★ マタイ傳24章24節とマルコ傳13章22節で「偽キリスト・偽豫言者」という表現
があります。 主イェスが警告されています。
そのほかにも、ペテロ後書2章1節には「偽教師」が、コリント後書11章26節と
ガラテヤ書2章4節には「偽兄弟」が、そしてコリント後書11章13節には「偽使徒」
が存在していた、そして現在でも存在していることを警告しています。
マタイ傳7章15節と24章11節、ルカ傳6章26節、使徒行伝13章6節、ペテロ後書の
2章1節、第1ヨハネ書4章1節、そして黙示録16章13節、19章20節、20章10節には
「偽預言者」に対する言及と警戒がしるされています。 黙示録2章節には「偽者」
もあります。 いつの世にも偽物・偽者・ペテン師が多いことは世の常です。
しかし、聖書が語る場合には、これは悪魔との霊的な闘いの場に於ける「偽者」な
のです。 悪魔はあたかも「光の天使」のように装って私たちに近寄って来ると聖書
は警告しているのです。 悪魔が最も熱心に活動するのは霊的世界です。
「自称・他称の我こそは良きクリスチャンなり」という人達こそ、悪魔が最も狙い
を定めている人種であり、最も注意しなければならない存在なのです。
「俺は悪魔だ・偽キリストだ」と言えば誰でも警戒するでしょう。
北朝鮮のボスが偽キリストだ、反キリストだ!‥とレッテルを貼りたがる薄っぺらな
自称クリスチャンがこの国にいるようです。 しかし果たしてそうでしょうか?
聖書は、実際の生活に於いて神を否み、御子イェスを否む者は誰でも反キリストだ
と説明しています。 この世の終わりには、そのような反キリストがたくさん現れて
来る‥と、ヨハネ第1書2章18節はそのように語っています。
口先だけで我々が「イェスは主なり」と語ったとしても、私たちの日常生活に於い
て、まわりの人々が私たちの内に主イェスを見ることができないのであれば、私たち
たちの中に主イェスが内在されていると、まわりの人々が感じることができないので
あれば、これは大きな問題なのです。 私たち自身を吟味する必要があります。
『あなたの光を人々の前に輝かし、人々があなたの良いおこないを見て、天にいま
すあなたの父を崇めるようにしなさい』とマタイ傳5章16節でイェスは言われます。