★ 1985年に世田谷から当地に移住して来てからいろいろな体験をしました。その一つに捨て犬の保護があります。 合計で2百頭をはるかに越えると思います。
浪花節ではありませんが、いろいろな事情でやって来た、主として大型犬たちでした。 柴犬ナナ嬢は現在14歳、視覚、聴覚、嗅覚が衰え、恐怖感に苛まれながら余生を送っています。 いつ咬まれるかわからないので注意と愛情が必要です。
多くの大型犬が死んで逝きました。 ナナちゃんを観察して、ナナちゃんの終わりを予測しながら、いろいろなことを考えています。 自分自身のことを含めてです。
この私も間もなくお召しに与って、未知の世界へとお引っ越しをして行くことになります。 時間の問題です。 最近に到り身辺整理をさらに急いでいる理由です。
★ 今朝はピリピ書3章20節~21節を、神の力の働きの内容に注目しながら読んでみました。 『キリストは、万物をご自身に従わせ得る力の働きによって、私たちの卑しい体を、ご自身の栄光の体と同じ形に変えてくださるであろう』とあります。
私たちは、この世に生を受けたその瞬間から、その終わりに向かって、全力で邁進を始めるのです。 この瞬間にも私たちは終焉に向かって、かたときも休むことなく走り続けているのです。 昨日より今日は、今日より明日は、さらに終点に向かって近くなるのです。 誰も避けられない厳粛な事実です。
先週はコスモスの種を蒔きました。 種が地に埋められて死ぬことで新しい生命が生まれて来ます。 それと同じように私たちもいずれ近いうちに地に埋められます。
魂は御国に赴き、朽ち果てるべき肉体は地中に戻ります。 しかし埋められた肉体は、やがて異なる、永遠に朽ちない形を採って、栄光のイェス・キリストの体と同じ形へと変えられて行くのだと、そのようにピリピ書3章21節は説明しています。
★ コリント前書15章42節~49節でも、同じ約束が保証されています。
罪多き私たちが、やがては主イェス・キリストに似た姿を身につけることになると、そのように約束されています。
地の塵で作られた私たち(創世記2章7節)が、キリストと同じ栄光の体へと創り変えて頂けるというのです。 大きな驚きと大きな喜びです。 恩寵の為す業です。
私たちは、『この世に在るが、この世には属していない!』と、コリント後書4章18節~5章10節は私たちに注意を喚起しています。 イェス・キリストに似た者へと創り変えられること、これが私たちの求道生活・巡礼生活の究極終着点なのです。
この世の罪の力に支配されないように注意して、絶えず目を覚まして、巡礼生活、求道生活を続けましょう。 見上げ、目指すべきは、主イェス・キリストのみです。