★ 明日から加奈陀で冬期五輪競技が始まるということで、少なくとも日本のマス・
メディアは大騒動しています。 出場選手たちも金賞を狙っていると語っています。
幼いときから競い合うことを好まない私にとって、また、アジア各地で底辺貧困層
に住む人々をたくさん目撃して来た私にとって、経済的保証がなければ参加できない
現在のスポーツ競技の在り方、とりわけ五輪競技大会にほとんど興味がありません。
★ それよりも私には、むしろロマ書14章10節やコリント後書5章10節が語って
いる、『キリストの裁きの座』と、すべての人が、実に公平に必ずそこに出頭しなけ
ればならないことのほうに、むしろ強い関心を抱いているのです。
ヘブル書9章27節も、『一度だけ死ぬことと、死んだのち裁きを受けることとが、
人間に定まっている...』と警告しているのです。 やがてそれは確実に各自にやって
来るのです。 誰もそこから逃げることも、これを避けることもできないのです。
そこでは、地上で得た金賞や貯金高や社会的肩書きなど、全く役に立たないのです。
★ 神さまが下さろうと用意なさっている永遠の命の金賞を、恩寵によって、そこで
頂くということこそが、私たちにとっての最重要課題でなければならないのです。
この地上で私たちが何をどのように信じて生きていたのか... それが私たちの行方
を決めるのです。 それが私たちの永遠の報酬、金賞に直接関係してくるのです。
五輪大会で誰が金賞を幾つ取ったか...というようなことよりも、あなたご自身が、
最後の裁きの座で神さまから受け取られる報酬のこと、金賞なのかそうでないのか...
そのことをお考え頂きたいと私は考えます。 明日から加奈陀五輪が始まります。