三つの言葉と二つの道


★  欧米では降誕節です。  吾が国では歳末歳暮の季節です。
物品が飛び交う忙しい季節に突入しています。  商店街は賑っています。
  幼かった頃の私の記憶では、或は半世紀以上前の留学時代の記憶では、両方とも、
こん日のようなけばけばしい商業主義や、損得の利害関係に基づく義理勘定に毒され
ていなかったと思いますし、もっと静かで質素であったと記憶しています。

★  このような、避けられなくなってしまった物流の季節に思うことがあります。
それを英語で言いますと、『I am sorry!, Thank you!, What can I do for you? 』
の三つの言葉です。  三番目のは、『May I help you ?』でも同じ意味です。

  世界中にはいろいろな言葉があります。  しかしこれら三つの言葉は、世界の何処
に行っても致命的に重要な役割を果たすものだと考えています。

  これらを自然に言える人と、そうでない人とでは、世界が二つに大きく分かれてし
まいます。  どんなにそれぞれの国や地方の言葉が違っていても、『ご免なさい』、
『ありがとう』、『私に何かお役に立つことがありますか?』という三つです。

★  相手を見た瞬間に、『こいつを利用すれば、どれほど自分が得をするのか?』と
直感的に考える人と、『このお方とどのように楽しく人生を共に生きることができる
か?』と考える人とでは、その瞬間から世界は大きく二つの異なった方角に分かれて
行ってしまうのです。  三つの言葉が二つの世界に私たちを導き入れるのです。

  相手を一人の人格とは見ないで、自分の損得勘定のために、自分の利益のために、
自分の欲求を満たすために道具や手段として他者を用いる‥そのように他者を見る人
がたくさんいます。  利用価値がなくなれば、いつでも相手をポイ捨てができる人の
ことです。  宗教界にもそういう人がたくさん居ると観察しています。

  その反対に、相手と主義主張や人生観や宗教・信仰が違っていても、相手を一人の
人格、一人の存在として認め、尊敬し、受け容れて、人生という求道街道を共に歩む
ことを大切にする人もいます。  三つの言葉が人生の二つの別れ路の入口でしょう。

★  いわゆるクリスマスの季節です。  お歳暮の季節でもあります。
神が一方的に私たちを無条件で愛してくださったように、私たちは感謝して、とくに
私たちのような者すらを必要としている弱い立場に居ることを強いられている方々と
共に生きること、喜怒哀楽を分かち合うことができるようにと祈り、心がけたいもの
です。

  『あなたがたに賜った極めて豊かな神の恵みのゆえに、あなたがたを慕い、あなた
がたのために祈るのである。  言い尽くせない(ほどの神からのいろいろな)賜物の
ゆえに、神に感謝する。』  コリント後書9章14節~15節


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