★ 17章の初めに、エリヤが人里離れた寂しいワディ・ワビス渓谷を流れるケリテ川
の厳しい自然の中に送られ、そこで死と対決し、また神さまとも対決し、静寂の中に
神さまの御旨と摂理を体験したことを学びました。 (ワディとは渓谷の意)
次にエリヤは地中海の国際的な漁工商業港ザレパテに送られ、騒音と喧騒の中で、
多くの誘惑と挑戦の中で、最も貧しい、その日の生活にも事欠いていた子持ちの寡婦
の粗末な生活の場に派遣され、神さまの摂理と恩寵を、他者との共同生活という形で
更に学ぶ実践訓練生活を体験したのでした。 『甕の粉は尽きず、瓶の油は絶えじ』
という、神さまの摂理を学んだのでした。 得がたい恩寵を体験したのでした。
『人の生くるはパンのみに由るにあらず。 神の口より出づるすべての言コトバ に由
る』という、マタイ伝4章4節のイェスの言葉と同じ確信を、貧しい寡婦に養われな
がら学ぶことになったのです。
★ ケリテ川のほとりでの孤独な修道僧生活とは違って、喧騒の町で、貧しい寡婦の
粗末な住居区間で、寡婦に養われるという、プライドにかかわる乞食生活を体験した
のです。 そこが洞穴の中であったのか、スラムの中の掘っ建て小屋であったのか、
聖書はそのことについて何も語っていません。 未婚の男性と、既婚寡婦との関係も
聖書は何も語っていません。 寡婦の幼い息子が同居人のエリヤに対してどのような
感情を抱いていたのかも聖書は語っていません。 普通の人間関係、男と女との関係
から憶測してみますと、荒野とは全然違った緊張体験を、エリヤは寡婦の家庭で経験
したものと推測できます。 そして何かしらこの寡婦には暗い過去があったことを、
18節は暗示しています。 しかし聖書は寡婦の過去を何も語っていません。
★ そこに寡婦の息子の病死という事態が浮上して来ています。
栄養状態が極めて悪かった寡婦と息子の貧困生活を容易に想像することができます。
居候を続ける健康なエリヤに対する寡婦の複雑な感情も何となく想像できます。
一緒に住むことになった一人の幼子の死という現実にエリヤは初めて出会います。
哀れみということを個人的に初めて強く体験したのではないかと推測します。
神さまが、なぜ弱い立場の幼子の命を召されたのか?...と、エリヤは初めて真剣に
思い巡らしたのかも知れません。
ソウルの清渓川チョンゲチョン スラムで、私も同じような体験をいくどか経験したことが
ありますので、エリヤの神さまへの怒りと、人間的な絶望と、そして最後には神さま
の力に依る復活への願いが、何となくわかるような気がするのです。
またその時まで、個人の命の尊さを覚えることが少なかったエリヤに、一人の幼子
の死を通して、弱い者を愛するという体験を神さまがエリヤに与えられたのかも知れ
ません。 エリヤにとって身近な者の死を初めて体験したのかも知れません。
それだけに、エリヤは、幼児の復活を心の底から願い、神さまに哀れみを求めたの
だろうと推測します。 21節には、エリヤが真剣に神さまに三度お願いをしたことを
告げています。 そして神さまがエリヤの真剣な願いを聞かれたと22節は告げます。
★ 同居する貧しい寡婦家族の息子の病死と復活を体験し、目撃することによって、
エリヤは個人を愛すること、個人を大切にすることを学んだものと思います。
神さまに仕える者は、人々を具体的に愛することを学ぶ必要があるのです。
決して頭だけの知識ではないのです。
「特定の問題に対して今この自分は何をなすべきなのか?」このことがキリスト者
と自称するものに対して常に問われているのです。 福音伝道者も、一般の基督者も
What can I do? ということが問われ、神さまに寄りすがって問題の解決を求めると
いうことが問われているのです。 信仰とは、そのような地味な実践だと思います。
ルカ傳10章30節以下の「善きサマリヤ人となる」ことが求められているのです。
エリヤの神さまに対する真剣な祈りによって寡婦の息子がよみがえったということ
で、しばらくエリヤを同居させ、世話をしていた寡婦は、エリヤが神さまに仕える人
であると理解し、エリヤの祈りの言葉を聞かれた神さまが真実なお方であると確信す
るに到ったのでした。 すばらしい個人的な証しをエリヤは成し遂げたのです。
★ 今春新しい学生生活を始められる皆さんも、他者に仕えることで神さまに仕える
ことができるのだ...ということを、この春から体験していって欲しいと願います。
エリヤさんはいろいろところで、いろいろな体験を謙虚に、しかも豊かに学ぶこと
を積み重ねていって、いよいよ18章で神さまのために大きなお仕事をすることになる
のです。 皆さんも常に謙虚に神さまの導きの中に在って、学びを続けてください。