★ 分別あるべき年齢に達した子が老いた親を殺し、若い男女が嬰児や幼児を虐待死
させ、睡眠薬で男を殺し金銭を奪う女が現れる... 戦争を挑むたびに大量殺戮武器の
性能が向上し、死の商人だけが儲ける... 政治家とカネの問題が常に話題になる...
教会を食い物にする職業的聖職者がいる... この世の中、どうなっているのか?
『人の悪が地にはびこり、総てその思い図ることが、いつも悪いことばかりである
のを主は見られた。 主は地上に人を創ったことを悔いて、心を痛め、創造した人を
地の表から拭い去ろう!』...と創世記6章5節は言います。
★ そのようなこの地上にもかかわらず、『天にあるように地にも平和がある...』と
聖書は言います。 イザヤ書9章6節は、『平和の君が生まれた』と語ります。
この箇所は、ヘンデル作の有名なオラトリオ、メサイヤにも引用されています。
主としてクリスマスの季節にだけ人々が見聞きする聖書箇所があります。
ルカ傳2章14節です。 『いと高き所には神に栄光が、地の上には人々に平和が』と
天使たちが歌ったという箇所です。
イェスは、「主の祈り」と私たちが称している祈りを教えられました。
マタイ傳6章5節~13節です。 ルカ傳11章1節~4節にも書かれています。
『御国が来るように』という箇所です。 それでは「何処に来るのでしょうか?」
「私たちの心の中に」とも理解できます。 それはマタイ傳12章28節や18章20節が
示唆していると私は考えます。 終末だけのことではなく、「今ここに」神の国が
ある...と聖書は指さしていると信じています。
★ 私が好きな讚美歌のひとつは、日本基督教団の「子供さんびか」32番です。
「ダビデの子、ホサナよ」という題がついている軽快な曲です。
また、讚美歌 130番、「喜べや、讚えよや、シオンの娘、主の民よ」という讚美歌
もきれいです。 ヘンデルの作品で、シリヤ統治下に反乱を起こしたユダヤの愛国者
マカバイオスのユダ Judah Maccabaeus を称えた勝利曲、「シオンの娘」の歌です。
★ これらの曲のテキストは、ルカ傳19章38節に紹介されている、首都エルサレムに
入城される、驢馬に乗ったイェスを、群衆が誉め称えて歌った讚美詩に基づくものです。
『主の御名に依って来る王なるイェスに祝福あれ! 天には平和、神のいますいと
高き天上に栄光あれ!』と群衆が讚美したものです。
★ 主イェスは弟子たちに天にある平和を指さし、黙示録21章1節~2節が語るよう
に、新しいエルサレムが来るまで、この地上でも実現されるように祈ることを教えて
おられたのだと考えます。
一方で、私たちは、使徒パウロが勧めたように、例えばピリピ書4章4節~7節が
示すように、祈りをとおして主の平安が私たちの心を満たすように祈る必要があると
思います。 ロマ書5章1節が語る「神との平和」がないと思う時、私たちは私たち
の平和を神に戻ることで、恩寵として、取り戻す必要があるのではありませんか?