パンテオンには入らず、オリンポスには立たず

 先々週号で「そっち(の教会)は  どっち(の教会)?」を考えました。

 先週号では「うちの牧師は占いができる素晴らしく霊的な牧師です」を考えました。

 今回は「パンテオン(汎諸神殿の意)の柱・オリンポス(懸崖神殿の意)の柱」を考えてみましょう。  一連の勉強「教会とは何か」ということから始まっています。

 パン・テオンですが、パンとかパスは「宇宙」や「汎」や「万」という意味を持つギリシャ語です。  テオンは「theos セオス・神」という意味で、ゼオスやゼウスと同じギリシャ語です。  もともとはキリスト教の「神」という意味ではなかったものと思います。  それですから、パンテオンは、渋谷に昔あった映画館の名前で覚えていらっしゃる方もあるかも知れませんが、強いて訳せば、「汎神殿」、「万神殿」、
「諸神殿」というようになるのでしょうか。  ギリシャ・ローマ神々を祭る神殿、もう少し広く考えれば地中海沿岸の汎神論で言う神々の神殿という意味でしょう。
 のちにフランスでもパンテオンというものを建てましたが、ここでは触れません。

 ローマ帝国ハドラアヌス帝が 120年から 124年頃にパンテオンを建設したと言われています。  8本の円柱を構えた円形の大きな大理石の建物で、内径が48メートル、高さも同じ48メートルあるそうです。  現在はローマ・カトリック教会堂として使用されているそうです。  8本の円柱が印象的な建物だそうです。  そこにギリシャ・ローマの諸偶像が祭られていた万神殿・汎神殿・諸神殿・多神殿だったのです。

 一方、オリンポスはギリシャの最高峰で2917メートルあります。  八ケ岳の赤岳が2899米で、駒ヶ岳が2966メートルですから、この二つの巨峰の中間の高さです。
 マケドニアとの境界線に近く、テサロニケ湾に面しています。  「懸崖山」という意味があるそうです。  そしてそこにはゼウスなどの神々が宿っていると信じられています。  洋の東西を問わず人が考え出すことには共通点があるようで、高い巨峰の山頂には神々が宿り、また神々がそこから昇り降りすると考えるようです。(オリンピック競技という名前もそこから生まれて来ましたがここでは触れません)

 詩編 121編1節は、イスラエルの民が周辺の強力な異教徒たちの支配下にあった時に、彼等が目を揚げて周辺の丘陵地帯や山々を眺めますと、それらの頂きには偶像の神々を祭る祠があったのです。  偶像の神々がイスラエルの民を見下ろしていたのです。  そこでイスラエルの民は、丘上や山頂を越えて、天を見上げ、そこから創造主の救いが来ると待ち望んだのです。  そのような信仰告白が詩編 121編に語られているのです。  山々の頂きに神々が宿るという思いは世界どこでも同じようです。

 さて、申命記12章2節や16章22節には、上記の詩編 121編に関して説明をしましたように、異邦人たち=すなわち、まことの神を信じない民たちは、高い丘や峰の上に神殿を建てて偶像神を拝んでいたことを暗示しています。  「柱」という単語がそれを物語っているのです。  「柱」=「偶像神を祭る神殿」、「汎神殿」、「万神殿」という意味です。  「諸神殿」ということです。  「柱」=「パン・テオン」という
方程式です。  「柱」=「いろんな偶像を礼拝する場所」ということになります。

 聖書は、例えば、マタイ伝6章1節~8節や、ヨハネ伝4章21節~24節や、ロマ書12章1節から15章の終わりまでや、コリント後書4章18節~5章7節を冷静に、注意して読んでみますと、私たちの神は人間がその財力や権力や智恵を尽くして建てた、物質的・可視的面で豪華な神殿にお住居になる方ではないことを学ぶのです。
 人がその力の限りを尽くして建てた神殿というものは、建てた瞬間から維持管理に更なる財力や智恵が必要となり、やがては朽ち果てる物なのです。  そこには権力者=職業的宗教人が居座ることになりますし、宗教儀式が執り行われることになりますが、神が住まわれるという保証は全くないのです。

 韓国の恵まれない子供たちの為に獨逸教会を訪れた時にケルンの大聖堂に行きました。  聖衣を纏った聖職者が胸に募金箱をぶら下げて入場者たちに寄進を迫っていました。  維持だけでも大変なようでした。  まぁ、そのような大聖堂も必要なのでしょうが、本来信仰とは目に見えないものですから、そのような大きな聖堂や神殿や礼拝堂というものは、本当は信仰と殆ど無関係のように思えてなりませんでした。
 勿論、教会史の学徒の一人として、そのような欧州の歴史文化的遺産とその価値を否定するものではありませんが、それでも何か腑に落ちないものを感じました。

 イザヤ書57章15節で、神は「心砕け、遜ヘリクダる者と共に住まう‥」とありますし、使徒行伝17章24節には「この世と、その中にある万物を創造された神は、天地の主でいっらしゃるのであるから、人間の手で造った神殿にはお住みにならない」と断言しているのです。  獨逸でもヤン・フスの信仰の流れを汲む質素な礼拝にも出席できた直後でしたので、尚更そのように感じたのかも知れません。

 初代原始教会時代には礼拝専用の集会場・礼拝堂というようなものは存在していませんでした。  約二百年もしてからそのような会堂が初めて出現したのでした。
 初代教会の人々は、森の中で、大木の下で、草原で、洞窟の中で、裕福な信者たちの家庭に集まって十字架のイェスの贖罪の業を神に感謝し讚美していたのでした。

 また更に、サムエル前書15章22節を読みますと、砕けた魂よりも神が宗教諸儀式を更に喜ばれるというようなことは在り得ないと私は教えられるのです。  皆さんがたはこれらのことをどのようにお考えになりますか?

 豪華な「ギリシャ・ローマの偶像神殿」と同じような物を建てて、その内側で「ユダヤ教の宗教儀礼」と同様な宗教儀式をガウンを着た職業的宗教人、位階制度にあぐらをかく聖職者にやってもらって、そこに参列して「アーメン・ソーメン」と口先だけで唱えても、それが神へのまことの礼拝にはならないと私は思うのです。

 建物を中心として、「人々が建物に集まって来るように努力をする」ことに関心の焦点が集まり、「出て行って福音を述べ伝える」という主イェスの大宣託が無意識の内に無視されたり軽視されるようになるのです。  「建物の維持管理」にエネルギーやオカネが使われるようになり、伝道や奉仕の業のためにそれらが使われるという事が希薄になって行くのです。  これは本末転倒であり、一種の偶像崇拝であり、下手すると主の前に「罪を犯す」ようになるのではないかと私は危惧するのです。

 二人の尊敬する献身的だった老宣教師を個人的に知っています。  年老いられて、致し方なく仕えられていた二つの教会を別個の二人の日本人に託し帰国されました。
 お別れ会にも出席しました。  それから二十年以上が経ちました。

 一人の日本人は教会の土地を売却し、20数億円を使って見晴らしの良い場所に豪華な教会堂を建てましたが、教会員は二つに分裂し、対立し、裁判沙汰となりました。「牧師」となった日本人は教会堂完成直前に死亡しました。  息子が後継牧師となりここに血肉による教会継承という奇妙な姿が生まれました。  北朝鮮の金親子の独裁政権体制を思わせます。  超高額建築物の割りにそこに集まる人は僅かのようです。

 もう一つの教会も、何度かいろいろな理由をつけて教会堂を立て替えていました。最近では今度は何億円?かを費やして立派な教会堂を丘の上に建てました。  ここでも不思議なことですが、同じように、親子世襲体制というものが確立しました。
  いろいろな意味でこれらの変化は二つの教会を設立した謙虚な老二宣教師夫妻と、主イェスに対する彼等の信仰から考えてみますと、設立宣教師のお二人にはとうてい想像すらできなかったことだと思います。  承認なさらなかったものと思います。

 両教会とも同じように「ギリシャ・ローマの万神殿」で「ユダヤ教の宗教儀式」が「祭司」たちによって執り行われています。  両者共どもキリスト教関係のマスコミに幾度か採り上げられ、その度に得々としている姿までお互いによく似ています。

 先々週は、「そっちはどっちの教会」という問題を採り上げました。先週は「うちの牧師は占いが出来る、霊的な牧師だょ」という問題を考えました。今回は「パンテオン丘上神殿」と「オリンポスの山頂神殿」を考えてみました。

 聖書は「うちの教会の方がよその教会よりも勝っている」とか、「うちの教会だけが唯一絶対に正しい教会だ」などと教えていません。  それは、個人であれ、教会であれ、教派であれ、教団であれ同じです。  「俺さまが奴らよりも優れている」などとは決して教えていません。  「うちの教会はデッケイから優れている」とも教えていません。  『うちの教会もやっとこれで落ち着けるようになった』と囁いた友人の声を耳にした時には思わず私自身の耳を疑ったほどでした。

 韓国の多くの教会の誘惑と弱点は、「デッカイ教会堂を建てる牧師ほど優れた牧師サマなんだ」という暗黙の理解と競争心が牧師たちの間にも信者さんたちの間にもあるということだと私は微笑みながら理解しています。  この傾向は米国でも同じで、メガ・チャーチというのが流行し始めています。  二、三万人が集まる教会です。

 これは地方の町に大資本のスーパーが進出して来ることによって地元の零細企業が潰されて行くというのと同じで、広大な駐車場を備えた、二、三万人もの人が集まる教会堂が建ち、派手なテレビ宣伝が行われたりしますと、それまでの米国の小さな教会はどんどんと潰されて行っているのです。  そのような「デッケイ」教会堂では耳障りな説教は語らることがなくなり、人々に迎合するような説教が語られるようになっています。  説教と言えるのかも疑問です。  雰囲気や宗教儀式が聖書の言葉に
摩り替えられて行っているようです。  大勢の参加者は「お客」となり、「個人の」「信仰の質」は問われなくなってしまいます。  沢山の人々の中に埋没して、恰かも自分自身も自分の信仰も「デッケイ」ものになったような錯覚に陥ってしまいます。
 このような大群衆の中に浸ってしまうと、「私は主イェス・キリストに属している者である」という自覚が次第に喪失してしまうという危険性があると虞れます。

 しかし聖書は私たちが主イェス・キリストに属する者であると教えています。イェス・キリストに就いてもっと知りなさいと教え、イェス・キリストの恩寵と知識の中に育ちなさいと教えています。  敵を愛しなさいと聖書は教えます。  弱い者を顧み、虐げられている者たちに仕えなさいと聖書は教えています。  神さまに近づきなさいと教えています。  神さまと親しくなりなさいと奨励しています。  主イェス
の栄光を顕すように努めなさいと勧めています。  悪から遠ざかり、罪と闘えと教えています。  神でないものを恰かも神であるかのように錯覚してこれを拝んではいけない=あらゆる偶像礼拝を禁じています。  再臨されるキリストを祝福に満ちた我々の希望であると捉えて、主の再臨を待ち望みなさいと勧めています。  静かにして、神さまがどのようなお方であるのかを日常生活の中で日々学び続けなさいと教えています。  神の驚くばかりの恩寵の深さ高さ広さを知るようにと勧めています。

 このように、自分に対する神さまの御旨が何であるのかを真剣に祈り求めて、そのことを念頭に置いて日々の生活を清く送れるように、主の憐れみと許しを求めながら歩めば、我々の後ろ姿の中に人々はやがて主イェス・キリストのお姿を見いだすようになると私は思います。

 そうすれば、「うちの牧師は」占いができるから霊的な人なんだ...ではなくて、神さまの前での「自分自身の在り方」をむしろ問題にするようになるでしょう。「そっちはどっち」の教会ではなくて、「自分の信仰はどっちの信仰、どの程度の信仰なのか」が問題となって自分に迫って来ることでしょう。  「うちの教会堂はデッカクなったから、もう大丈夫なんだ」ではなくて、「自分の信仰が神さまの前でそんなにデッケェ信仰なのか、チッポケで恥ずかしい信仰なのか」がおのずと明らかになり、自分自身の主イェス・キリストへの信仰の質が問われて来ると思います。

 目に見える箱、容れ物としての教会堂が「デッケイ」とか、豪華だとかは、本当はどうでもよいことだと私は思っています。  一冊の聖書と、ひざまずいて祈ることができる膝なり場所があれば、イェスさまという唯一絶対の仲保者をとおして私たちは神さまに近づき、神さまを讚美し、神さまとお話しができると考えています。

 そのような特権が恩寵によって与えられていることを理解すれば、容れ物が立派であるとかないとか、箱がなければ神さまを礼拝することができないとか、神さまを礼拝するのに箱があってはならないとか、うちの教会堂は粗末過ぎるからなどは問題ではなくなります。  そのような外側の箱のことを心配する必要はないのです。
 神さまはどこにでもいらっしゃるし、どこででも礼拝することができるし、私たちの生活そのものが生きた礼拝であるのですから、そのようなことにこだわる必要などないと私は思います。

 十字架の上の贖罪の愛に対して涙して感謝をささげ、神を信じる謙虚な姿勢があるかないかこそが大切だと考えます。  目に見えないものに目を注ぐことが大切です。
 
 そういうわけで、神さまの前での私たちの在り方、特に「霊的な在り方」というもの、「神さまを礼拝するということ」とは一体全体どういうことを意味するのだろうか、そういうことを問いかけることがのほうが容れ物に気を配るより遥かに大切だと私は思っているのです。  クリスチャンであるということは、キリストに属する者であるということは、それはどのようなことを意味するのだろうかと、自分自身に問い続けることが重要だと思っています。  それが求道者のあるべき姿勢だと思います。
 目に見える世界のことよりも、目にみえない信仰の内容の世界のことをより大切なものとして考えてゆきたいと願います。

 パンテオンの神々と一緒に並んで神殿内に納められるよりも、オリンポスの山頂で神々たちと共に並んで立つよりも、ひざまづいて十字架の主に溢れる感謝を捧げる者となり、再臨なさる主イェスを切望する者になりたいと願うのです。
 そして十字架と再臨との間に在って、福音伝道と愛の奉仕に更に仕える者となりたいと願うのです。  皆さんは如何お考えになりますか?