バフ・スコット 野村基之訳
Reflections on Easter & its Origin
Buff Scott, Jr. 2009・04・12
聖書的で、単純な信仰に戻ろう‥と願っている古い友人から、以下の文章が送られ
て来ました。 本人の許可を得てここに紹介致します。 読者の皆さんが参考にして
くだされば嬉しいです。 ご本人は現在アリゾナ州フェニックス市に在住です。
なお、アメリカ人にはわかりきっているような多くの英単語ですが、日本の読者の
皆さんにはわかりにくいために、注釈を加えておきます。 ご了承願います。
★ ケンタッキー州東部のアパラチア山脈の中で幼少期を過ごした私は、そのときに
イースターと呼ばれている季節があることを初めて知ったのです。
毎年、いわゆるイースターの日になりますと、教会の大人たちが、色彩あざやかな
鶏卵を教会の庭の各所に隠しておき、私たち子供にそれらの卵を捜させたものです。
私たちガキどもにとって、卵捜しということがイースターそのものだったのです。
もちろん、大人にしてみれば、イェスと呼ばれた一人の男の復活が中心でした。
(訳者注:ケンタッキー東部アパラチア山脈の中でも最僻地パイク郡のヒルビリー、
田舎っぺ)住民のほとんどは、形式的な教会主義 Churchanity からまったく無縁の
人たちですが、少なくともこの祝日の意味は、卵捜しの行事で知っています。
すなわち、福音のメッセージの中心核宣言である、「彼は復活した!」ということ
を、どんなに僻地に住んでいても、卵捜しという方法で理解しています。
★ 時とともに成長し山を下りた私は、やがて独りで自由に物事を考え始めました。
その結果として、イースターというお祭り騒ぎの根底が、ユダヤ・キリスト教以外の
異教徒の偶像信仰・多神教信仰から派生していることを知るに到りました。
* 欽定版は、使徒行伝12章4節でイースター Easter という単語を掲載しています
が、または誤訳を掲載しているとも言えますが、改訂版では Easter を Passover と
いう正しい単語と置き換えています。
*(訳者註:ご本人は英語圏内の人ですので、英語圏で現在でも広く深く愛用され、
ほとんどの人が知っている欽定版 King James Version のことを以下で言及します。
欽定版は The Authorized Version とも言われています。
イギリス国王ジェームズ1世の命令による選定書という意味です。 1611年に王に
献上されたかと思います。 古い英語ですから、現代英語とは違和感がないわけでも
ありませんが、美しい文体の聖書です。 私も主としてこの欽定版聖書で留学中教育
を受けました。
手持ちの何種類かの日本語の聖書で、問題となっている使徒行伝12章4節を調べて
みましたが、イースターと誤訳しているものはありませんでした。「過越の祭り」と
か、「酵徐タネノケの日」などと訳してあります。 問題はないようです)
★ 信頼できるいろいろな資料から言えることですが、「イースターEaster」という
単語は *Eastreという異教徒の女神から出てきたようです。 すなわち、そのことは
異教徒の祭りに関係しているということです。 それとは別に、ギリシャ語のパスカ
paschaは、ユダヤ教の過越の祭りを意味しています。
(* 訳者註:アングロサクソン民族の信仰オーストール Eostre 又はエイオストレ
という春の女神、曙の女神から来た名詞だと考えられ、春分の日にそのお祭りが行わ
れていたと言われています。 ゲルマン民族の間でも生命の復活をたたえる春の祭り
の女神として奉られていたようです。 東洋では灌仏会に相当するのでしょうか?)
この異教徒の春を祝うお祭りオーストールをローマ教会が借りて来て、じょうずに
盛装させ、いくつかの飾りものをつけ加えたうえで、常軌を逸した荘厳な祭典に仕立
てあげ、それを聖なる日として祝い始めたということです。
そして多くのプロテスタント諸教会も、この「聖なる日」を、ローマ教会から借用
して来たというわけです。
★ なぜ欽定版聖書の翻訳者たちが「パスカ pascha 過越の祭り」を、イースターと
翻訳したのだろうか?‥という問題が残ります。
その理由ですが、ジェームズ王が翻訳者たちに対して、古くからの、伝統的な教会
用語 the old ecclesiastical words を維持せよ‥と命じていたからです。
たとえば、*Church という単語を、 *congregationと翻訳してはならない‥という
ように指示していたからです。
ルイス著「英語聖書史History of English Bible」の中の「ジェームズ王の翻訳者
らに対する指示 King James' Instructions to the Translators」に記録されていま
す。 なぜなら、ジェームズ王は、国王だけではなく、英国国教会 The Established
Church の頂点に立つ人物であったからです。
(* 日本語に訳してしまいますと、 Church も congregation も同じように教会と
しか訳せないからです。 それに相当する正しい訳語が存在しないからです。
「教会」と悪訳してしまったからです。
Churchとは、体制的な、宗教儀式中心の、位階聖職者が支配する、可視的なものを
強調する響きを持ち、そのような意味を含蓄する単語だと私は考えています。
それに対して、コングリゲーション congregation とは、集会とか会衆を強調する
響きを持っている単語です。 チャーチは、「主のもの」というギリシャ語から派生
し、ドイツ語を経由したものだと私は理解しています。
コングリゲーションとは、礼拝など一定の共通目的を持った人々の集まりを意味す
る言葉で、人々が集まっている状況、人々が集まって営んでいる宗教行為の動的状況
を、どちらかと言えば、表しているように私は理解しています。
また、そのような小規模集会、小規模の各個集会、各単立集会というような響きを
意味していると思います。 エクレシア、「呼び出された者たち」というギリシャ語
から派生した発想です。 集会に呼び集められた人々を中心とする発想です。
チャーチと言う場合、そこには格調高い、荘厳で豪華な礼拝目的のための石の建造
物や、ステンド・ガラスや、豪華な絨毯や、鳴り響くパイプ・オルガンや、ガウンを
着用した聖職者らが司る宗教儀式などを含める意味があるように私は思います。
大英帝国の王としても、英国国教会の頂点に立つ者としても、コングリゲーション
という名詞には憎悪感のようなものを感じていたのではないのでしょうか?
それに加えて、国教会の在り方に批判的なクリスチャンたちの多くは、厳しい処分
を覚悟してまでも、反政府的教会、反国教会、すなわち、会衆派教会運動を起こして
いました。 コングリゲーショナル・チャーチ、すなわち、会衆派教会という運動が
あったのですから、国王がそのような単語を自分が支配する英国国教会で使うことに
同意するはずがなかったものと思います。)
★ 国王は教会の古い伝統を維持するように翻訳者たちに命じたのです。
(* そしてそれは、ローマ教会からそのまま持ち込まれて来ていたものでした。)
そのようなわけですから、チャーチchurchという名詞も、イースター Easter という
名詞も、バプテスマ baptismも、ビショップ Bishop 主教・司教など、その他いくつ
かの言葉がそのままローマ教会から引き継がれたまま、欽定版聖書作成時に導入され
たのです。
★ すでに説明しておきましたように、国王ジェームズ1世は、英国国教会という、
大きな体制教会の頂点に立つ人物、頭 the Head でした。
それですから、ギリシャ語の「エクレシア ekklesia 、呼び集められた者たち」と
いう名詞を欽定版聖書の翻訳者たちが使うとなれば、大英帝国国教会のお頭さまを、
クリスチャンたちが集まっている集会の王とすることになり、その集会の責任者程度
に引きずり降ろしてしまうことになるのです。 そのような突拍子もない、とんでも
ないことに、ジェームズ国王が興味を示すわけがありません。
ジェームズ国王の大英帝国国教会にしてみれば、すでにイースターは全体の一部と
して絶対不可欠な要素であったために、イースターという名詞を、いまさら「過越の
祭り pascha パスカ」と正しく翻訳させる必要を認めなかったのです。
★ 以上のような歴史的汚点にもかかわらず、ここで私たちが強く留意すべき点は、
どのような誤訳が英語訳聖書の中にあったとしても、イェスがローマの十字架の上で
死亡されたこと、埋葬されたこと、そして、ユダヤ人の時間に従って、三日目に復活
なさったことを否定することができないとうことです。
十字架上のできごと、埋葬の事実、そして復活ということこそが、善きおとずれ、
すなわち福音の最も美しく、魅力的な主要部分であるのです。
『キリスト・イェスはよみがえりたもうた!』
そしてこの事実を私は確信し、宣べ伝えるのです!