★ アメリカ大統領選挙で変革 Change! Yes、 We can! を訴えたオバマ候補が圧倒的
多数の支持を得て当選したことを私たちはある種の感動を覚えながら見守りました。
前ブッシュ政権に絶望した市民の反動で、オバマ政権に対する期待が余りにも大き
過ぎると、市民の支持を失う可能性もありましょうし、暗殺の可能性もありましょう
し、アフガニスタンに足を引っ張られて、イラク政策で失敗したブッシュの二の舞に
なる可能性もありましょう。 チェンジの内容を見守りたいと思います。
★ 昨日は除雪で疲れました。 今日の午前中は太陽が出ていました。 午後からは
曇りです。 水仙が積雪凍土の中から芽を出しているのを発見しました。 春です。
春と言えば、春夏秋冬も生老病死も変わることなく常に私たちと共にあります。
ほぼ永遠に変わることはないのです。 チェンジ・レスです。
チェンジ、変化・変革は良いことですが、そうでもないものもあります。
末期高齢者化した私はたくさんのチェンジについて行けなくなっています。
携帯電話も、駅の切符自動販売機も、電子写真機も、パソコンも、そして今の若者を
中心にしたテレビ番組にも、ほとんどお手上げです。 これはNHK-TVでも同じです。
若い女性アナウンサーの顔のどぎつい化粧にも、敬語抜きで、ラ抜きの言葉にも到底
ついて行けません。 急激で過激なチェンジに末期高齢者は戸惑ってばかりいます。
★ 変えられることには勇気を持って、変えられないものには冷静に受け入れる心が
必要で、そしてこれらを分別できる能力を学ぶことが必要だ...と言われています。
加齢者になるに従い、人生とは難問で満ちあふれているということを学びます。
そのようなとき、誰が友で、誰が敵なのかを私に教えて欲しい...そして私がこの瞬間
に、どっちの側の人に向かって話しているのかを見極め得る慧眼を、与えて欲しい...
と、そのように喋っている人がいました。
★ 旧約聖書の出エジプト物語には、奴隷状態からチェンジを求めたイスラエルの民
がようやく救い出され、紅海を渡る時になると、チェンジは嫌だ、元のエジプトでの
奴隷状態の方が良かった‥と文句を言っています。
背後から迫り来るエジプト軍が二つに割れて海中に溺れ死んだことを目撃し、荒野
に入れたイスラエルびとたちは、今度は飲み水がないと不平を言い、奴隷の状態の方
が良かった‥とチェンジを呪っています。
このようなイスラエルの民の在り方は、特に彼らと彼らの神との関係は、こん日の
私たちとほとんど変わらないのです。
詩篇 118篇24節は、『これは主が設けられた日であるから、私たちはこの日を喜び
楽しもう』と語っているのです。 しかし、私たちは文句ばかり言っているのです。
チェンジを求めると言いながら、チェンジしたくないのです。
忍耐して神の導き、神さまが与えようとなさっている、より良いチェンジを待ち望む
ことを学びたいものです。 信仰とは神さまの明日に対し希望を持つことですから‥
★ 『神さまの憐れみは尽きることがない。 それは朝ごとに新しく、神さまの真実
は大きい』‥とエレミヤ哀歌3章22節~28節は証言し、励ましています。
そのことをバプテスト教会新生讚美歌 552番と、勝利の歌IIの80番 Day by Day が
証言しています。 日々主は傍に居まし...日々力を与え...と告げています。
★ 神さまはチェンジがないお方です。 神さまの恩寵にもチェンジはないのです。
讚美歌39番にある五つの節はいずれも『主よ、共に宿りませ』で結んでいます。
しかし原文は O, Thou who changest not と、不変の主に呼びかけをしています。
私たちが信じ、いのちを賭けて・懸けている主はチェンジ・レス=不変のお方です。
そのような不変の神さまを私たちは信じ、委ねて日々の生活を送っているのです。