『アシラとその像』

★  先週号で「エリヤ・オバデヤ・アハブ・イザベル・バール・雨」に就いて最低限
の紹介を試みておきました。  しかし、アシラのことを忘れていたようです。

  日本語聖書ではアシラとなっています。  欽定版では groveとなっています。
この groveは、辞書によりますと、ヘブル語 Asherahまたは Ashtorethの誤訳だと
あります。  あるいは、同じくヘブル語の eshelの誤訳の可能性があるとのことです。
ヘブル語(ヘブライ語)に詳しくない私にはそれ以上のことはわかりません。

★  アシラに就いて半世紀以上も前に、確かバイオラ大学で学んだような記憶があり
ますが、何しろ終末末期高齢者ですから、ほとんど忘れてしまっています。
  そういうわけですので、もっと責任のある紹介をするために、キリスト新聞社刊行
「新聖書大辞典」のアシラ欄から主要点だけを紹介することに致します。

★  アシラとアシタロテは、共にカナン宗教の肥沃祭儀における礼拝の対象としての
女神である‥と紹介されています。  両者の区別は明瞭でない‥ともあります。
  そして新聖書大辞典は、アシラを三つに分けて紹介しています。

1.  女神として:  列王紀上18章19節に書かれているように、アハブ王妃イゼベルに
よってフェニキアから北朝イスラエルに導入された女神のことです。
  エルサレムの神殿にアシラの像が立ち、神殿男娼の部屋が設けられた(列王下23章
4節~7節)のはアッシリアの影響であり、反アッシリア政策を打ち出したヨシュヤに
よって徹底的に排除されました(同4節~15節)。

2.  女神の像として:  アシラという語は女神の像を指すそうです。  マナセが神殿
に立てた「アシラの彫像」=列王紀下21章7節は、同書23章6節では単にアシラ像と
なっています。

  アハブ王によってサマリアのバアル神殿に立てたアシラ像もこのような像であった
として列王紀上書16章33節と列王紀下10章26節を比較するよう提案しています。
  この像は破壊されましたが、エヒウの子エホアハズの時代にサマリアに再び現れた
と列王紀下13章6節が記録しています。

3.  聖木として:  女神の象徴としての木像もアシラと呼ばれていたそうです。
申命記16章21節によれば立てることができる木像であることがわかります。

  出エジプト記34章13節と士師記6章26節では木像を切り倒すことができ、申命記12章
3節と士師記6章26節には木像を焼くことができるように記載されています。

  木像であったため考古学的遺物として残っているものがないが、アイにおける早期
青銅器時代の聖所跡地の発掘では香壇の間に長さ1米余りの炭化した木片が出土し、
これが枝を切り落とした木柱であったようで、おそらくアシラであったものと考えら
れています。

  アシラの礼拝と肥沃の女神のこのような表象である聖木を立てることは厳しく禁じ
られていたようで、アシラ礼拝は特に北朝イスラエルにおいてオムリ王朝の下で繁栄
したものであり、エホヴァ=ヤハゥエの目に悪と見なされるに到り、豫言者的史観に
よれば、これが王朝滅亡の原因となったものとされています(列王紀下17章7節)。

  イザヤ書17章8節や27章9節によれば、豫言者が譴責したにもかかわらず、アシラ
礼拝は王朝時代にも行われていたようです。
  ユダ王朝末期にも、「天后」の名のもとにエルサレムで広く礼拝されていたように
エレミヤ書17章2節と18節は語ります。

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