アム・ハーアーレッツ


★  先の記事で「サドカイ人」のことを紹介しておきました。国がローマ帝国によって占領され、宗教界を牛耳っていた職業的聖職者たちによって多くの民衆が支配され、貧しく、飢え乾き、虐げられ、辱められていたのでした。
  ローマ軍の占領下にあった群衆は、経済的にも社会的にも豊かであったユダヤ教と神殿礼拝儀式固守主義者たちによって虐げられていたのでした。
  イェスはそれらの大衆をこよなく愛され、憐れに思われ、彼らに希望と勇気を与えるために、神の国が近づいたことを告げられたのでした。

  この虐げられていた、解放の希望の無い大衆のことをアム・ハレッツとか、アム・ハーアーレッツ Am-Harrets と呼びました。  「the people of the Land  地の民」という意味です。  サドカイ人のような豊かな貴族支配層に対し底辺層の人々という意味でした。  あるいは都会人・知識人に対して農民という意味であったと説く学説もあります。  いのちのことば社の新改役聖書では「一般の人々」と訳しています。
  使徒行伝4章13節を「無学のただ者」とか「無学の普通の人」と訳していますが、本来は社会的に傷つけられた弱い立場の賤民という意味であったかと思います。

★  こん日の我が国では、物質と快楽で満ち溢れているように見えます。しかし一般大衆は将来に希望を抱くことができないでいます。  農村を見捨てた人々が大都会に集まり、失業者がどんどん増え、生活費や医療費がかさみ、老人が増え、政治は貧しく、オカネが人々を押し潰しています。  富める者はますます富み、貧し
い庶民はその日の生活にも困っています。  決して豊かな国ではありません。

  キリスト教会は結婚式宗教となり、仏教は葬式宗教となり、神道は地鎮祭とお守りとおみくじ販売の専門家と成り下がっています。  迫り来る国の危機を叫んでいません。  むしろ権力者・為政者の都合の良い道具化しています。
  悩める者、虐げられた者、希望を失った者、差別されている者の叫び声を聞くことができなくなっているだけではなく、彼らの声を伝え、人々が解放されることを訴える宗教ではもはや無くなっています。  使命を喪失したままです。

★  呷き悩む大衆の叫び声と、ヨエルの主イェスの怒り悲しみの声を、キリスト教会とその牧師やメンバーはどのように聞き、如何に応えようとしているのでしょうか?