<詩人アレキサンダー・ポープを想う>
★ ロマ書11章33節~36節は、人知や人力ではとうてい計り知ることができない神の権能・智能に就いて語っています。 ここを、いろいろな翻訳文で読んでみました。
イェスが乙女マリヤから生れ給い、ナザレで育ち給い、そしてこの地上での公生涯にお入りになるに到り、いわゆる「バプテスマのヨハネ」が、イェスの歩まれる道の露払い役を引き受けました。
豫言者ヨハネは、主イェスの道を備える過程において、領主ヘロデが自分の兄弟の妻ヘロデヤを自分の妻にしようと試みていたことを責めたので、領主ヘロデの怒りを招き、獄舎に捕らわれる身となっていました。 そして打ち首になったのです。そのことは、マタイ傳14章1節~12節に記載されています。
監獄に閉じ込められ、やがて処刑されることを予期していたヨハネは、自分の命を掛けて、来るべきメシヤのために精一杯に働いた自分自身の人生を、独り静かに回想したものと思います。
そして、確信を抱きながらも、一抹の不安感に襲われていたのかも知れません。
マタイ傳11章2節~3節は、そのようなヨハネの疑念を示しているように思えます。
『私は、私自身のすべてを捧げて、あなたのために働きました。 そして私は私が間違っていたとは思っていません。 しかし、もしかして‥という気持ちが何となく湧いて来てしまったのです。 そこで、正直にあなたにお尋ねしますが、私があなたのためにひたすらに働いたことは、間違っていなかったですよね?』‥でした。
★ 孟子は『四十歳にもなれば、いろいろな外物に対して心を動揺させることがなくなるものだ...』と語ったそうですし、孔子も『四十歳になって、自分の生き方に確信が持てるようになり、人生上のさまざまな問題に惑うことがなくなった...』と語ったそうです。 『四十にして心を動かさず』とか『四十にして惑わず』というのです。
「バプテスマのヨハネ」がどういうわけで弟子をイェスに送り、質問させたのかを私は知るよしがありません。 常に言うこと為すことにおいてほとんどの場合未熟な私個人の経験から、ヨハネが惑ったのではないのか?‥と、憶測するだけです。
人生の終焉に到って、寿則多辱を痛感していますので、そのように思うだけです。
変わらないことは、私自身の存在そのものが、「どうしょーもない駄目男である」ということと、「それにもかかわらず、神の一方的な恩寵によって赦され、生かされて来た者である」ということです。 これだけが確かなことです。 あとは駄目男。
★ そんなとき、イギリスの詩人で、ローマ教会員のアレキサンダー・ポープという人の存在を思い出す機会を得ました。 1668年~1744年を生きた人です。
12歳のとき脊髄結核を患い、体の成長が止まり、生涯矮小短躯虚弱で過ごしました。
身長は4フィート、7インチであったそうです。 140 cm ほどになりましょう。
父親は麻布などを扱う布地屋・呉服商であったそうです。
更に不幸なことに当時のイギリスでは、1688年の革命以降、ローマ教会員であるという理由で、教育の機会に恵まれませんでした。 しかし司祭の助けを得たり、また彼自身のたゆまぬ独学の結果、ラテン語、フランス語、ギリシャ語、イタリア語などを学び、古今の哲学、詩、文学などを広く深く渉猟しつつ、鋭い感受性を用いて人間社会を把え、わかり易い表現で、皮肉たっぷりの筆の人として古典主義詩人となったと言われています。 Alexander Pope です。
留学中に学んだこの詩人のことを、その後、ほとんど何も注意を払って来なかったことを恥ずかしく思います。 ポープが語った格言といいましょうか、詩文の中にはいくつかの重要な文章が含まれています。 習ったテキストを読み直していますと、アンダー・ラインを引いた詩がたくさんあります。 詩を翻訳するのは愚ですが...
1. 誠実な人というのは、神の最高の高貴な作品である。
2. 過ちを犯すのは人間だが、赦すのは神である。
3. 少しだけ学んだということは、実に危険なことである。
4. 何ごとでも新しいものに飛びつく最初の人になる人がいるかと思えば、
古いことにしがみついて、それを捨て去る最後の人になる者もいるようだ。
5. 天使が足を踏み込むことを躊躇するような所に愚者は突進するものである。
6. 人の心の中に希望は永遠に沸き上がるが、人自身からではない。
しかし、人はいつも祝される者である。
7. まともな教育や十分な訓練を受けていない原住民の心というものは、
雲や風の中に神をみたり聞いたりするものである。
8. ある人は、最初は機知に富み、次に詩人となり、さらに評論家となるのだが、
最後には、結局のところ、ただの愚者となってしまうのが落ちだ。
9. 表現というものは、その人の心の思いの外的な服装というものである。
10. 美が得るものを良い知覚が保存できなければ、我らの栄光も苦痛もむなしい。
以上のようなポープの発言は、彼がこの世を去るまで彼を悩ませ続けた心身両面の激しい苦痛の中から彼が絞り出すように編み出した思想だと思います。
バイオラ大学の英文学の授業で学んだポープの詩の中には、すばらしい発言がまだたくさんあります。 留学5年目の私の実力では古典英文学はむつかしく、よく理解できないでいました。 また、人間的にも甚だ未熟であったため、ポープを全く理解できなかったのです。 もったいないことをしました。 結局、いつも駄目男です‥
ポープの人間に関するいろいろな黙想と論説、人は何者なのか?‥、人は己自身を知り得るのか?‥ポープが書き残した詩や祈祷文を読んでみますと多くを教えられます。 絶え間なく彼を襲っていた肉体的苦痛と、矮小短躯の彼を見下げている周囲の目...そこから、ヨブのように、ポープは神に対する確固たる信仰を抱いたのでした。
神の前に立ち、神を誉め讚えるポープの純粋な心‥、人が己自身を知ろうと試みる愚かさ‥、ポープにはロマ書11章33節~38節や、テモテ前書1章6節~7節の聖句、とりわけ6章11節後半部~16節と黙示録19章6節~8節などが焼きついていたものと思われます。 あるいは出エジプト記33章の神に対するモーセの会話を覚えていたのかも知れません。 ヨハネ傳1章18節、ロマ書5章2節や8章、コロサイ書1章15節などもポープの頭の中には暗唱聖句として常に備えられていたのかも知れません。
★ 肉体的老衰劣化を覚えながら、「寿則多辱」な自分自身の人生を振り返って見ますと、また、ほとんど何も学んで来なかった私自身の愚を振り返るときに、そして、それにもかかわらず、なおかつ一方的な神さまの恩寵によって生かされている事実に気づくとき、ポープの在り方と信仰に触れるとき、テモテ前書6章11節後半~16節の聖句を読み、大きな衝撃と励ましを受けたのです。
以上、まことにお恥ずかしい「寿則多辱爺、韓国語でハラボジ」の信仰告白です。
なお、掲載しました聖書箇所、どうぞゆっくりと熟読なさることをお願い致します。