<比較することの愚について>
★ 今回も蛇足になることを承知の上で、最終的には十字架に辿り着きたいと願っています。 もともと、『比べるよりも感謝せよ』と題して書き始めたものでしたが、導入部分として、最初に獨逸シェパード犬とセント・バナード犬のことから書き始めたいと思うようになりました。
いつも以上に相当な饒舌文となりますので、最初にお断りをしておきます。
敗戦直後に明治学院高校を出て東京獣医畜産大学に入学しました。敗戦直後、人間の食べるものすら不足していた時代です。 現在のように愛玩動物を飼育するという発想も余裕も当時の日本にはまだありませんでした。
それでも動物が好きだという理由や、ほかの本当の理由もあって、獣医学校を選んだのです。 どのようにして入手できたのかもはや記憶がありませんが、高級西洋犬ポメラニアン種の雄犬を入手し、「太郎」と名づけて飼い始めました。
留学から帰って来て結婚、葉山の真名瀬シンナセ海岸の漁師の家を借りて住みました。そして日本犬系の雑種の捨て犬の仔犬を飼いました。 パピーという名でした。
帰国した翌年の1962年7月、思わぬ交通事故に巻き込まれて左腎臓を失い、八幡山の自宅に戻ることになりました。 パンを得るために神田美土代町にあった東京YMCA英語学校に英語と聖書の教師として、また、学監として勤務するようになりました。
英語学校教師のライデン夫人から躾シツケ されていない、暴れん坊のシェパード犬を貰いました。 本当は暴れん坊だということで、押しつけられたのかも知れません。ここから私とドイツ・シェパード犬数頭とのつき合いが始まりました。
東京YMCAに10年ほど勤務している間に、韓国での奉仕活動が始まりました。
その間にある事情が生じましたので、私どもは母の同意を得た上で、世田谷区八幡山の母の土地家屋を売却して1985年に現在の八ヶ嶽南麓に永住することになりました。
新しい永住の地を八ヶ嶽南麓原生林の中に得たということで、東京、千葉、そして横浜からたくさんのかたがたが訪ねて来られました。 26年間で宿泊された客人数は3千人を越すと思います。 その中には幼稚園児や学童を連れた家族もありました。
あるとき、あるご家族が、二、三名の子供さんを連れて泊まりに見えたことがありました。 そのときお父さんが息子を叱る場面を、私たち夫婦は偶然目撃しました。
『ほらっ、野村先生の所のシェパードを見てみろ! お前より賢いんだぞ!』でした。 学校の重圧から解放されてようやくやって来た原生林の中で、シェパード犬と比較されながら叱られている坊やの姿をたまたま目撃したのです。
自分を犬と比較されたのでは、幼い子供であっても、感受性の強い子にとっては、それは、他人さまの家で、父親から屈辱的体験を強いられたことになります。
そののち私たちはシェパード犬の飼育をやめました。
休息する場所に相応しい、よだれを垂らして、まぬけ顔をした、性格の穏やかな犬種で、標高の高い原生林生活に適した、セント・バナード犬を飼うことにしました。
いろいろな事情を抱えたセント・バナード犬10頭以上を引き取って飼育しました。シェパード犬を保護しても、私たち夫婦が飼うということをしなくなりました。
<比較する>ということは、子供を教育することでは、絶対によくありません。ましてかわいい幼児や学童を、犬と比較するなどということは、よくありません。
それでは本論に入ります。 最初に書き始めてあった文章に戻ります。
★ 胎教という言葉があります。 赤ちゃんが母胎に宿っている十月十日(トツキトウカ)のあいだ、とりわけその後半部において、胎児は母体の外のいろいろな環境を鋭敏に聞いていると言われています。
そのため、胎児の情緒的発展のために、なるべく静かで安定した環境を胎児のために備える必要がある‥、そのために両親はなるべく穏やかできれいな音楽や、美しい言葉にも心を配る必要がある‥、両親が胎児の出産を心から待望しているということを胎児に語りかける必要がある‥、などとも説かれています。
しかし、残念ながら、私には胎児期の記憶がないので何とも言えません。
推測と想像を働かせてみますと、私の胎児期は、決してよい環境が備えられていたとは、とうてい思えません。
★ 次に、幼児期のことですが、幼児期の環境が幼児の人格的、身体的成長に大きな影響を与えることに関しては、これを否定する人はまずないだろうと思います。
この点に関しましても、私の場合、社会正義感の発達という分野を除いて、微笑むことができるような状態の中に私がいた‥とは、とうてい考えておりません。
とりわけ、私が5歳のとき、父が喉頭結核で凱旋帰天してしまったのちの環境は、多くの面で決して善いものではありませんでした。 多くのトラウマが残りました。
★ 父逝去のあと、順子さんと結婚できるように神さまが導いて下さったまでの長いあいだ、私自身の歩みを振り返って見ますと、たえず私は<他者と比較させられる>という環境に置かれていたと思います。
「家なき子」としてみれば、致し方のないことであったのでしょうが、残念なことでありました。 『誰々ちゃんと比べて、あんたはだめだよ!』でした。
そして、<比較する・比較させられる>ということは、人格形成に決して善い影響を与えるものではありません。 過ぎたことをとやかく言うつもりはありませんが、<比較する・比較させられる>状態の中で感受性の強い幼少青年期を過ごす、過ごさざるを得ないということは、決してよいことではないのです。 このことがもたらすトラウマは、絶対的な恩寵によってのみ回復できるものだと私は信じています。
★ 比較するという点で、海外留学のことについて脱線しておきましょう。
二、三百人の青年を、私が関係してきたアメリカのクリスチャン・カレッジなどに留学生として紹介をしました。 (もちろん、そのことで何らかの収益を得たということではなく、その点では持ち出しのほうがはるかに多かったと思います。 念為)
それらの青年たちの多くに忠告しておいたことのひとつに、「二つの悪いC」と、「二つの善いAがある」ということでした。 両親に対しても同じ提言をしました。
二つの悪いCとは、「do not compare 比較するな‥」と、「do not complaint不平・不満を言うなかれ‥」ということです。
それに対して、二つの善いAとは、「accept 受け容れよ‥」と、「appreciate感謝せよ‥」の二つです。 これら二つのAとCの違いは、留学生活を肯定的で楽しいものにするか、それとも否定的、非生産的、悲劇的なものにしてしまうのか‥そのいずれかです。
海外留学をするということは、自分の意思で、自分が慣れ親しんできた国を一時的に離れ、未知の国に自分自身を置いて、その国の言語や文化や価値感覚などを体験・吸収するということです。 その国の風俗習慣に接して学ぶということです。
この基本的な理解を欠いたまま、あたかも自分の国の高級ホテルでお殿様のような特別扱いを受けるために貴重な時間とエネルギ-と経済的犠牲を払って留学するわけではありません。
このことを理解せず・理解できず、いつも自分の国の食文化や生活習慣を留学先でも要求する若い日本人学生が多いことを、1961年代から私は観察して来ました。
いつも自分が住んでいた日本での環境や慣習と留学先の環境や慣習を「比較」し、「不平・不満」を言い続ける、精神的に成長していない・成長できない若者達が存在していることを知っています。 二つのCが若者の心を支配し続けているのです。
二つのA、すなわち、その地の人々がその地の環境で健全に生きているのですから留学先の環境をそれなりに理解し、評価し、感謝し、受け容れ、その国の文化や価値基準の中で、そこで学ぶことを始めない限り、多くを学べるはずの状態に自分自身を置きながら、結局はほとんど何も学べず、留学する意味を喪失しているようです。
二つのCを避け、二つのAを選択できるのか、そうでないのかは重大です。
学生のそののちの全生涯を左右し、その学生が家庭人となり、職場人となったとき、自分自身の家族や孫子の代まで善い影響を与えるか、悪い人格的影響を与えるか‥、そのような影響を与え続けて行くのです。 社会人として、周囲の者たちや後輩に、善い影響を与える人となるのか、なれるのか、人々から煙たがられる存在となって、他者からの信頼と尊敬を得ることができない不幸な人物になるかを決めるのです。
★ さて聖書では、<比較する・比較させられる>ということを、どのように捉えているのでしょうか?
旧約聖書と新約聖書のなかには、<比較する>ということに関する表現はそんなに多くありません。 愚かな人間が、己と神とを比較しようとする姿勢を咎める表現はいくつかあります。 人間同士を比較する・される、人間同士が比較しあう・されるということは少ないようです。
箴言3章15節と8章11節では、智恵の優越さが宝石と比較されています。
目に見えない価値を軽んじ、目に見える豪華豪勢な物質的権力に惹かれる人間の愚を指摘しています。
イザヤ書40章18節と46章5節、エゼキエル書31章8節、哀歌2章13節は、神や神の手の業を人や人の業と比較し、比較することの愚かさについて語っています。
マタイ傳7章24節~27節では、盤石の上に家を建てる賢者と砂上楼閣に酔う愚者についてイェスが語っておられます。 確かな信仰の確立を促しておられるのです。
ロマ書8章18節で使徒パウロは、クリスチャンがこの世に在って出会うさまざまな求道人生・巡礼人生上の苦悩を、やがて神ご自身が私たちを招き入れて下さる栄光のすばらしさと比較して、私たちがこの世に在って忠実なしもべとして堪え忍ぶことを勧めています。
マタイ傳11章16節~17節でイェスは、神の国に関心を示さない多くの人々の存在を子供たちの遊びと比較して語っておられます。 ルカ傳7章31節も同様です。
マルコ傳4章30節でイェスは神の国をからし種に譬えて語っておられます。
そのほかにもマタイ傳22章1節~14節やルカ傳22章1節~14節で、神の国を真剣に求めている人が少ないことを、マタイ傳7章21節~23節との関係で警告なさっています。 これらは、比較というよりも、譬えに近いものだと思います。
同じような発想から聖書箇所を捜してみますと、マタイ傳13章で、「種蒔き人」が蒔いた種が、蒔かれた地によって結ぶ実に違いが出てくることを語っています。
あるいは同じマタイ傳20章で、葡萄畑の主人の労働者に対する賃金の支払い方や、同じマタイ傳25章で旅に出る主人が召し使いたちに財貨の一部を託して出発し、帰宅後に利益の多寡を計るという比較物語が登場します。 いずれも比較というよりは、神の業、終末に備えることへの譬えによる警告と捉えたほうがよさそうです。
ただしコリント後書10章12節は、クリスチャン同士で比較しあったり競いあったりする自己顕示欲の強い人々について使徒パウロが言及しています。
いつの時代にも限度を越えてまで自己推薦をする人たちが存在しているようです。聖書は、人間各個人ウォッチングという視点からも、興味が尽きないものです。
★ 最後になりますが、聖書が投影する人間ウォッチングという点でヨハネ傳21章は、私のような末期高齢者にとって興味深くしかも重要な示唆に富んだ、主イェスとイェスの直情的な愛弟子ペテロとの会話が記録されています。また、弟子ペテロとイェス最愛の弟子ヨハネとの比較も記されています。
私の知っている限りで‥とお断りしておきますが、半世紀以上前の留学先の神学校の一部では、精神医学をカリキュラムにつけ加えておかなければ、卒業した若手牧師たちが赴任先の教会でよく仕えることができなくなる時代が到来する‥と語られ始めていました。 そして、そのことが現実となっていますが、多くの神学校は現在でもその警告を理解できないでいます。 精神の不安定な教会員が急増しています。
★ そのこととの関連で私が50歳を過ぎたころから、少しずつ老人学 gerontologyという勉強を始める必要があると考え始めました。 ある老いたユダヤ系アメリカ人が気づかせてくださったのです。 伝道学院でも話したことがあります。 しかし、学ぶ側も教える側もいまだ末期高齢者の年齢に達していないので無理のようです。
世界中で教会は高齢者化しています。 教会は社会的変動と必要性を鋭敏に捉えることも応えることもできないで、宣教だっ!と教会堂の中で自分たち自身に向かって叫んでいるように私には見えます。 社会の求めに適応することができないのです。
主イェス・キリストの教会とは何か? どう教会はこの世に仕えるのか? 厳しく問われていると思うのですが‥ 清渓川チョンゲチョン スラムで気づかされたことでした。
ヨハネ傳21章18節~19節でイェスは焦るペテロにやがて末期加齢者となる基督者が、どのように老いた者がイェスを愛してゆけばよいのか、どのようにして神の栄光を顕しながら召されて行くのか‥、行けばよいのか‥という切実な問いかけに対し、復活された神の独り子としてのイェスが、わかりやすく説明されています。
『とにかく私に従って来なさい!』とだけペテロに語られたのです。
私を含めて、老い行く老兵には、<とにかくイェスに従って行くだけ>なのです。あとのことは、結局のところ、主イェスに委ねる他に道はないのです。
★ 復活なさったイェスとペテロとの会話で、もうひとつ重要な話題があります。
それは、<比較することの愚>ということです。
ペテロは極めて感情の起伏が激しかった弟子であったのではないか‥と、そのように私はペテロを捉えています。 イェスをこよなく愛するペテロにとって、常に気になるライヴァルがおとなしい、落ち着いた、肯定的なヨハネの存在でした。
ペテロは、絶えず自分自身を、イェスが愛されていたもうひとりの弟子ヨハネとの関係で比較していたようです。 復活されたイェスが昇天される栄光の姿を目撃する瞬間まで、どうやらペテロは落ち着かず、精神的に不安定な状態に在ったのではないかと、そのように私は推測しているのです。 五旬節の日に天からの聖霊降臨を体験し目撃するまでは、不安定で落ち着きがなかったのではないかと想像しています。
ヨハネ傳の最終部分、すなわち21章20節~22節は、ペテロのヨハネに対する複雑で不安定な感情、激しい競争心を極めて端的に表現しています。 彼の劣等感のようなものを感じさせます。
<自分を他者と絶えず比較する>という弊害がよく描写されていると思います。
それに対してイェスはペテロに、『他人ヒトは他人ヒト、主ヌシは主ヌシ』‥と明快に答えておられます。 『他人はお前にとって何の関係があるのか?』ということです。
イェス・キリストの弟子たる者は、弟子たらんと願う者は、自分を他者と比較する必要などまったく不要なことであり、不信仰なことであると知るべきなのです。
聖書の中で、<比較することの愚>ということがらにおいて、イェスのペテロへの戒めほど具体的で適切なものはないと思います。 『人は人、己は己』なのです。
なぜなら、以下で述べますが、神はあなたという個人を、ありのままで受け入れてくださっており、こよなき者として愛してくださっているからです。 十字架の贖罪の業を感謝し、誇りを抱いて自分自身を受け容れ、主の前に忠実な僕シモベとすることを恩寵の内に覚え、感謝する必要があります。 如何でしょうか?
★ 以上の限られた数の聖書箇所から考えてみますと、聖書には、一人・一つを他の同じような物や人と<比較して優劣を決める>という発想が少ないということです。
もちろん小さなことでの比較に関する言及は多くありますが、聖書全体を貫いて、神が私たちを<比較なさって優劣をお決めになる>ということがないのです。
このことは、とても重要なことだと私は感謝しています。
人も物ごとも神の前では<比べる必要がない>という意味に理解しているからです。
『あなたは私の目に尊く、重んぜられる者であり、私はあなたを愛する...』とは、イザヤ43章4節でそのように語る創造主なる神を紹介しています。
『神はその独り子を賜るほどにこの世を愛し給へり。 すべて彼を信ずる者の亡びずして永遠トコシヘの生命イノチ を得んためなり‥』とヨハネ傳3章16節は語ります。
★ 神は、私たちひとりひとりを、ありのままで受け容れてくださっているのです。
神の愛には<比較する>という発想はないのです。 しかし私たちには、神を選んで感謝するのか、この世を選ぶのか‥そのような比較の自由が与えられています。
みなさんはどちらをお選びになりますか? 比較するよりも、感謝して受け入れることこそが、永遠につながる最前・最高の道だと私は確信しています。 如何です?
★ 今回も蛇足になることを承知の上で、最終的には十字架に辿り着きたいと願っています。 もともと、『比べるよりも感謝せよ』と題して書き始めたものでしたが、導入部分として、最初に獨逸シェパード犬とセント・バナード犬のことから書き始めたいと思うようになりました。
いつも以上に相当な饒舌文となりますので、最初にお断りをしておきます。
敗戦直後に明治学院高校を出て東京獣医畜産大学に入学しました。敗戦直後、人間の食べるものすら不足していた時代です。 現在のように愛玩動物を飼育するという発想も余裕も当時の日本にはまだありませんでした。
それでも動物が好きだという理由や、ほかの本当の理由もあって、獣医学校を選んだのです。 どのようにして入手できたのかもはや記憶がありませんが、高級西洋犬ポメラニアン種の雄犬を入手し、「太郎」と名づけて飼い始めました。
留学から帰って来て結婚、葉山の真名瀬シンナセ海岸の漁師の家を借りて住みました。そして日本犬系の雑種の捨て犬の仔犬を飼いました。 パピーという名でした。
帰国した翌年の1962年7月、思わぬ交通事故に巻き込まれて左腎臓を失い、八幡山の自宅に戻ることになりました。 パンを得るために神田美土代町にあった東京YMCA英語学校に英語と聖書の教師として、また、学監として勤務するようになりました。
英語学校教師のライデン夫人から躾シツケ されていない、暴れん坊のシェパード犬を貰いました。 本当は暴れん坊だということで、押しつけられたのかも知れません。ここから私とドイツ・シェパード犬数頭とのつき合いが始まりました。
東京YMCAに10年ほど勤務している間に、韓国での奉仕活動が始まりました。
その間にある事情が生じましたので、私どもは母の同意を得た上で、世田谷区八幡山の母の土地家屋を売却して1985年に現在の八ヶ嶽南麓に永住することになりました。
新しい永住の地を八ヶ嶽南麓原生林の中に得たということで、東京、千葉、そして横浜からたくさんのかたがたが訪ねて来られました。 26年間で宿泊された客人数は3千人を越すと思います。 その中には幼稚園児や学童を連れた家族もありました。
あるとき、あるご家族が、二、三名の子供さんを連れて泊まりに見えたことがありました。 そのときお父さんが息子を叱る場面を、私たち夫婦は偶然目撃しました。
『ほらっ、野村先生の所のシェパードを見てみろ! お前より賢いんだぞ!』でした。 学校の重圧から解放されてようやくやって来た原生林の中で、シェパード犬と比較されながら叱られている坊やの姿をたまたま目撃したのです。
自分を犬と比較されたのでは、幼い子供であっても、感受性の強い子にとっては、それは、他人さまの家で、父親から屈辱的体験を強いられたことになります。
そののち私たちはシェパード犬の飼育をやめました。
休息する場所に相応しい、よだれを垂らして、まぬけ顔をした、性格の穏やかな犬種で、標高の高い原生林生活に適した、セント・バナード犬を飼うことにしました。
いろいろな事情を抱えたセント・バナード犬10頭以上を引き取って飼育しました。シェパード犬を保護しても、私たち夫婦が飼うということをしなくなりました。
<比較する>ということは、子供を教育することでは、絶対によくありません。ましてかわいい幼児や学童を、犬と比較するなどということは、よくありません。
それでは本論に入ります。 最初に書き始めてあった文章に戻ります。
★ 胎教という言葉があります。 赤ちゃんが母胎に宿っている十月十日(トツキトウカ)のあいだ、とりわけその後半部において、胎児は母体の外のいろいろな環境を鋭敏に聞いていると言われています。
そのため、胎児の情緒的発展のために、なるべく静かで安定した環境を胎児のために備える必要がある‥、そのために両親はなるべく穏やかできれいな音楽や、美しい言葉にも心を配る必要がある‥、両親が胎児の出産を心から待望しているということを胎児に語りかける必要がある‥、などとも説かれています。
しかし、残念ながら、私には胎児期の記憶がないので何とも言えません。
推測と想像を働かせてみますと、私の胎児期は、決してよい環境が備えられていたとは、とうてい思えません。
★ 次に、幼児期のことですが、幼児期の環境が幼児の人格的、身体的成長に大きな影響を与えることに関しては、これを否定する人はまずないだろうと思います。
この点に関しましても、私の場合、社会正義感の発達という分野を除いて、微笑むことができるような状態の中に私がいた‥とは、とうてい考えておりません。
とりわけ、私が5歳のとき、父が喉頭結核で凱旋帰天してしまったのちの環境は、多くの面で決して善いものではありませんでした。 多くのトラウマが残りました。
★ 父逝去のあと、順子さんと結婚できるように神さまが導いて下さったまでの長いあいだ、私自身の歩みを振り返って見ますと、たえず私は<他者と比較させられる>という環境に置かれていたと思います。
「家なき子」としてみれば、致し方のないことであったのでしょうが、残念なことでありました。 『誰々ちゃんと比べて、あんたはだめだよ!』でした。
そして、<比較する・比較させられる>ということは、人格形成に決して善い影響を与えるものではありません。 過ぎたことをとやかく言うつもりはありませんが、<比較する・比較させられる>状態の中で感受性の強い幼少青年期を過ごす、過ごさざるを得ないということは、決してよいことではないのです。 このことがもたらすトラウマは、絶対的な恩寵によってのみ回復できるものだと私は信じています。
★ 比較するという点で、海外留学のことについて脱線しておきましょう。
二、三百人の青年を、私が関係してきたアメリカのクリスチャン・カレッジなどに留学生として紹介をしました。 (もちろん、そのことで何らかの収益を得たということではなく、その点では持ち出しのほうがはるかに多かったと思います。 念為)
それらの青年たちの多くに忠告しておいたことのひとつに、「二つの悪いC」と、「二つの善いAがある」ということでした。 両親に対しても同じ提言をしました。
二つの悪いCとは、「do not compare 比較するな‥」と、「do not complaint不平・不満を言うなかれ‥」ということです。
それに対して、二つの善いAとは、「accept 受け容れよ‥」と、「appreciate感謝せよ‥」の二つです。 これら二つのAとCの違いは、留学生活を肯定的で楽しいものにするか、それとも否定的、非生産的、悲劇的なものにしてしまうのか‥そのいずれかです。
海外留学をするということは、自分の意思で、自分が慣れ親しんできた国を一時的に離れ、未知の国に自分自身を置いて、その国の言語や文化や価値感覚などを体験・吸収するということです。 その国の風俗習慣に接して学ぶということです。
この基本的な理解を欠いたまま、あたかも自分の国の高級ホテルでお殿様のような特別扱いを受けるために貴重な時間とエネルギ-と経済的犠牲を払って留学するわけではありません。
このことを理解せず・理解できず、いつも自分の国の食文化や生活習慣を留学先でも要求する若い日本人学生が多いことを、1961年代から私は観察して来ました。
いつも自分が住んでいた日本での環境や慣習と留学先の環境や慣習を「比較」し、「不平・不満」を言い続ける、精神的に成長していない・成長できない若者達が存在していることを知っています。 二つのCが若者の心を支配し続けているのです。
二つのA、すなわち、その地の人々がその地の環境で健全に生きているのですから留学先の環境をそれなりに理解し、評価し、感謝し、受け容れ、その国の文化や価値基準の中で、そこで学ぶことを始めない限り、多くを学べるはずの状態に自分自身を置きながら、結局はほとんど何も学べず、留学する意味を喪失しているようです。
二つのCを避け、二つのAを選択できるのか、そうでないのかは重大です。
学生のそののちの全生涯を左右し、その学生が家庭人となり、職場人となったとき、自分自身の家族や孫子の代まで善い影響を与えるか、悪い人格的影響を与えるか‥、そのような影響を与え続けて行くのです。 社会人として、周囲の者たちや後輩に、善い影響を与える人となるのか、なれるのか、人々から煙たがられる存在となって、他者からの信頼と尊敬を得ることができない不幸な人物になるかを決めるのです。
★ さて聖書では、<比較する・比較させられる>ということを、どのように捉えているのでしょうか?
旧約聖書と新約聖書のなかには、<比較する>ということに関する表現はそんなに多くありません。 愚かな人間が、己と神とを比較しようとする姿勢を咎める表現はいくつかあります。 人間同士を比較する・される、人間同士が比較しあう・されるということは少ないようです。
箴言3章15節と8章11節では、智恵の優越さが宝石と比較されています。
目に見えない価値を軽んじ、目に見える豪華豪勢な物質的権力に惹かれる人間の愚を指摘しています。
イザヤ書40章18節と46章5節、エゼキエル書31章8節、哀歌2章13節は、神や神の手の業を人や人の業と比較し、比較することの愚かさについて語っています。
マタイ傳7章24節~27節では、盤石の上に家を建てる賢者と砂上楼閣に酔う愚者についてイェスが語っておられます。 確かな信仰の確立を促しておられるのです。
ロマ書8章18節で使徒パウロは、クリスチャンがこの世に在って出会うさまざまな求道人生・巡礼人生上の苦悩を、やがて神ご自身が私たちを招き入れて下さる栄光のすばらしさと比較して、私たちがこの世に在って忠実なしもべとして堪え忍ぶことを勧めています。
マタイ傳11章16節~17節でイェスは、神の国に関心を示さない多くの人々の存在を子供たちの遊びと比較して語っておられます。 ルカ傳7章31節も同様です。
マルコ傳4章30節でイェスは神の国をからし種に譬えて語っておられます。
そのほかにもマタイ傳22章1節~14節やルカ傳22章1節~14節で、神の国を真剣に求めている人が少ないことを、マタイ傳7章21節~23節との関係で警告なさっています。 これらは、比較というよりも、譬えに近いものだと思います。
同じような発想から聖書箇所を捜してみますと、マタイ傳13章で、「種蒔き人」が蒔いた種が、蒔かれた地によって結ぶ実に違いが出てくることを語っています。
あるいは同じマタイ傳20章で、葡萄畑の主人の労働者に対する賃金の支払い方や、同じマタイ傳25章で旅に出る主人が召し使いたちに財貨の一部を託して出発し、帰宅後に利益の多寡を計るという比較物語が登場します。 いずれも比較というよりは、神の業、終末に備えることへの譬えによる警告と捉えたほうがよさそうです。
ただしコリント後書10章12節は、クリスチャン同士で比較しあったり競いあったりする自己顕示欲の強い人々について使徒パウロが言及しています。
いつの時代にも限度を越えてまで自己推薦をする人たちが存在しているようです。聖書は、人間各個人ウォッチングという視点からも、興味が尽きないものです。
★ 最後になりますが、聖書が投影する人間ウォッチングという点でヨハネ傳21章は、私のような末期高齢者にとって興味深くしかも重要な示唆に富んだ、主イェスとイェスの直情的な愛弟子ペテロとの会話が記録されています。また、弟子ペテロとイェス最愛の弟子ヨハネとの比較も記されています。
私の知っている限りで‥とお断りしておきますが、半世紀以上前の留学先の神学校の一部では、精神医学をカリキュラムにつけ加えておかなければ、卒業した若手牧師たちが赴任先の教会でよく仕えることができなくなる時代が到来する‥と語られ始めていました。 そして、そのことが現実となっていますが、多くの神学校は現在でもその警告を理解できないでいます。 精神の不安定な教会員が急増しています。
★ そのこととの関連で私が50歳を過ぎたころから、少しずつ老人学 gerontologyという勉強を始める必要があると考え始めました。 ある老いたユダヤ系アメリカ人が気づかせてくださったのです。 伝道学院でも話したことがあります。 しかし、学ぶ側も教える側もいまだ末期高齢者の年齢に達していないので無理のようです。
世界中で教会は高齢者化しています。 教会は社会的変動と必要性を鋭敏に捉えることも応えることもできないで、宣教だっ!と教会堂の中で自分たち自身に向かって叫んでいるように私には見えます。 社会の求めに適応することができないのです。
主イェス・キリストの教会とは何か? どう教会はこの世に仕えるのか? 厳しく問われていると思うのですが‥ 清渓川チョンゲチョン スラムで気づかされたことでした。
ヨハネ傳21章18節~19節でイェスは焦るペテロにやがて末期加齢者となる基督者が、どのように老いた者がイェスを愛してゆけばよいのか、どのようにして神の栄光を顕しながら召されて行くのか‥、行けばよいのか‥という切実な問いかけに対し、復活された神の独り子としてのイェスが、わかりやすく説明されています。
『とにかく私に従って来なさい!』とだけペテロに語られたのです。
私を含めて、老い行く老兵には、<とにかくイェスに従って行くだけ>なのです。あとのことは、結局のところ、主イェスに委ねる他に道はないのです。
★ 復活なさったイェスとペテロとの会話で、もうひとつ重要な話題があります。
それは、<比較することの愚>ということです。
ペテロは極めて感情の起伏が激しかった弟子であったのではないか‥と、そのように私はペテロを捉えています。 イェスをこよなく愛するペテロにとって、常に気になるライヴァルがおとなしい、落ち着いた、肯定的なヨハネの存在でした。
ペテロは、絶えず自分自身を、イェスが愛されていたもうひとりの弟子ヨハネとの関係で比較していたようです。 復活されたイェスが昇天される栄光の姿を目撃する瞬間まで、どうやらペテロは落ち着かず、精神的に不安定な状態に在ったのではないかと、そのように私は推測しているのです。 五旬節の日に天からの聖霊降臨を体験し目撃するまでは、不安定で落ち着きがなかったのではないかと想像しています。
ヨハネ傳の最終部分、すなわち21章20節~22節は、ペテロのヨハネに対する複雑で不安定な感情、激しい競争心を極めて端的に表現しています。 彼の劣等感のようなものを感じさせます。
<自分を他者と絶えず比較する>という弊害がよく描写されていると思います。
それに対してイェスはペテロに、『他人ヒトは他人ヒト、主ヌシは主ヌシ』‥と明快に答えておられます。 『他人はお前にとって何の関係があるのか?』ということです。
イェス・キリストの弟子たる者は、弟子たらんと願う者は、自分を他者と比較する必要などまったく不要なことであり、不信仰なことであると知るべきなのです。
聖書の中で、<比較することの愚>ということがらにおいて、イェスのペテロへの戒めほど具体的で適切なものはないと思います。 『人は人、己は己』なのです。
なぜなら、以下で述べますが、神はあなたという個人を、ありのままで受け入れてくださっており、こよなき者として愛してくださっているからです。 十字架の贖罪の業を感謝し、誇りを抱いて自分自身を受け容れ、主の前に忠実な僕シモベとすることを恩寵の内に覚え、感謝する必要があります。 如何でしょうか?
★ 以上の限られた数の聖書箇所から考えてみますと、聖書には、一人・一つを他の同じような物や人と<比較して優劣を決める>という発想が少ないということです。
もちろん小さなことでの比較に関する言及は多くありますが、聖書全体を貫いて、神が私たちを<比較なさって優劣をお決めになる>ということがないのです。
このことは、とても重要なことだと私は感謝しています。
人も物ごとも神の前では<比べる必要がない>という意味に理解しているからです。
『あなたは私の目に尊く、重んぜられる者であり、私はあなたを愛する...』とは、イザヤ43章4節でそのように語る創造主なる神を紹介しています。
『神はその独り子を賜るほどにこの世を愛し給へり。 すべて彼を信ずる者の亡びずして永遠トコシヘの生命イノチ を得んためなり‥』とヨハネ傳3章16節は語ります。
★ 神は、私たちひとりひとりを、ありのままで受け容れてくださっているのです。
神の愛には<比較する>という発想はないのです。 しかし私たちには、神を選んで感謝するのか、この世を選ぶのか‥そのような比較の自由が与えられています。
みなさんはどちらをお選びになりますか? 比較するよりも、感謝して受け入れることこそが、永遠につながる最前・最高の道だと私は確信しています。 如何です?