あなた方の中にある神の国


★  創世記1章を貫く思想、いや、創世記1章1節から黙示録の最後までを一貫して
流れる主題は、歴史を導かれる創造主が人をどのように救い給うか...ということだと
思います。  むつかしい神学の言葉でこれを救済史などと呼んでいます。

  そしてそのことは、神の国の到来といいますか、神の国の達成ということと、深く
関係していると思います。  人間的な見方では、究極のユートピアということです。
  すでに創世記3章15節には、歴史をみちびかれる創造主なる神が、そのような終末
の到来を暗示されていると解釈する学者や宗教人がたくさんいます。
ユートピアの完成を豫言していると言えます。  救済史の完成の説明です。

★  人間は、その長い歴史の中で、神の国の究極的な完成を夢見て来ました。
いろいろな形でユートピアを描き、夢みて、それに応じて、いろいろな解釈や物語を
作って来ました    特に聖書が開かれた書であるために、終末に関する多くの豫言や
解釈が語られ、信じられて来ました。  ほかの言葉で言いますと「千年王国」という
言葉に要約されるかも知れません。

  そしてまた、千年王国という発想も、その時と場所によって、人や時代に従って、
いろいろな解釈が生まれ、自分の解釈を絶対化して、他者を大量殺戮するというよう
な事態まで招いています。

  肉体的虐殺事件でなくても、自分と意見の合わない人を、魔女狩という手段で教会
の中から追放し、精神的に抹殺するという非人間的なことも平気でやって来ました。
私も留学中にそのような魔女狩に巻き込まれ、非人間的な扱いを多く受けました。

★  しかしイェスは、ルカ傳17章21節で、『神の国は、実にあなたがたのド真ん中に
ある...』とおっしゃって、宗教心に極めて強いパリサイ人たちに答えておられます。
  また同じイェスは、マタイ傳12章28節で、『神の国は、すでにあなたがたのところ
に来たのである!』とおっしゃっています。
  そしてさらにイェスは、マタイ傳18節20節で、『二人または三人の者たちが、私の
名によって集まっている所には、私もその中にいる!』と宣言されています。

★  神の国が「今ここに在る」という事実を、畏れつつ信じ受け入れたいものです。