『北軍兵が目印を破壊した農地に硬貨を隠していた農夫』

★  マタイ傳6章19節~24節までに、あるいは6章の最後の34節を読んでみますと、
イェスの切なる勧めの言葉が心に響いて来ます。  以下は19節から20節の勧めです。

  『あなたがたは自分のために、虫が食い、錆びがつき、また、盗人らが押し入って
盗み出すような地上に、宝を蓄えてはならない。  むしろ自分のため、虫も食わず、
錆びもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に宝を蓄えなさい』

  この箇所を、随分とたくさんの人が二千年の間に読んだことと思います。
しかし、読むということと、それを実行するということとは、まったく別の話です。
教会の弱さは、聖書を読むが、その教えを実行しない者が多過ぎるということです。

★  一般に南北戦争といわれている内戦がアメリカ合衆国内で戦われたことがありま
した。  19世紀前半に、奴隷制を利用する大農園を基盤とする南部諸州と、産業社会
の発達を目指す北部諸州とが併存していました。  しかし、西部に展開した新領土へ
の奴隷制の拡大の是非を巡り対立が深刻化しました。  1860年にリンカンが大統領に
就任すると南部諸州が合衆国から離脱し、南部連合を結成し、北軍を攻撃しました。
1865年に南部が降伏するまで厳しい戦いが、主として南部で戦われました。

  マッケイさんが住んでおられるテネシー州も、悲惨な犠牲者を多く出した激戦地の
一部でした。  雑司ヶ谷旧宣教師館の主であったマッケーレブ宣教師の後妻さんは、
テネシー州中部のマーフリーズボロの養老院で最後を過ごされていました。

★  そのマーフリーズボロに、南北戦争中、ある一人の農民が住んでいました。
その農夫は、戦争が勃発するまで、せっせと働いていたので、金貨や銀貨をたくさん
蓄えていました。  しかし、戦争の足音が迫って来るのを知って、金貨銀貨の処分に
困りました。  農夫は財産を畑に埋めることを決めたのでした。
  畑といっても、日本の農村の規模ではありません。  何万坪、何十万坪、あるいは
それ以上の広い、広い単位のものです。  最低でも二キロ四方はありましょう。

  農夫は、畑の真ん中あたりで、誰も知らない所を独りで選びました。
深い穴を掘り、そこに金貨・銀貨などの財宝を埋めたのでした。  そして目印にと、
そこに樹木を移植し、石灰岩をたくさん運んできて石塚を築いておいたのです。

★  戦争が激化し、農夫の畑にも北軍が展開しました。
金貨・銀貨が埋められているなど想像もできない北軍兵士は、あたりの石という石を
集めて来て、まず炊事用のかまどを築いたのです。  そのあとで、兵士たちは周囲の
樹木をすべて切り倒し、炊事に使う薪として燃してしまったのです。

★  5年後に農夫は全財産を埋めた所を捜しましたが、砲弾で荒らされた農地の何処
に財産を埋めたのか、とうとう見つけ出すことができないまま死亡したのです。


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