<<この章は、前章『烏 ravenに養われたエリヤ』の続きです。>>
★ このあと、今度は全く環境の異なる地中海沿岸の漁業・交易・産業都市であった
ザレパテに行くように神さまはエリヤに命じられました。 シドンとツロの中間点に
ある、染め物の盛んな港湾都市国家があった町です。 ガラスも生産していました。
大勢の人々が往来する、トルコからエジプトに通じる国際街道筋の港町です。
賑やかな通商の漁港です。 荒野とは全く違った価値感覚が支配している町です。
支配者の権力と、そこに生きる人間の能力、損得勘定、飽くことを知らない人間の
貪欲、そして肉欲が支配していた都会です。
その港町でエリヤは、孤独と静寂と死が支配していた渓谷とは全く違う体験をする
ことになるのです。 あまりの極貧さに、自殺を考えていた寡婦の世話になるという
体験をすることになるのです。 三千年ほど前の話です。 女性の価値などほとんど
無視されていた時代です。 寡婦が生きるには、選択肢が極めて限られていた、厳し
過ぎた時代の話です。 しかもエリヤが遣わされた寡婦には子供が居たのです。
子供を抱えていた寡婦には生きのびる道は少なく、自殺を考えていたのです。
この騒音の町の中で、赤貧の寡婦を通して、『甕の粉は尽きず、瓶の油は絶えず』
という神さまの訓練と神さまの恩寵の摂理を学ぶことになるのです。
★ そして、ただ単にエリヤ自身が神さまの摂理を更に体験しただけでなく、最初は
大いに戸惑っていた寡婦自身も、『今、私はあなたが神の人であることと、あなたの
口にある神さまの言葉が真実であることを知りました』と告白するほどに、神さまの
恩寵のすばらしさを体験し、信仰の復興をみることになりました。 17章24節です。
このような体験を通して、エリヤは18章に書かれているように、神さまから大きな
仕事を託されるように成長していったのです。 焦らないで、神さまの時間を待ち、
神さまの豊かな恩寵を体験することが重要なのです。 そのような神の人を少しずつ
増やすことが求められているのです。 大量生産することは決してできないのです。
★ 留学中に、ケンタッキーやルイジアナの辺境地の古い小さな教会で、たいていの
場合、貧しい寡婦や老人から、同じようなお恵みを頂く体験を私も多くしました。
礼拝後にさりげなく差し延べられた皺だらけの手で握手を求められ、求めに応じて
握手をしますと、私の手の中に25セント、時には1ドルが託されていることを体験し
たのでした。 同じような体験をローズ先生もなさり、そのような小さな献金の積み
重ねで、戦後に横浜で教会をお建てになったことを私はしばしば伺っておりました。
神さまのお仕事は、エリヤが体験したように、この世の基準ではとうてい計ること
ができない不思議な方法で、神さまの方法で、なされることが多いようです。