何を選ぶのか?


★  今朝は、豪州に渡り宣教活動をして、大西洋上で暴雨風に襲われ、船と共にこの
世を去ったダニエル・ドレイパー牧師の最後の働きをご一緒に考えてみました。

★  私たちの人生の歩みは、大小さまざまな選択で成り立っています。
大きな選択もありますが、日常生活は些細な選択から成り立っているようです。

  職業を決めるとか、人生の伴侶を選ぶとか、家を購入するとか、教会を選ぶとか...
いろんな選択があります。  間違った選択をしてしまっても、この地上での生活では
何とかやりくりをして、我慢をして、工夫をして凌げば、差し支えがないようです。
何とかやって行けるもののようです。

★  しかし私たちがどんなに工夫を試みてみても、どんなに頑張ってみても、人生で
ひとつだけ、どうにもならない、どうすることもできない大きな問題があります。

  「問題」というからには、「解答」が必要であり、「答」が要求されていますが、
答えることができない人生最大の「問題」があります。  「死」という問題です。

★  以下は、ヘブル書9章27節の警告を、いろいろな訳から選んでみました。
  メメント・モリです。  アモス書4章12節の勧めも頭に叩き込んでおきましょう。

『人間は一度死んで、のち裁きを受けるように定められている...』
                                柳生直行訳

『一たび死ぬることと、その(死の)後の裁きとは、人に定まれるが如く...』
                                永井直治訳

『一度だけ死ぬことと、死んだのち(確かな)さばきを受けることが、
              (すべての)人に定められている...』  詳訳聖書訳

『人は一度は必ず死に、死後、裁きにあうように、定められている...』
                              キリスト新聞社訳

『人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている...』
                            いのちのことば社訳

『一たび死ぬることと、死にてのち審判を受くることとの人に定まりたる如く...』
                                  文語訳

『人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている...』
                                  新共同訳

『一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっている...』
                                  口語訳

メメント・モリ、豫言者アモスの勧め、如何でしょうか?