ただ一人の私を愛し給う、ただ一人の神


★  正月最初の日曜日、主イェスのお招きで主の聖餐に与る日ですが、生憎と曇天で
す。  普段なら東に奥秩父連山方面が見え、南に富士山が見え、西に南アルプス国立
公園をなす赤石山脈が見え、すぐ北に八ヶ嶽を望むことができます。

  東に向かって原生林の中から日の出を眺めることができますが、何といっても西方
の赤石山脈の巨峰の彼方に沈み行く、さまざまな色彩と焼け行く大空、真っ赤な雲が
織りなす、表現不可能な大空を仰ぐときの美しさは、創造主の偉大なる業を思わせ、
感動的です。  しばしば聖歌 622、『夕べ雲焼くる空を見れば』を口ずさみます。

★  私たち夫婦は世界各地を観光旅行する折に恵まれておりませんので、創造主の手
の業による、自然が織りなす、ありのままの偉大な光景をほとんど知りません。

  しかし、ふと思うことがあります。  北欧スカンディナヴィアのフィヨルドも、
エヴェレストも、ヨセミテも、南米アマゾンも、アフリカ南部のヴィクトリア大瀑布も、
もしも私ひとりしかこの世界に存在していないと仮定しても、それらは存在している
のだろうか?...  ということです。  私ひとりだけがこの世にいると想像しても、
いつもと同じように、太陽も月も、そして無数の星も存在しているのだろうか? です。
 皆さんは、このような空想に耽ったことがおありでしょうか?

★  聖書は開かれた書物です。  開かれている書物である限り、いろいろな読み方を
することは、許されている‥  と私は考えるのです。  それですから、以上のような
空想も許されるものと思うのです。  そのような発想をする私は奇人でしょうか?

  『たとえ私ひとりのためにでも、神は天地宇宙を創造なさったのであろうか?』
そして、私の答は、『Yes!  ハイ!』です。それは今朝みなさんと拝読しました聖句
から、私は確信していることなのです。  神に対する私の信仰告白なのです。

★  詩篇19篇1節、27篇1節~14節、33篇13節~14節、39篇4節~7節、46篇10節、
エレミヤ書29章10節~14節、同33章3節、そしてヨハネ傳3章16節などを静かに熟読
してみるだけで、「唯一なる神が、唯一である私を愛してくださっていらっしゃる」
ということを確信できるからです。

  この世の中で一番たいせつな自分を、神さまがこよなく愛してくださっている...と
いうことを、聖書はその初めから終わりに到るまで、教えているのです。
  その偉大な真理を、私たちにわかりやすいように、十字架のイェスによって私たち
に示してくださっているのです。

  この新年、このことをしっかりと覚えて、感謝して、希望を抱いて、人々に仕える
ことで神さまに仕えてゆきたいと願うのです。
  讚美歌 461番、『主われを愛す Jesus Loves Me!』を、ひとつの具体的な信仰告白
として讚美致しましょう。