★ ヘンデルのメサイアやバッハの受難曲を聴きながらイザヤ書53章12節を読む時、大きな感動に満たされます。 讚美歌聖歌も十字架を讚える曲で満ち溢れています。
一回りの初めの日に主イェスのお招きを受けて主の食卓に招かれて食卓に侍る時、コリント前書11章26節を読む時にも、同じような大きな感動が沸き上がって来ます。
十字架に近寄れるのは砕けた心、感謝の心だけです。 いかなる知的理解も十字架に達することはできません。 砕かれた心だけが近寄ることを許されているのです。
十字架には神御自身が架けられているのです。 独り子イェスが晒されているのです。 御子イェスの手や脇腹に私の罪の手が釘を打ちつけ、槍で穴を開けたのです。
畏れ慄きつつ、謙った感謝の思いで十字架の主イェスの食卓に与りたいと願います。