ベツレヘムの星 その2


★  先週27日号「ベタニヤつうしん」最終頁で「ベツレヘムの星」に就いて基本的な
要旨をすでに紹介しておきましたが...

  私どもが住む同じ小荒間部落で、小海線線路の下側に「星の里」という勝碍者用の
施設があります。  どのような理由で「星」という名が付けられたのか不明ですが、
洋の東西を問わず、不思議なことに、何千年も前から、星が希望を意味したり、人間
の運命や運勢を表したりするときに用いられていることは広く知られていることです。

  私はフルート練習曲として紹介された、いずみたく作曲で故坂本九さんが歌った、
「見上げてごらん夜の星を」という曲を時々吹いてみることがあります。
  次に機会があれば、旧日本官憲が築き上げた、朝鮮独立運動烈士たちを捕らえては
尋問し、拷問を加え、挙げ句の果てに密かに処刑した、ソウルの西大門刑務所跡地に
今も密かに保存されている処刑場の前で、許可を得て、鎮魂歌として吹奏したいと、
願っています。  星という名詞が鎮魂歌にはふさわしいように思えるからです。

★  さて不思議な星、移動し続けた星、仮に「ベツレヘムの星」と呼んでみますが、
マタイ傳2章1節~2節と、同13節~14節をゆっくりと読んでみますと、日曜学校の
聖劇で軽々しく扱うような金紙や銀紙で作った安っぽい星ではなく、考えさせられ、
唸らされるような不思議な星であることを教えられるのです。

  「東方の博士たち」と訳されている言葉のことですが、まず東方とは、おそらくは
ペルシャ、現在のイランのあたりを指すのだと思います。  エルサレムまでの距離を
徒歩やラクダで考えてみますと、両者の間には相当に長い距離があったものと、その
ように推測します。  地図の上で両者を一直線で結んでみますと、そこには恐ろしい
死の砂漠だけが横たわっていますので、横断は絶対に不可能であったと思われます。

  ユウフラテス川に添って北西方向、すなわち現在のトルコ半島の付け根に向かって
まず進み、そこから地中海沿岸に添って南下してエルサレムに向かいます。
  このルートを、荷物を載せたラクダや徒歩で歩きますと、相当な日数を要したもの
と思います。  数ヶ月とか、あるいは2、3年の年月を要したのでしょうか...
  伝説上のもう一人の博士、アルタバンの旅ですと、更に時間を要していました。

  次に「博士」のことです。  マタイ傳2章1節の原語は「マガス magus」と書いて
います。  「Magiマギ」ということです。  古代メディアおよびペルシャの世襲的な
ゾロアスター教(=拝火教)の司祭、あるいは古代の占星術師、魔術師などを意味
する名詞です。

  余談ですが、不思議なことを料理中にするということから、黄色と赤色の包み紙で
1センチ四角のマギ・ブイヨンというものがあります。  「マギ」=不思議な隠し味
の元という意味なのでしょう。

  少なくとも3千年も前のペルシャ北西部の山岳地帯メディアや、ペルシャ王国内に
住む人々のあいだでは、星が人間ひとりひとりの運命や運勢に深く関係していると、
人々はそのように理解し、信じ、星に対して深い関心を寄せていたようです。

  そのため、地理的にも大空が澄みわたるペルシャの大空を注意深く観察することを
専門にする人々が存在していたようです。  それらの人々の多くは、星と個々の人間
の運命や運勢を結びつけて占いをもしていたようです。  そういう意味で星占いの人
は学者として貴ばれていたようです。  一般的に社会的にも経済的にも裕福な家柄の
人士を中心に、天文学を続ける余裕があったようです。

★  ある日、天体観察をしていたペルシャのマギたちは、北西西方向に不思議に光る
大きな星が輝き始めたことに気づき始めたのです。  星と人の運勢を結びつけて世の
中の動きを判断する能力に長けていた天文学者たちは、それがただならぬ星であると
次第に確信を抱くようになったのです。  新しい治世者の誕生を察知したのです。

  マタイ傳2章1節は、ペルシャからトルコ半島の付け根を経由して、天文学者たち
(=天文学者、賢者、魔術師)たちが、導く不思議な星に従ってようやくエルサレム
まで到着したことを語っています。  ここで注意したいことは、その星はじっと西方
の空の一点に留っていたのではないということです。  そのようにしか読めません。

  不思議な星は、博士たちを導くために、ペルシャからトルコ経由でベツレヘムまで
移動したに違いないということです。  天体の秩序に従わない星ということになりま
す。  つまりその星を見た人々をエルサレムまで導いたということです。
  そしてその星は、博士たちがヘロデ王に新生児がどこで生まれたのかを尋ねている
あいだ、エルサレムの大空に留っていたということです。  神が備えられた星です。

  ヘロデ王に新しい治世者がどこに生まれたのかを尋ねるあいだ、エルサレム上空に
留っていた星は、再び移動を始め、ベツレヘムの上空でピタリと停止したのです。
このことで、博士たちはベツレヘムに眠る「幼児イェス」を発見したのです。

  星が博士たちをペルシャから導いた新しい王とは、飼葉桶に眠る「新生児イェス」
ではなく、羊飼いたちが礼拝した「新生児イェス」ではなく、ある程度成長していた
「幼児イェス」であったのです。  このことから推測できることは、博士たちが特別
な星をペルシャで見てから、ベツレヘムに到着するまでには2、3年はかかったはず
と考えることができるのです。

  それは、13節以下で、主の使いが夢でヨセフに、「立って、幼子とその母を連れて
エジプトに逃れよ」と勧めたことでもわかります。  「幼児」で「新生児」ではない
のです。  星は、忍耐強く、長いあいだ、博士たちをペルシャからベツレヘムまでの
遠路を導いて来たのでした。  そして、その後、この星は忽然と記録から消え去って
います。  神ご自身がお創りになった天体宇宙の自然法則を、神ご自身で超越なさっ
て、この星を用意され、博士たちを新しい救世主の下へと導かれたのでしょう。

★  「ベツレヘムの星」は、そのような重要な使命を帯びた、神によって特別に備え
られた、不思議な星であったと、私個人はマタイ傳2章を読んで理解しています。

  私たちもこの不思議な「ベツレヘムの星」のように、人々を救世主イェスの御許へ
と導く小さな星、暗い闇夜を照らす福音の星としての仕事を忠実に果たしたいものだ
と願うのです。

  日曜学校の讚美歌に『私は小さい火、光りましょう This little light of mine」
というかわいい歌がありあります。  人々をイェスに導く火、星なのです。  如何?
章3節    (a happy new year!)