★ もう半世紀以上も前の思い出になりますが‥
英語力がほとんどなかった私がケンタッキーに留学した時の話です。
旧約聖書の授業を受けました。 必須科目のひとつでした。 旧約聖書というものを
ほとんど知らなかったアジアからの留学生にとって、むつかしい授業でした。
授業が進むうちに、「ネブカデネザル」という、発音がとてもむつかしい王さまの
名が出てきました。 Nebuchadnezzarと綴る、生まれて初めて耳にした名前でした。
何でもアッカド語の名前だそうです。 ネブカデレザルというのがもともとの名前
だとも聞きました。
父親の王が築いた権力基盤の上に、彼自身の能力が加わって、新バビロニア帝国を
軍事的にも、経済的にも、土木建築的にも強固なものにしたということで有名な王で
した。 ユーフラテス川をさかのぼって、そこからエジプトを攻撃し、エジプト軍を
徹底的に撃破した軍人としても有名な人物でした。 彼の捕虜となった者はひとりと
して脱走して帰国することができなかった‥と言われています。 絶対者でした。
★ 驕慢不遜の絶対者で、「戦いの王」として恐れられていた王であったようです。
この人物について、いろいろなことが言われていますが、深入りをしないことにしま
す。 ただ、ダニエル書4章から5章にかけて、ネブカデネザル王が夢を見たことが
記録されていることだけを申しておきます。
王が夢の中で、メネ、メネ、テケル、ウバルシンという文字を見たと5章は語って
います。 驕慢不遜な絶対者であった王が、結論的に申しますと、心から謙虚な男に
創り替えられた‥ということです。 神を畏れる者に変えられたということです。
ダニエルの豫言と諫言の結果でした。
★ 私たちが自分自身の内に何も良いものを持ち合わせていないと気づいた時、謙虚
に自分の無力さを認める時、私たちは神さの前に謙虚にさせられ、神さまの絶対的な
力に依り頼んで生きることができるのです。 私たちの弱さの中に、神さまの強さを
見いだすことができるのです。 そのようにコリント後書12章9節は語ります。
また、私を強くして下さるお方によって、何事でもすることができると、ピリピ書
4章13節も言っています。 絶対的に弱い私たちは、絶対的に強い神さまの恩寵の内
にあってこそ、絶対に強いのです。 大丈夫です。 神さまは絶対ですから。