★ 廃校となり校舎のすべてが取り壊され、ウインチェスター町の公園になっている
ケンタッキーの母校校庭跡地には、現在でも「カーネギー図書館」という頑丈な建物
だけが残っています。 同名図書館は全米各地に数多くあります。
ニューヨークにはカーネギー・ホールというコンサート・ホールがあります。
また、アメリカとカナダには「カーネギー英雄基金」という組織があり、人命救助の
ために負傷した人や、その行為によって命を落とした人の家族を援助する基金があり
ます。 カーネギーが設立したのです。 のちには英国、佛蘭西、北欧にも設立され
ています。 英国にカーネギーが設けたものに、毎年英国図書館協会が児童文学作品
に与える賞があります。 カーネギー生誕百年を記念して創設されたものです。
★ アンドリュー・カーネギー (Andrew Carnegie, 1835-1919)という鉄鋼王が米国
にいました。 平凡社の百科事典から引用したものを下記に紹介しておきます。
『アメリカの鉄鋼王。 貧しい田舎の少年から努力して大企業家となり、一躍億万
長者になるという、アメリカにおける立身出世物語の典型的なヒーロー。 父親は
スコットランドの織物工で、1848年一家をつれてアメリカに移住するが事業に失敗、
家族は辛苦をなめる。 そこで13歳からボイラー焚きとして働きはじめ、電信会社の
メッセンジャー・ボーイなどを働く。 ついでペンシルベニア鉄道で働くが、ここで
上司に認められ、59年ピッツバーグ地域の監督に抜擢された。 向上心に燃えるカー
ネギーはこれで満足せず、種々の事業に関係しながら資金をため、南北戦争のブーム
期にその蓄積を製鋼業に投資してその事業の基礎を築いた。 いち早くイギリスから
ベッセマー製鋼法を導入して、75年ピッツバーグに最新式の製鉄工場エドガー・トム
ソン工場を完成させたのは有名。 以降カーネギーは他の製鉄会社を買収して鉄鋼王
としての道を歩み、1910年鉄鋼大合同によって資本金10億ドルのUSスティール会社が
成立すると、カーネギー製鋼会社を売却して引退した。 晩年は慈善王として知ら
れ、カーネギー工科大学、カーネギー財団などを設立して社会に貢献する一方、その
莫大な資産を教育研究機関・平和機関に投じるなど、慈善事業家として有名となった。
貧しい少年たちを鼓舞したという意味で、アメリカ的ヒーローといって良い。
『国際平和カーネギー基金 Carnegie Endowment for International Peace
国際相互理解と世界平和の推進を目的に、1910年 A. カーネギーによって設立された
アメリカの事業財団。 おもな事業としては、国際関係、国際機関、国際法の分野に
おける研究、出版、コミュニケーション、研修プログラム等の実施がある。 近年に
おいては、
1.バングラデッシュやアフリカ等における飢餓、ローデシアの制裁問題をめぐるアメ
リカ政府の人道的外交政策の研究プログラム
2.国際情報センターの設立、国際連合研究会の開催等の国際機関プログラム
3.アメリカ政府の開講政策担当者と民間人のコミュニケーションの改善を図る外交
問題懇話会
4.外交政策における人種問題の理解を深めるための黒人学生、アフリカ人留学生等と
の<プロジェクト・ダイアローグ(対話)>等
を行っている。
なお同基金はアメリカ外交政策研究季刊誌<フォーリン・ポリシー>を刊行している。
1976年度の事業規模は約 330万ドル...』とあります。
★ 次に、聖書から読んでみます。
『この世で富んでいる者たちに、命じなさい。 高慢にならず、頼りにならない物に
富みに望みを置かず、むしろ、私たちにすべての物を豊かに備えて楽しませて下さる
神に望みを置くように。 また、良い行いをして、良い業に富み、惜しみなく施し、
人に分け与えることを喜び、こうして、真のいのちを得るために、未来に備えてよい
土台を自分のために築き上げるように、命じなさい』 テモテ前書6章17節~19節
★ 平凡社百科事典から引用しました上記のように、1848年、カーネギー少年が13歳の
時に最初に得た職は綿紡績工場で糸巻きボーイの仕事でした。 1日12時間労働、
1週間6日勤務というきついものでした。 1週間の給料は$1.25 だったそうです。
1919年、カーネギー死亡時までにカーネギーが寄付した額は$3億5千1万ドルに
達していたそうです。 この額は2005年に修正され43億万ドルになりました。
そしてさらに、遺贈額が3千億万ドルであったとのことです。 あまりの巨額さに、
私などは計算することもできません。
その他にも、一番最初に書いておきましたように、母校の旧校庭に今も残っている
カーネギー図書館と同じ名を持つ図書館が、米国各地に3千もあるそうです。
★ カーネギーが33歳の時、『カネを拝むことほど人の品性を落とすものはない!』
と語ったそうです。 巨万の富みを得た青年カーネギーは、「金の亡者」では決して
なかったのです。 これは驚くべきことです。 また、カーネギーが語った言葉に、
『金持ちで死ぬ者は、不名誉で恥辱者だ!』というのがあります。
★ このようなカーネギーですが、本人は、自分は宗教人(クリスチャン)ではない
と言っていました。
しかし彼がキリスト教の社会・文化圏に生まれ育ったことと、その精神的、倫理
的・文化的・社会的影響を受けていなかったということではないと私は思います。
カーネギーの心の奥底深くには、聖書の影響が宿っていたものと推測しています。
そうでなければ彼ほどの巨万な富みを抱えていた者が、多くの慈善行為に対し莫大
な寄付をするはずがないと、私は考えています。
世界のトップに立つ日本の大企業や財閥の創始者やその家族が、カーネギーのよう
な慈善行為をしたということを私は耳にしたことがないのです。 情けない話です。
★ 上記テモテ前書6章の言葉、あるいは自分は無宗教家だと唱えていたカーネギー
の言葉ですが、オカネとは使う道具なはずです。 カネ儲けそのものが目的ではない
はずです。
カネを蓄財するという目的のカネの蓄財は、私がオカネに縁がないので悔しいので
そのように言うのではありませんが、それは聖書的な発想ではありません。
そのような発想は神の国とはまったく無関係な話です。
コリントにあったクリスチャンや、マケドニアのクリスチャンたちが、貧困に喘い
でいたエルサレムの仲間を助けるためにカネを送ったと聖書から学びます。
パウロが監獄にいた時、ピリピのクリスチャンたちが金銭をパウロに送って激励し
たことも聖書は語ります。
私たちも私たちに託された金銭を、ほかの人々を祝福するために、喜んで、惜しみ
なく捧げるべきだと私は考えます。 そしてそのことが、マタイ傳7章19節~24節が
言う「天に宝を積む」ということだと理解しているのです。 如何でしょう?