裸で生まれ、裸で去り行く


★  神さまの一方的な恩寵に支えられ、計り知ることができないほど多くの皆さまのお赦しと愛情の内に、あっという間に人生78年が過ぎ去りました。  今から79年目の人生が、その終焉に向けて始まります。  神さまの時が来れば終わりましょう。

★  生まれる前から、どれだけの方々が私の誕生を期待されたのかわかりません。出産の時に、出産後に、どれだけ多くの方々が愛情を注いで見守ってくださったのかもわかりません。  産婆さん、親族の方々、お医者さん、近所の人々、お米やさん、魚屋さん、八百屋さん、洋服屋さん、牛乳屋さん、便所の汲み取り屋さん、幼稚園の先生がた、父の他界後にお世話をしてくださった方々、近所の腕白坊主たち、小学校の先生や用務員(昔は小使いさんと言いました)の方々、校医さん、お下がりの洋服を下さった方々‥  考え始めたらとうてい計り知ることができないほどの方々です。

★  極めて厳しい赤貧留学時代(1954年~1961年)にも、数こそ少なかったと記憶していますが、多くの方々の生きざまを通してイェスに仕えることの重要さを学ぶことができました。  その日のパン代もないのに私たちに聖書を教えて下さった先生方とそのご家族を覚えています。  人種偏見の強い当時の状態の中で、分け隔てすることなく、暖かく励まして下さった方々がありました。  学校の食堂で朝早くから調理をして下さったおばさんや、黒人用務員のアールさんも覚えています。  田舎の教会が暖かく支えて下さり、礼拝後に握手をして下さったとき、掌に5セントや25セントを下さった老婆もありました。  ロサンゼルスの日系人教会でも良くして頂きました。

★  結婚して以来、順子さんや母も良く支えて下さいました。  子供二人も伝道者の赤貧生活によく耐えてくれました。  八幡山の小さな家庭集会に出席されていた方々の中にも、豊かに支えて下さった、有り難い数名の方々を忘れることができません。

★  韓国のスラムの中でも最も酷い状況の中で、その日その日を生きていた寡婦たちが、イェスを信じてその日その日を一生懸命に生き抜くことを教えて下さいました。
  反面教師として、大言壮語を語りながら、悪魔的な生きざまを私に示した、哀れな職業的な牧師たちにも会いました。  またその反対に、朴正煕軍事独裁大統領統治下の最悪のスラムの中で、明るい明日の韓国社会を夢見た諸廷丘君にも出会いました。

★  今日から79年目の人生を感謝して歩き出すことができるようにして下さる恩寵を改めて感謝しています。

  欽定版聖書という、1611年にジェームズ王が公刊した英語聖書があります。
そのサムエル上書7章12節に、古い英語で次のような一節があります。『Hitherto hath the Lord helped us. = エホバ是まで我らを助けたまへり』です。
  最近「hitherto」という表現に接する機会が少なくなったように思いますが、副詞です。  「ここまで」とか「ここに到るまで」というような意味です。

  私たちが、私たち自身の人生の歩みを振り返って眺めるとき、喜怒哀楽・紆余曲折の多かった人生行路において、確かに主の一方的な恩寵が私たちと常に一緒であったことを見ることができます。

  むしろ、主イェスご自身が私たちの前に立って人生を導いてくださっていたこと、私たちのすぐ横に並んで共に歩んでいてくださっていたこと、私たちのすぐうしろから私たちを後押しして、私たちの肩を優しく叩きながら励ましてくださっていたことを実感するようになるものです。

  『ここまで主が私たちを助け導いてくださっていたのだから、これからの人生行路も大丈夫なのだ!』と、勇気と希望をさらに確かなものにして、終点を望み見て歩み続けることが出来るのです。

  私はよそさまのことはわかりません。  しかし私は、私の人生の歩みを振り返ってみますと、そこにはくっきりと主の恩寵が確かに存在していたことを覚えざるを得ません。  すべてのものが主によって備えられ、与えられ、祝されて来たと知ります。

★  ヨブがいみじくも告白した言葉がその1章21節に記されてあります。『私は裸で母の胎を出た。  また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。  主の御名は誉むべきかな』

  これから先、終点に到るまで、恩寵の内に、感謝に満ち溢れた日々が待っていると確信しています。  唇に『ハレルヤ、感謝』の一言を遺してお引っ越しが出来るものと信じて疑いません。

  私が親炙している師に、ギャレットLeroy Garrett と仰しゃる方がいらっしゃいます。  もういつ「お引っ越し」をなさっても不思議なことではありません。
  その先生の座右の銘は、『dying broke 無一文でこの世を去る』というものです。私も、『ハレルヤ、感謝』の一言を唇に遺してお引っ越しをしたいと願っています。

  今日、79歳という、新しい人生の初めを迎えるに際して、以上のようなことを感じました。  恩寵の内に毎日が「最高の感謝の毎日」となり得るように祈っています。

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