黒人霊歌の中に Were you there when they crucified my Lord ? という曲があり
ます。 『君もそこにいたのか』で、讚美歌II集177 と聖歌 400がそうなのです。
あなたと私がそこに居たのです。 そしてあなたと私の罪が、私の手が、あなたの
手が、主イェスの両手首と両足の甲羅にあの太い釘を打ち込んだのです。 どのよう
に主にお詫びを申し上げたら良いのでしょうか? 唯ただ罪を悔い改める以外にあり
ません。
『あなたが口でイェスを主と告白し、あなたの心で神さまがイェスを死者の中から
よみがえらせて下さったと信じるならば、あなたは救われる...』とロマ書10章9節は
勧めています。 イェスさまを救い主として心の中にお招きする必要があります。
讚美歌 136、聖歌 155、 437 の歌詞を噛み締めながら讚美しましょう。
私たちがまだ罪人であった時、キリストが私たちのために死んで下さったことに
より、神は私たちに対する御自身の愛を明らかにされておられます。
神は罪を知らない方(即ちイェス)を私たちのために罪とされました。
それは私たちがこの方に在って神の義となるためです。
なぜ生きている方を死人の中に捜すのですか? 復活されました!
(上から順にロマ書5章8節、コリント後書5章21節、ルカ伝24章5節~6節)
感謝です! 讚美歌 146
2003年3月21日八ヶ嶽南麓 野村基之
〒408-0031 山梨県北杜市長坂町小荒間1381 電話 0551-32-5579
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(注 以上は八ヶ嶽南麓ベタニヤ集会用に毎週発行している「ベタニヤつうしん」と
いう週報に、2003年2月21日に掲載した文章を改めてご紹介するものです。)
太平洋戦争敗戦直後に私は盲腸炎を患い旧大日本帝国陸軍軍医殿の執刀で切開手術
を受けたことがあります。 荒っぽい軍医殿で医療品の極度の不足もあり、痛い手術
でした。 醜い傷跡がそのまま残っています。 外科手術は大嫌いです。
同じく敗戦後に旧制の明治学院高校を卒業して東京獣医畜産大学に入学し、解剖学
の授業がありました。 麻酔薬の不足から野良犬の活体解剖があり失神しました。
ますます外科手術が嫌いになり、獣医学校卒業を前に中退しケンタッキーに聖書を
学びに転校しました。
1954年~1961年の赤貧留学生活を経て帰国、翌年に或るおかしな交通事故に巻き込
まれて左腎臓を失いました。 その時にも適切な抗生物質がなく、治癒が難航し、
大量輸血でC型肝炎ウイルスを得ました。 更に酷い傷跡が残っています。 そして
現在でも常に左脇に鈍痛と違和感があり、これは私が死ぬまで絶えず私を悩ませるも
のです。 贖罪主イェスさまの十字架上の痛みを記憶させて頂くために神さまが私に
与えて下さった特別な恩寵だと考えています。
交通事故は熊谷で起きました。 その日の朝、軽井沢でホイートン神学大学教授の
テニー博士が「主イェスの十字架の苦痛」の話しをなさり、それを伺ってから帰路に
ついたのでした。 そしてその日の午後に独りで手術台の上に乗せられたのでした。
次に数年前に脱腸で再び手術台の上に乗りました。 全身麻酔といっても医師たち
の会話は聞こえて来るものです。 その時も主イェスさまの十字架を想いました。
このような個人的な外科手術の体験が重なった人生を経た者ですので、どうしても
十字架上の主イェスの肉体的・精神的・心理的・信仰的なお苦しみの一端を推測して
しまいます。 けれども、ロマ書8章28節が語るように『総てのことは相働いて益と
なる』のです。
ここに改めてご紹介致します拙文が、主イェスに対する皆さまがたの感謝の思いを
更に深められるのに役立つことを心から願っております。 とりわけ、皆さまがたが
聖晩餐に陪席なさる時に、主のお苦しみと愛の深さを、皆さまがたがより善くご理解
なされるようにと心から願うものです。
>>>讃 美歌 136番 血潮したたる