『ローマ軍の優れた百卒長殿』 その1

★  親炙しているリロイ・ギャレット博士からの来信文の中に百卒長への言及があり
ました。  そういえば、八幡山で家庭集会を主宰していたとき、私たちをよく支えて
くださった八王子の堀切幸孝さんが千人町にお住居であったことと、同じく私たちの
家族を支えてくださった高島(綾部)教子さんの勤務先が新宿百人町だったことなど
を思い出しました。  千人町も百人町も徳川幕府時代に関係のある地名です。

★  新約聖書にはローマ軍の千卒長や百卒長という名が出てきます。
千卒長は、ヨハネ傳18章12節から黙示録6章15節までの間に十数回出てきます。
百卒長は、マタイ傳8章13節から使徒行伝27章43節までの間に二十数回出てきます。

  みなさんも一度新約聖書の中から千卒長と百卒長を選び出して、前後関係文脈から
彼らがどういう立場の人であり、イェスや弟子や使徒たちにどのような態度で接触し
ていたのかをお調べになると興味深い学びになると思います。

★  使徒パウロが捕らえられたときも、裁判にかけられるためローマに送られる途中
を警護した百卒長も、共に使徒パウロに対して決して驕慢不遜な占領軍将校のように
振る舞ったように聖書は語っていません。

★  アフガニスタンやイラクに侵攻した米兵はどうなのだろうか、日本が嘗てアジア
諸国を侵略したとき、日本軍将兵はどのように振る舞っていたのだろうか?...などと
思わず考えてしまいました。  両方とも否定的だと信じているのですが...

★  ところで、ルカ傳7章に登場するローマ占領軍の百卒長のことを、ユダヤ人たち
は高く評価し、そしてイェス自身も高く賞賛されていることを学びます。
  富める占領軍と被占領市民との間に、国境を超え、人種を超え、言語や文化や習慣
を超えた美しい、他者・弱者を思い遣る人間愛が漂っていたことを感じさせます。
  そして、謙虚で、信仰と愛情に豊かな異国人で占領軍将兵である百卒長に対して、
イェスが最大の賞賛の言葉を送っています。  すばらしい、暖かい人間愛を感じさせ
てくれる記録です。  そのことをルカ傳7章2節~10節は語っています。

★  このローマ軍の百卒長が謙虚で優しい心の持ち主であったことを、私たちは上記
ルカ伝から学べるのです。  そして謙虚で優しいということと共に、信仰の強い純粋
な人であったことをも共に学ぶのです。

  信仰の厚い人というのは、謙虚で心が優しく、できるかぎりの犠牲を払ってでも、
弱い立場の人々に対して、喜んで自分のできることを誠実に実行する、持てる資材を
投げ出す人であるということを教えられるのです。  学ぶことができるのです。
  信仰の強い人というのは、不言実行型で、弱い立場の人の必要を黙って満たす人だ
ということを、このルカ伝7章から学ぶことができるのです。

★  口先では自分は社会的に常に高い評価を得ているのだ...  自分は社長だ...  自分
は理事長だ...  自分は校長だ...  自分はトップ・クラスの社会人だ...  自分は金持ち
だ...  などと、いろいろなことをこれ見よがしに誇る人、秘かに誇る人、いろいろと
この世の中には居るようです。  そして教会関係の交わりの中に居るようです。
  特にキリスト教界にはその種の「偉いかた」「偉い先生サマ」が多いように思って
います。

★  しかし出すものは、自分の舌でさえ出さない...という人々も多く居るようです。
出さないからお金持ちになれるのかも知れません。  しかし、主イェスが賞賛された
百卒長は違いました。  ユダヤ人のために多くの貢献をしていた人でした。
  日本のキリスト教界に、この種の百卒長をもっともっと出て欲しいものです。

★  主イェスは『時は満ちた。  神の国は近付いた。  悔い改めて福音を信ぜよ』と
声を大にして叫ばれました。

  『誰でも、キリストに付いている者だというので、あなたがたに水一杯でも飲ませ
てくれる者は、よく言っておくが、決してその報いから漏れることはない』とも約束
されています。(マタイ傳10章42節、ルカ傳9章41節)

  『自分の十字架を背負って私に従って来ない者は私に相応しくない。  自分の命を
得ている者はそれを失い、私のために自分の命を失っている者は、それを得るであろ
う』ともおっしゃっています。  (マタイ傳10章39節)

  『主よ、主よ、という者が、みんな天国に入るわけではない。  ただ、天に居ます
吾が父の御旨を行う者だけが、天国に入るのである』
  『主よ、主よ、私はあなたの名によって預言したではありませんか!  悪霊を追い
出したではありませんか!...と言うであろう。  しかし、そのとき、私ははっきりと
言うが、あなたがたを私は全く知らない。  不法を働く者どもよ。  立ち去れ!...と
言おう』  (マタイ傳7章21節~23節)

★  イェスが賞賛された百卒長の常日頃からの在り方、心すべきことではありません
か?  御国への備えは、日々の生活の中で神さまの御国への奉仕の業の内で実行する
ことだと考えています。

  あなたと私のような小さな者の手をすら必要としている、さらに弱い立場の人々の
必要を満たすために、私たちの手を差し出すことから始めることができるはずです。
忠実な百卒長になりたいものですし、そのような百卒長を育て上げたいものです。

★  全世界に醜態を曝け出したアルコール依存症の中川大臣や、そのような幼稚な男
を任命した、これも低俗な総理大臣が平気でのさばるこの国に、ほとんど希望はない
ように思います。  この国を救うことのできる唯一の道は、神を畏れ、人に仕える人
を養成することだと確信しています。  捧げ尽くすことが出来る人、無私の人、愛を
分かちあえる人たちだと私は確信しています。  イェスの福音を血肉に満たして実践
する人だと思います。  後世への最大遺物を遺せるのは十字架の福音に生きる人だと
確信しています。  いいかげんにアーメン・ハレルヤ教から脱出したものです。