『何々センターがいっぱいあります』

★  私が小学生のときに太平洋戦争が始まりました。  英語は敵性語だ!ということ
で使用が禁止されました。  野球用語も聞き慣れない日本語に替えられました。
  当時女性が愛用していた、流行の先端を行っていた髪型パーマネントに対しては、
『パーマネントに火がついて、みるみるうちに禿げ頭、禿げた頭に毛が3本、ああ恥
ずかしや、恥ずかしや、パーマネントはやめましょう!』と、子供たちを動員して、
『贅沢は敵だ!』という国策標語と共に、外来語であるパーマネントという名詞も、
魔女狩の槍玉にあがった時代でした。  鬼畜米英から来た髪型だから...という口実で
あったかと思いますが、本当は軍需工場に必要な電力を確保したかったのでしょう。

  中学校の英語と音楽の授業は廃止されました。  英語試験の結果が百点満点で12点
という、成績が極めて悪かった私には、それは拍手喝采萬歳三唱の大吉報、有頂天に
なって大喜びでした。  それは恐ろしく愚鈍な国家権力が支配していた時代でした。

★  あれから数十年して、現在では何処に行ってもけったいな外来語が氾濫している
のです。  パソコンやインターネットという言葉も、それらに関連する単語や表現も
英語だらけです。  私ども老夫婦には不可解な英語の使い方や単語が溢れています。

★  そして、私ども老夫婦が住んでいます八ヶ嶽南麓の寒村僻地にも外来語の襲来は
顕著です。  農協にはライス・センターというのがあります。  ホーム・センターと
いう大型店舗ができました。  老人用にはデー・ケアー・センターというのもありま
すから、そのうちに私ども夫婦もお世話になるのかも知れません。  何処に行っても
センターだらけです。  大学共通入試センターとかも忙しい時期だと思います。
  センターとは中心という意味なのですが、こんなにも中心点が多いので、それでは
何が中心で、中心とは何を指すのだろうか?と、混乱してしまいます。

★  センターは、米語では center と綴ります。  英語では centre です。
もともとこれは、古い英語では centre と綴っていたのです。  さらに調べますと、
これはラテン語 centr(um)から来ている単語です。  そしてそれは、 kentron  とか
kent(ein) というギリシャ語から出てきた名詞なのです。
  kentron とは、「針」、「拍車状の突起」、「刺トゲ」、あるいは「円を書く時に使う
コンパスの中心点の針先」などという意味です。  kent(ein) は動詞で「刺す」こと
を表しています。
  これらのことからわかることは、先の尖った小さな点を指し、その点を中心として
物事が回転する...ということです。  「センターは中心点」という意味なのです。

★  それでは、私たちにとって、センターとは何を意味するのでしょうか?
その中心点を中心として、その周囲を廻るもの、それはちょうど太陽の周りを宇宙が
回転しているように、私たちの日々の生活において、私たちの生活習慣や思考、行動
や価値基準、家族関係、人間関係、損得勘定、そのほか多くのものは、それでは一体
何を中心に回転しているのでしょうか?  何かしら向心力があるはずです。

  オカネでしょうか?  健康でしょうか?  立身出世でしょうか?  地位や名誉です
か?  権力でしょうか?  何が中心点、何が求心力なのでしょうか?
  あるいは誰が中心なのでしょうか?  強い妻でしょうか?  無口な夫でしょうか?
暴力的なオヤジでしょうか?  ペットでしょうか?  それとも子供なのでしょうか?

★  コロサイ書1章15節~20節は、私どもにとって最高の向心力の中心点をよく示し
ています。  ロマ書11章36節も私たちの求心力の中心点を明確に示しているのです。
  (紙面の都合で聖句の掲載を省きますが、ご面倒でも聖書を開いてご自身でお読み
下さるようにお願い致します。  「人生のセンター捜し」のお役に立つはずです...)

  八ヶ嶽南麓は天体観察に適していると、多くの天体観察マニアが移住して来ます。
天体は何かを中心にゆっくりと回転しているはずです。  太陽のことですか?
では、私たちの中心点とは、それは何なのでしょうか?  どなたなのでしょうか?