エプロンを掛けて仕え給う主イェス

ルカ傳12章37節

★  加齢と共に、ますます強く思うことがあります。  それは宗教という毒酒です。主イェスを救い主として信じた者たちが、いつの間にか、宗教という毒酒に溺れて、価値感覚を麻痺させてしまい、大切でないことをあたかも大切なものであるかの如く信じ込んで疑わなくなることです。  求道し続けて行くことを止めることです。大切なことを忘れてしまって、大切でないことを固持してしまう危険性です。

  主イェスが最も大切なこととして説かれたことは、『いと小さき者のために冷たい水一杯を提供する』ことです。  マタイ傳10章42節と25章40節が教えています。

  主イェスの弟子でありたいと願う者たち、イェスの恩寵によって救われた者たちのために主ご自身が主の食卓に於いて強調なさったことは、「仕える」という姿勢でした。  ルカ傳12章37節とルカ傳22章27節でそのことを学びます。

  「仕えてくださるイェス」の主の食卓に与るごとに、私たちもエプロンを掛けて、仕えるという、キリスト者に与えられている特権と責務を、思い出して、軌道修正をしたいと願います。

★  イェスを信じるということは、「日曜朝に教会という箱物に入って、宗教行事をこなせばよい」ということではありません。  日常生活の場で仕えることです。コロサイ書3章17節がそのように教えています。