★ ルカ傳15章11節~32節でイェスが語られた有名な放蕩息子の話があります。
それと同じようなことが、最近スペインのマドリッドであったように耳にしたことが
あります。 話題の中心人物の名を忘れましたので、仮にペドロにしておきます。
★ 或る父親が、ふとしたことで家出してしまった息子を捜し出そうと、いろいろな
手段を尽くしましたが、見つけ出すことができなかったそうです。
そこで、最後の手段として、新聞の尋ね人欄に広告を出したのだそうです。
『最愛の息子ペドロよ、お父さんは、ずいぶんとお前を捜して続けているんだよ。
そこで、何月何日の何時にマドリッド市内の新聞社の前の薬屋で会いたいのだが...』
欧米で言う薬屋、ファーマシー pharmacy は、薬を売るだけではなく、新聞や雑誌
なども売っていますし、テーブルやカウンターでコーヒー、コーラやサンドイッチを
口にすることもできる、一種の喫茶店・待合室・社交場の役目を果たしています。
指定された当日の時刻になって父親が薬屋に行ってみますと、30数名の「ペドロ」
が父親の現れるのを待っていたそうです。 残念なことでしたが、父親が捜していた
肝心のペドロは、遂に現れなかったそうです。
失望した父親が学んだことのひとつは、愛を求め、愛されることを求めている人々
がマドリッド周辺だけでも、父親の想像を遥かに超えて、たくさん居るのだ...という
ことでした。 人々は真剣に愛を求め、希望を求めているのにもかかわらず、人々の
心の中に愛も希望も欠落しているという事実でした。 人が生きるために必要な愛と
希望が存在していないという、厳然とした冷酷な事実を父親は初めて学んだのです。
★聖書は、神が愛であり、希望は再臨される主イェスに在ると、指さしています。