『神なく望みなく』

Does Jesus Care?

★  聖歌 451番、新聖歌 358番、インマヌエル讚美歌 202番に『神なく望みなく』と
題した讚美歌が紹介されています。  いずれも原詩は Does Jesus Care? です。

★  この美しい原詩と曲ですが、しかしながら中田重治が「自作詩」として、原詩に
存在していない「盲人」に関することばを加えたことによって、ほぼ80年にわたり、
結果的にですが、盲人を蔑視し、差別する文言を含みながら、しかも、ほとんど何の
痛みも覚えることなしに、福音派の多くの教会の中で歌われ続けて来た‥という悲劇
を生んでいます。

  初めからそのような余計なことばを入れず、「翻訳者中田重治」として、翻訳だけ
をしっかりとやっておけば良かったはずです‥  そもそも、身体に障害を持ち、その
ことで人知れず悩んでいるひとたちの、その一番の弱点を譬えに使って、そのことで
十字架のイェスの愛を語ろう‥など、とうてい許されるものではありません。

  その後に改正を試みたものもありますが、もともと原詩になかった、盲人に関する
言葉を、福音派の重鎮がつけ加えたというところに問題があったと、私はそのように
考えています。

  中田重治は、わが国ではホーリネス教群、更には福音諸派の源流となった方です。
シカゴのムーディ聖書学院に留学されています。  その信仰は、個人的な魂の救いと
いうことが最大課題であり、ホーリネス教群の基本的信仰理解として「新生、聖化、
神癒、再臨」があります。
  当時のキリスト教世界の時代的趨勢として、前千年王国理解に基づく再臨待望姿勢
が強く、内村鑑三と組んで、再臨待望運動を起こしたこともありました。

  しかしそのために、「クリスチャンとしての社会に対する地塩世光としての働き」
面が、残念ですが、おろそかになってしまったと、私は理解しています。
  そのような背景から、身体障害者に対する配慮が欠落してしまったのではないかと
考えています。

  また、昭和初期までのわが国でも、いわゆるトラホーム、トラコーマという伝染性
慢性角膜炎が広く蔓延しており、視力障害者や失明者が多かったのは事実です。

  私の幼児期に、片手に杖を、もう一方の手で笛を吹きながら、町を流し歩く、按摩
を職業とする人たちが多くいたのを記憶しています。
  トラホームの予防ということで、硼酸水で目を洗浄するようにと、小学校で注意を
受けていたことを、今でもかすかに覚えています。  衛生状態は悪かったのです。

  このように、ちまたにありふれていた視力障害者を例に取り上げて作詞した可能性
を否定することはできません。
  しかし、どのように作詞者の側に悪意がなかったにせよ、神への讚美詩としては、
ふさわしくない言葉の使いかたです。  削除して、新改訳詩の出現が望まれます。

★  それでは Does Jesus Care? の作詞者から考えて見ましょう。
作詞者はフランク・エルスウォース・グレイフ Frank Ellsworth Graeff です。
1860年~1919年を生きた人です。

  グレイフが生まれた所は、アパラチア山脈のド真ん中です。  現在の人口は3千人
ほどのはずです。  ヘイゼルトン Hazleton とアレンタウン Allentownとの中間地点
にあるタマクア Tamaquaという寒村僻地です。  1860年12月29日に生まれています。
  このあたりは、旧世界から新世界への移住者たちが西漸運動の波に乗ってどんどん
と入植し、西漸して行った地域です。  今でもメノナイトやクエカーズが強い地方で
す。  オランダからの移民も多かった地域です。  独立運動のときには、大きな働き
をしたドイツ系の人々も広く分布して住んでいます。

  死亡したのは1919年7月29日、横浜金沢教会と野毛山教会の設立宣教師ローズ夫妻
来日とほぼ同じ季節です。  ニュージャージー州中部の大西洋に面したオーシャン・
グローヴという所で死亡しています。  この海岸都市は、教会史にもしばしば登場す
る場所です。  特に夏になりますと、音楽を伴うリヴァイヴァル集会が盛んであった
ことでも知られています。

  埋葬されたのはフィラデルフィアのすぐ北側の衛星都市モーリス・タウンです。
誕生地、死亡地、そして埋葬地を地図で眺めてみますと、何となくグレイフの活動を
推測できるような気がいたします。

  グレイフはメソジスト教会の牧師でした。  フィラデルフィアを中心にいくつかの
有力な教会に仕えていたようです。
  すでに述べましたが、グレイフは、いわゆるペンシルヴェニア・ダッチの環境の中
で育った人でした。  教育もそのような敬虔な家族や環境の中で受けています。

  年少時代からイェスに仕える者となりたい‥と、そのように願っていたようです。
2百ほどの詩文を書いていたようですし、小説も1冊書いていたそうです。
積極的・肯定的な牧師さんであったので、多くの人々から尊敬されていたそうです。
  信仰は単純で曇りがなく、明るい性格から、太陽のような牧師さん‥とも呼ばれて
愛されていたようです。  子供たちからも尊敬されていたそうです。

★  しかしそのように明るい、肯定的な牧師さんでありましたが、彼の人生の中にも
厳しい試練のときがあったようです。  とても意気消沈していた時があったのです。
身体的に何か辛い試練のときがあったようです。  そこから来る疑いや戸惑いや誘惑
もあったようです。  ほかの人から見れば、明るい、肯定的な人物に見えていても、
実は一人の人間として、魂が深く傷つき、落胆したこともあったようです。

  手持ちの十数冊の讚美歌史の参考書類を調べて見ましたが、グレイフの悩みの詳し
いことを知ることはできませんでした。  どのような苦しみを彼が抱えていたのかを
知ることはできないままですが、彼がペテロ前書5章7節を読んで、心に平安を得た
ことだけは確かなことであったのです。  どの参考書もそのように証言しています。

  『神はあなたを顧みていてくださる He cares for you のだから、自分の思い煩い
cares を、いっさい神に委ねなさい...』という聖句に触れたのです。

  グレイフは、神が確かに自分のもろもろの思い煩い caresを顧みてくださっている
He does care! と確信したので、そのように作詞し、さらに折り返し部分にも、神が
確かに自分の悩みを顧みていてくださる!と、確認の言葉を付け加えたのです。

★  ここで作詞者グレイフが用いた巧みな英語の使い方を説明しておきます。
日本では中学2年生の英語のクラスで学ぶことだろうと思いますが、念の為に改めて
脱線して説明しておきます。

  グレイフの詩を理解する上で大切な単語は「ケアーcare」という単語と、その使い
かたです。  これを「名詞として」使えば、「心配、心配事、心労、煩労、気苦労、
気がかり‥などを含むものです。  その一方でケアーを「動詞として」使いますと、
「世話をする、かまう、気にかける、関心をもつ、面倒をみる、看護する、愛する、
好む‥」などを意味することになります。

  ここで作詞者グレイフは、英語のケアー care を、巧みに動詞と名詞とに使いわけ
て、神のほうは、私たちのもろもろの思い煩い、心配ごと cares(名詞複数形)を、
顧みてくださっている caresしてくださっていると、動詞のcareで表現しています。

  詩では、当然ですが神が主語で単数、三人称、現在形ですので、ケアーズcares と
なります。  神さまが面倒を見てくださる、ケアーしてくださる...となります。
  人の思い煩い、心配事が一つということはあり得ません。  たくさんあるはずです
ので複数形となり、ケアーズcares となります。  ケアーズの巧みな使い分けです。
  日本人にはこの英語独特の語呂合わせの妙なる表現を理解できないので、詩の意味
の持つ意味と強さを理解できず、むしろ弱まってしまうという危険性があります。

★  次に作曲者のことです‥
ジョーセフ・リンカーン・ホール Joseph Lincoln Hall, 1866~1930です。
写真でみますと、縁なしメガネで立派なお髯の紳士のように見えます。

  ペンシルヴェニア州フィラデルフィアで1866年11月4日に生まれ、1930年11月29日
にフィラデルフィアの兄弟(兄か弟かは不明)ウォルターの家で死去し、フィラデル
フィアのノース・ウッド墓地公園に埋葬されています。  墓碑がないために現在では
正確な場所の確認ができず、「蔦 Ivy」セクションの中だ‥とのことです。

  ペンシルヴェニア大学を優秀な成績で卒業しています。
のちにはハリマン大学から音楽名誉博士号を取得しています。  なお、Harriman大学
のハリマンが、アメリカの実業家、鉄道金融資本家として有名なハリマンと何らかの
関係があるのかどうか‥調べていませんのでわかりません。

  ホールは、カンタータ、オラトリオ、コーラスなどをたくさん書いています。
さらに、数百もの福音讚美歌・聖歌を書き、数冊の讚美歌集の編纂出版にも携わって
いるようです。
  現在では世界的規模で讚美歌集や聖歌集などの版権を所有し、出版することで有名
なローデヒーヴァ Rodeheaver 社と合流したホール・マック出版社 Hall-Mackと関わ
りを持ち、ホール・マック出版社から多くの讚美歌集・聖歌集を出版しています。
  私の個人的な推測ですが、このホール・マック社のホールとは、彼の名前だと思い
ます。

  ホール自身は、フィラデルフィアの7番街メソジスト・エピスコパル教会に属して
いました。  その彼は、自分の作曲した讚美歌の中でも、「Does Jesus Care ? 」が
最高作品の一つであり、歌うたびに心の底から深い感動を覚える曲だ‥と語っていた
という小話が残っています。

  彼が作ったほかの讚美歌を6曲ほど聴いてみましたが、軽快なリズムのものが多い
ように感じました。  日本語に訳されたホールのほかの作品を今のところ私は見つけ
ておりません。

  この Does Jesus Care ?を、残念な訳詩をつけてしまった聖歌集 451番で歌うより
も、原文で歌ってくださるほうが良いと思います。  そんなに難しい英語ではありま
せん。  希望者には英語歌詞を提供致しますのでご連絡ください。