迎えるに当たり、半世紀以上も前に聞いて理解できなかった古語英語の「ヒザツゥー hither-to こん日に到るまで」という表現を改めて思い出し、感慨無量の心情でおります。
『私が誰なので、私の家が何であるので、神さま、あなたはこれまで私たちを導いてくださったのですか?』... 神さまと皆さまに感謝あるのみです。
Here I raise my Ebenezer; here by Thy great help I've come. Robert Robinson
『神より離れて迷いし吾を、イェス君、見いだし給いし日より、恵みに漏れたる時はなかりき、いざ打ち立てましエベネゼルをば・・』(聖歌 273)(新生讚美歌 563)『サムエルは一つの岩石をとってミズパとエシャナの間に据え、「主は今日に到るまで我らを助け給うた」と言って、その名をエベネゼルと名付けた。』
サムエル前書7章12節 サムエル後書7章18節