『ウイリアム・ウイルバーフォース』


  すでに説明をしましたように、教会史に関する英語の書籍や事典のすべてを母校

ペパダイン大学が新設したばかりの「Heritage Center 遺産センター」に寄贈して

しまいました。  34個、490kg の段ボール函に詰められた2~3千点の書籍が、現在

太平洋上をロング・ビーチ港に向けて航行中です。  11月初旬に陸揚げだそうです。

  このために、今までのように、比較的簡単に、教会史の中から、隠された、小さな

エピソードを皆さんに提供できなくなりました。  お許しを願います。

 

  以上のような、新しい状況の中ですが、今朝のベタニヤ・ホーム集会のために、

ウイリアム・ウイルバーフォースのことを、最低限情報でしたが、紹介致しました。

 

  William Wilberforce は、1759年(=寳歴9年、桃園天皇、徳川家重)に生まれ、

1833年(天保4年、仁孝天皇、徳川家斎、井伊直亮)に死亡した英国国会議員です。

 

  更なる詳細は、たとえば平凡社の大百科事典第2巻で、最低限ですが、最低の情報

を得ることができます。  ここでは大百科事典からの引用を控えます。

 

  資料がなくなったので確認方法がありませんが、ウイルバーフォースのことを、

確かどこかで、「小海老が次第に大きくなって鯨になった」というような表現を読ん

だことがあります。  ウイルバーフォースの身の丈をそのように言ったようですが、

それと同時に、最初は目立たない政治家であったが、最後には英国に奴隷制度廃止を

もたらした偉人という意味も含んでいたのではないかとも思えます。

  ウイルバーフォースのことを、ダミニュティヴ diminutive 、すなわち小柄な男だ

と説明した文章があったように記憶しています。

 

  ウイルバーフォースが活躍した当時の大英帝国は、それまでの産業の技術的基礎

が一変し、零細手工業的な作業場に代わって、機械設備による大工場が成立し、これ

に従って社会構造が根本的に変化し始めていました。  いわゆる産業革命が始まった

時期でした。  大英帝国はその海軍力でも世界に冠たるものでした。  景気は最高潮

であり、大英帝国は破竹の勢いに乗っていました。

 

  しかし道徳的に見て、大英帝国はそれまでに経験したことのないような、「良心の

危機」に直面していたと言えます。  富の格差が広がり始めました。  スラムが初め

て英国の都会に生じ、教会では初めて体験するその事実に対応するために、底辺層に

対する新しい伝道方法を考案し、救世軍が生まれ、日曜学校も生まれて来ました。

 

  社会が無秩序状態に突入するということは、もちろん、危険極まりないことです。

徹底的な破壊に到る可能性が大いにあります。  しかし、そこから道徳的新生再生

が生まれて来る可能性もあります。  人類はそのことを体験して来ています。

 

  虐げられた底辺層の中から、キリスト再臨を切望する動きが生じ、マザー・アン・

リー Mother Ann Lee を指導者とするシェーカーズ運動が、都市底辺労働者階級の

中から生まれて来ました。  蜂の巣をつっ突いたような、激動の社会でした。

 

  奴隷制度と、それに伴うイングランド→アフリカ→アメリカ→イングランドを繋ぐ

終わりのない三角貿易が、各地点の港に到着するごとに、更なる巨万の富みを帝国に

もたらしていました。  同時に、それは帝国の精神面を著しく蝕んでいたのです。

これが、ウイルバーフォースの成人期の大英帝国の実情でした。

 

  奴隷制度といいますと、今では、日本では、テレビのコマーシャルにも、商店街

でも、猫も杓子も...と言えるほど、アメージング・グレィス Amazing Grace  とい

讚美歌が流れています。  作詞者は、かつての奴隷商人であった

ジョン・ニュートンJohn Newton です。  ニュートンのことはすでに紹介済みです。

 

  岩下和彦愛兄のご奉仕により、ホーム・ページ www.bethanyhome.net/ に収納済みです。  『オルニー讚美歌集とアメージング・グレィスを謳った元奴隷船長の

ジョン・ニュートン』です。  詳細はベタニヤ・ホームのホーム・ページを御覧ください。

 

  ウイルバーフォースは幼少年期に一度だけジョン・ニュートンと出会ったことが

あったそうです。  その後、彼が二十歳代になったとき、ニュートンに再会していま

す。  はなばなしい政治家の道を英国国会議員として歩み始めたとき、ニュートンと

再会したのです。

 

  福音主義信仰に立脚した彼は、小ピットなどの支援を得て、彼はイングランドから

奴隷制度をなくそうと立ち上がり始めたのです。  奴隷制度廃止を訴えただけでは

なく、解放された奴隷たちを、アフリカ西海岸シオラ・レオネ Sierra Leone に連れ

戻そうと努力をしていたのです。

 

  ウイルバーフォースが訴えていた奴隷制度廃止運動の腹蔵のない率直な叫び声が、

ジョン・ニュートンをして、ニュートンが嘗て奴隷船長であったということと、その

罪を、公に告白させるに到らしめた...と言われています。

なお、奴隷取引禁止条例が1807年に、奴隷制度廃止は1833年に成立しています。

 

  このウイリアム・ウイルバーフォースの生涯を読みながら、私は幾つかの聖句を

思い浮かべました。

 

  まず、コリント前書1558節です。  私なりに下記のように纒めてみました。

        人生辛酸  神愛溢豊  堅立不動  常注総力  誠勵神業  神必報勞

 

  さらに、ガラテヤ書6章9節です。

私たちは、神さまのために、周囲の人々のために、そして私たち自身のために、善を

行うことに倦み疲れてはならないと勧められています。  弛むことなく、倦むことな

く励んでいれば、神さまの時が来ると、豊かな刈り入れを得られるというのです。

  詩篇 126篇6節に約束されていることと同じ主旨の激励だと受け取れます。

 

  次に、エペソ書2章7節~10節です。

そこには、神の一方的な恩寵の業を通して、神の作品として私たちは作られたもの

あり、来たるべき世々にまで神の恩寵の絶大な富みを示すためである...と教えら

れています。  私たち自身が、後世に遺し得る神の作品であるというのです。

 

  そして、ピリピ書1章6節を読みますと、神は私たちの内に、私たち自身は気付

ないのですが、何か良い業を始められた...と教えられます。  そしてその

「良い業」は、イェス・キリストの再臨の日までに、それを完成してくださる...

とあります。

  私たちに託された、委ねられた、神さまが始められた「良き業」を、私たちは大切

に育てなければならないと教えられます。  私たちにはよくわからないことですが、

恩恵によって、私たちの人生にはそのような特権と責務が託され、委ねられているよ

うです。  後世のために託された遺物をどのように私たちは育てて行こうとしている

のでしょうか?

 

  ジョン・ニュートンがアメージング・グレィスを作詞した前後に、ニュートンの

心を揺さぶった讚美歌があったそうです。  日本語讚美歌 260番の『千歳の岩よ』と

同じく讚美歌 520番の『静けき祈りの時はいと楽し』であったと言われています。

 

  私たちも、先輩たちが遺しておいて呉れた讚美歌が教える祝福と、聖句からの

教訓を、己がこととして受け止め、神さまが私たちの内に託してくださった良き

業を細心の注意を払いながら育てて行きたいものです。

 

  小海老のように小さかったウイルバーフォースが、鯨のように大きな偉業を

遺したようにとは行かないかもしれませんが、私たちなりに、託されたものを

育て上げて、御国に移ることは可能なはずです。  日々の信仰生活を大切に扱い

たいものですね。