-或る讃美歌史-
★ 英語圏で特によく歌われている讚美歌のひとつに「丘に立てる粗削りの十字架」
があります。 原文は「On a hill far away stood an old rugged cross」です。
日本語には、聖歌 402番の中田羽後訳と、バプテスト教会系の新生讚美歌 230番、
ヤマハ音楽財団が訳したものがあります。 共に善い翻訳文だと思います。
★ 讚美歌史の参考書の多くが母校ペパダイン大学に新設された教会遺産センターに
移ってしまったので、手持ちの10冊ほどの中から調べたものを紹介しておきます。
作詞・作曲共にジョージ・ベナードGeorge Bennard(1873~1958)は、オハイオ州
ヤングズタウンで1873年2月4日に生まれた人です。
名前から推測してみますと、獨逸系移民の家に生まれたのではないかと思います。
ジョージの幼児期に家族はアイオア州アルビア Albia, Iowaに移住しました。
首都デモイン南東80kmほどの小さな村です。 今でも人口4千人ほどの僻地です。
生活苦からか、そこからさらに50kmほど西の同州ルカス Lucasに移住しています。
アルビアよりさらに僻地のように思えます。 父は炭坑夫であったとのことです。
若い時に福音に触れたジョージは、聖書をさらに学びたく聖書大学進学を心の中で
願いましたが、ジョージが16歳のとき父が死亡し、そのような経済的余裕から縁遠い
青年となりました。 母親と四人の妹を支えなければならなくなったのです。
すでに最初に説明しましたように、資料の不足から、ジョージの結婚相手を調べる
ことができないでいます。 結婚後二人はイリノイ州の救世軍でしばらく働きます。
一種の巡回福音伝道者として働いたということです。 救世軍では将校といいます。
聖書を初めとして、読める書籍は何でも読み尽くしたと言われるほど熱心に独学を
続けたようです。 とりわけ十字架について黙想し続けていたようです。 救世軍の
将校(=伝道者)として、アメリカとカナダで福音伝道に携わっていたようです。
救世軍で働いた後、メソジスト・エピスコパル教会の牧師として彼が天に召される
1985年まで勤めています。 ミシガン州リード市Reed City, Michigan に彼の記念館
があります。
十字架について深く考察した彼は、主イェス・キリストと十字架が不可分の関係に
あることに注目し、ヨハネ傳3章16節を愛読していたとのことです。
私は十字架を思えば思うほど活き活きすることができる...と語っていたそうです。
そのように、絶えず十字架を黙想していた彼の心の中に、頑丈で粗削りの十字架の
姿が次第に浮かびあがり、神の御子イェスの血潮で染まった十字架を描写する最初の
10語、すなわち On a hill far away stood an old rugged Cross がほとばしり出た
のだそうです。
ニューヨーク州のある集会からミシガン州に戻って来たとき、それまでに体験した
苦悩を思い、そのことでさらに十字架を熟慮し、ひとつの詩が完成したのです。
当時有名な福音讚美詩の専門家であったチャールズ・ガブリエル Charles Gabriel
にその詩を送って検討してもらうことにしたのでした。 詩に少しだけ手を加えた彼
は詩を送り返して来ました。 『皆が歌ってくれる詩だ』とつけ加えたそうです。
★ 私たちは十字架を偶像化し、十字架を信仰の対象として拝むのではありません。
私たちは、はるか向こうの丘の上にそそり立っている、粗削りで頑丈な十字架の上で
私たちの罪の贖いのために死んでくださったイェスを信仰の目で見て、十字架の上の
私たちの罪咎のために死んでくださったイェスをキリストとして信じ、救い主として
受け容れ、そのイェスに、私たちが死に到るまで、忠実でありたいと誓うのです。
"So I cherish the old rugged cross,
Till my trophies at last lay down;
I will cling to the old rugged cross,
and exchange it someday for a crown."
『やがて手にする冠を手にする日まで、私はその慕わしき古きよき十字架を慕い、
十字架にぴったりとしがみついて決して離れません...』とジョージ・ベナードは作詞
したのです。
この詩を読む人々がそれに同意し、ジョージと同じような誓いの心でこの讚美歌を
世界中で高らかに歌っているのです。 私たちはどうなのでしょうか?
カナダ冬季五輪競技大会場に向かって、聖火をしっかりと握って広いカナダを走り
抜けた多くの聖火走者のように、私たちも十字架のイェスへの信仰をしっかりと握り
締めて、目的地を目指してこの地上を走り抜け、勝利の冠を十字架の上で贖いの業を
なし遂げ給うたイェスから頂ける者でありたいと心から願うのです。 如何?
『私たちの主イェス・キリストの十字架以外に、誇りとするものは、断じてあって
はならない。 この十字架につけられて、この世は私に対して死に、私も亦この世に
対して死んでしまったのである』 ガラテヤ書6章14節
>>>十字架という処刑方法に就いて
★ 英語圏で特によく歌われている讚美歌のひとつに「丘に立てる粗削りの十字架」
があります。 原文は「On a hill far away stood an old rugged cross」です。
日本語には、聖歌 402番の中田羽後訳と、バプテスト教会系の新生讚美歌 230番、
ヤマハ音楽財団が訳したものがあります。 共に善い翻訳文だと思います。
★ 讚美歌史の参考書の多くが母校ペパダイン大学に新設された教会遺産センターに
移ってしまったので、手持ちの10冊ほどの中から調べたものを紹介しておきます。
作詞・作曲共にジョージ・ベナードGeorge Bennard(1873~1958)は、オハイオ州
ヤングズタウンで1873年2月4日に生まれた人です。
名前から推測してみますと、獨逸系移民の家に生まれたのではないかと思います。
ジョージの幼児期に家族はアイオア州アルビア Albia, Iowaに移住しました。
首都デモイン南東80kmほどの小さな村です。 今でも人口4千人ほどの僻地です。
生活苦からか、そこからさらに50kmほど西の同州ルカス Lucasに移住しています。
アルビアよりさらに僻地のように思えます。 父は炭坑夫であったとのことです。
若い時に福音に触れたジョージは、聖書をさらに学びたく聖書大学進学を心の中で
願いましたが、ジョージが16歳のとき父が死亡し、そのような経済的余裕から縁遠い
青年となりました。 母親と四人の妹を支えなければならなくなったのです。
すでに最初に説明しましたように、資料の不足から、ジョージの結婚相手を調べる
ことができないでいます。 結婚後二人はイリノイ州の救世軍でしばらく働きます。
一種の巡回福音伝道者として働いたということです。 救世軍では将校といいます。
聖書を初めとして、読める書籍は何でも読み尽くしたと言われるほど熱心に独学を
続けたようです。 とりわけ十字架について黙想し続けていたようです。 救世軍の
将校(=伝道者)として、アメリカとカナダで福音伝道に携わっていたようです。
救世軍で働いた後、メソジスト・エピスコパル教会の牧師として彼が天に召される
1985年まで勤めています。 ミシガン州リード市Reed City, Michigan に彼の記念館
があります。
十字架について深く考察した彼は、主イェス・キリストと十字架が不可分の関係に
あることに注目し、ヨハネ傳3章16節を愛読していたとのことです。
私は十字架を思えば思うほど活き活きすることができる...と語っていたそうです。
そのように、絶えず十字架を黙想していた彼の心の中に、頑丈で粗削りの十字架の
姿が次第に浮かびあがり、神の御子イェスの血潮で染まった十字架を描写する最初の
10語、すなわち On a hill far away stood an old rugged Cross がほとばしり出た
のだそうです。
ニューヨーク州のある集会からミシガン州に戻って来たとき、それまでに体験した
苦悩を思い、そのことでさらに十字架を熟慮し、ひとつの詩が完成したのです。
当時有名な福音讚美詩の専門家であったチャールズ・ガブリエル Charles Gabriel
にその詩を送って検討してもらうことにしたのでした。 詩に少しだけ手を加えた彼
は詩を送り返して来ました。 『皆が歌ってくれる詩だ』とつけ加えたそうです。
★ 私たちは十字架を偶像化し、十字架を信仰の対象として拝むのではありません。
私たちは、はるか向こうの丘の上にそそり立っている、粗削りで頑丈な十字架の上で
私たちの罪の贖いのために死んでくださったイェスを信仰の目で見て、十字架の上の
私たちの罪咎のために死んでくださったイェスをキリストとして信じ、救い主として
受け容れ、そのイェスに、私たちが死に到るまで、忠実でありたいと誓うのです。
"So I cherish the old rugged cross,
Till my trophies at last lay down;
I will cling to the old rugged cross,
and exchange it someday for a crown."
『やがて手にする冠を手にする日まで、私はその慕わしき古きよき十字架を慕い、
十字架にぴったりとしがみついて決して離れません...』とジョージ・ベナードは作詞
したのです。
この詩を読む人々がそれに同意し、ジョージと同じような誓いの心でこの讚美歌を
世界中で高らかに歌っているのです。 私たちはどうなのでしょうか?
カナダ冬季五輪競技大会場に向かって、聖火をしっかりと握って広いカナダを走り
抜けた多くの聖火走者のように、私たちも十字架のイェスへの信仰をしっかりと握り
締めて、目的地を目指してこの地上を走り抜け、勝利の冠を十字架の上で贖いの業を
なし遂げ給うたイェスから頂ける者でありたいと心から願うのです。 如何?
『私たちの主イェス・キリストの十字架以外に、誇りとするものは、断じてあって
はならない。 この十字架につけられて、この世は私に対して死に、私も亦この世に
対して死んでしまったのである』 ガラテヤ書6章14節
>>>十字架という処刑方法に就いて