★ きょうの午後の衛星放送で、アメリカの公共放送局PBS がエチオピアで取材したという、深刻な水不足問題を放映していました。
劣悪な環境の中で、特に婦女子や幼児たちが困っている惨状を、痛みを覚えながら視聴しました。 飲むにたる水を少量得るために、幼い子供や婦女子が、片道数キロもの距離を歩かなければならないことや、水の権利を持っている集団が、水を求めてやって来た女の子を性的犠牲者にすることもある‥などを知りました。
井戸を掘るにも経済的資金がない場合や、ようやく手に入れた汚水を消毒することができない現状などをも報じていました。 水不足問題は、アフリカ各地で起こっている深刻な日常問題だということも報道していました。 常にふんだんに水の恩恵に与っている私たち日本人には、仲々に理解できない問題だと教えられました。
★ さて水のことですが、創世記22章には、神がアブラハムに向かって、アブラハムの最愛の息子イサクを燔祭(=神に供えられた生贄の動物を祭壇で丸焼きにして神に捧げる宗教行事のこと、ホロコーストの意)として捧げようとしたことが記録されています。 今日は、そのイサクのことを、水や井戸との関係で考えてみましょう。
創世記26章は、そのイサクが、深刻な飢饉が、父アブラハムやイサクが住む場所とその周辺地域一帯を襲ったので、美しい妻リベカと共に、ペリシテ人アビメレク王が支配するゲラルに避難した‥ということを紹介して、新しい物語を展開しています。
聖書考古学や地中海人類文化学にまったく疎い私には、飢饉が気象状態で起こったものだと推測しますが、そのこととの関連で、水不足ということも社会的には大きな混乱を招いていたものと想像します。 住み慣れた場所を捨てて、異邦人の地に移住せざるを得なかったというのですから、深刻な社会問題であったものと思います。
飢饉が激しくないゲラルに避難したものの、イサクにとっての次の問題は、美しい妻リベカをアビメレク王が略奪する目的で自分を殺すかも知れない‥という恐怖心がイサクに生じ、そのためにリベカを妹であると偽って王に申告したため、却って彼の立場を窮地に追い込んでしまったという逸話を挿入しています。
そのあたりは、イサクの性格の一端をよく表しているように思えます。
12節以下は、居留地でイサクが農業を営んだことを告げています。
農業に必要なもののひとつに水をどう確保するかという問題があります。
イサクはこの問題解決のため井戸を掘り、そこから豊富に水を得て、農耕・牧畜業の成功者となりました。 合理的な人物であったことを物語っていると思います。
脱線ですが、小学校の体育の時間にダンスがあったと思います。 そのひとつに、「マイム・マイム」という軽快な曲がありました。 井戸水が湧いて出てきたことを祝い喜ぶことを歌った歌だと理解しています。 水が生命にかかわる重要要素だからです。 パレスチナ地域での水をめぐる問題の深刻さを暗示していると思います。
しかしイサクの成功は、もともと土地の所有者であったペリシテ人農民たちの妬みと反感を招くことになりました。
ペリシテの農民たちは、イサクと父アブラハムが苦労して掘った井戸を襲撃し、力ずくで土砂で井戸を埋め、立ち退きを要求するという実力行使に出たと、15節は語っています。 イサクはこれに対して争わず、耕地を放棄し、移動します。
そののちイサクは、17節~25節で、いろいろな種類の無理難題をいろいろな人たちから押しつけらます。 そのたびにイサクは五つの新しい井戸を掘っています。
生命線である井戸を掘る労苦は、水の豊かな国に住む者たちには理解するのが困難ですが厳しいものであったのでしょう。 そして偉いのは争わなかったイサクです。
★ 私たちの人生には、多くの無理難題が一方的に襲って来るもののようです。
争うのもよし、争わぬもよし、それぞれのことは、その当事者によりましょう。しかしイサク自身は争わなかったようです。 23節は神との会話を暗示しています。
イサクは、父アブラハムや、子ヤコブと比較してみますと、(比較するということ自体が絶対によくないことだと承知の上ですが‥)、そんなに目立った人物だと旧約聖書は特記していないようです。 ごく平凡な人物のような印象を与えます。
しかし私は、温厚なイサクの在り方、争わない姿勢に、譲ることに優れた姿勢に、心から感動を覚えます。 それは、私自身がこれまで生かされて来た自分自身の人生との関係において、羨ましく映って見えるからです。 彼が「譲る人」だからです。
そして、何よりも、「神を堅く信じて生き抜いた」という姿勢においてです。
オヤジさんのアブラハムに騙されて?、燔祭の生贄にされそうになったという危ない場面にも遭遇しています。 井戸を何度も掘り続けるという姿勢も感動的です。
ペリシテ人たちの嫉妬と反感を招くほどまでに成功しながら、農耕地を井戸と共に争わずに譲ってしまうという温和さにおいても、愛妻リベカと息子ヤコブの破廉恥で狡猾で非道な手段に騙されて、エソウに譲るべきであった家督の権を、ヤコブに譲り渡させられるなどと、現在の私たち自身の周囲にも起こっている悲しい多くの現実の問題に巻き込まれながらも、神への堅い信仰を貫いた点で、私は感動するのです。
★ 明るい肯定的なイサクの性格は、彼自身の名がそのことを表しているのではないのかと思うことがあります。 名があるというのでその名に従って性格が育つものかどうかは、それは保証しませんが、イサクという名は、どうやら「ほほえむ」ということと関係があるようです。
イサクという名は、『神さま、どうぞ私にほほえんでください』とか、『神さま、どうぞ私をあたたかく見守ってください』という意味だと説明する辞典もあります。
また、アモス書7章9節と16節は、イサクがイスラエルだとしています。
確か明治・大正期の優れた基督者の中に「~伊作」という名を付けた学者がおられたことがあったと記憶しています。 譲る人、井戸掘り屋のイサクさん萬歳です!
『主の僕シモベ は争アラソ ふべからず。 凡ての人に優しくよく教え忍シノぶことをなし、逆サカラ ふ者をば柔和をもて戒むべし』
-テモテ前書3章3節及びテモテ後書2章24節~25節
『人を謗ソシらず、争はず、寛容にし、常に柔和をすべての人に顕アラハ すべきことを思い出させよ』
-テトス書3章2節