★ 教会史の研究仲間にダン・スミス Dan Smithという人がいます。
アリゾナ州だかニュー・メキシコ州に住んでいます。 いずれも砂漠が多い州です。
文通回数はとても多いのですが、実際には1度しか出会ったことがありません。
ポパイに似た顔形の友人です。 「活字の虫」のように広範囲に亙り良く読みます。
以下の文章は、そのダン・スミスさんが、去る8月中旬に送って来たものです。
★ 二人の友人が砂漠を横断していたとき、二人の間で口論が始まりました。
激昂した一人が、同伴者の男の顔をいきなりぶちました。
ぶたれた側の男は、痛みを堪えながら、何も言わずにしゃがみこみました。
『今日、親友が僕の顔を殴った...』と彼は砂の上にそれだけを指先で書きました。
★ そのあと二人は黙って歩き続けました。 そしてオアシスを発見しました。
そこで二人は水浴びをすることに同意しました。
ぶたれた男が、どうしたわけか、ぬかるみ(mire=汚辱・苦境の意味にもなる語)
に足を取られ、もうすってんで溺死するところでした。 ぶった男が、ぶたれた男を
黙って救いだしました。
助けてもらった男は、しばらく休息したあとで、岩の上に字を彫り込みました。
『今日、僕の親友が僕の命を救ってくれた...』
★ 親友の顔を平手打ちにしたのち、ぶたれた側の男を水の中から救い出した男が、
砂と岩に字を書き込んだ男に、どうしてそんなことをしたのか?と尋ねました。
ぶたれた側の男で、救い出してもらった側の男が、ぶった側の男に答えました。
『誰かが自分を酷くぶったとき、そのことを砂に書き留めておくのがいいんだよ。
書き留めておかないと、痛みは納まらないものなんだよ。 しかしそのうちに、どこ
からか赦しの風が吹いて来て、いつの間にか傷の思い出を消し去ってくれるのさ...
だけど、誰かが自分に善いことをしてくれたなら、そのできごとと、そのことへの
感謝の気持ちを、岩にしっかりと掘り刻んでおくのがいいんだよ。 風雨も消し去る
ことができないからね...』
★ 『善い人を知る、特別な人を知るというのには1分もかからない』そうです。
しかし、『その人のことを心から有り難いと評価するようになれるのには、最低でも
1時間はかかる...』と、そのように言われています。
★ 以上はダン・スミスさんから送られて来た智恵の文を訳してみたものです。
『世には友らしい見せかけの友がいる。 しかし兄弟よりも頼もしい友もいる』と、
箴言18章24節は言います。
同じ箇所を、文語体聖書は次のように言っています。
『多くの友を設くる人は遂にその身を亡ぼす。 但し兄弟よりも頼もしき知己もまた
あり』 (知己とは、自分の心をよく知っている親友を指す古代中国史記の単語)
★ 「善き友、善き師」に恵まれることは人生で極めて尊いことです。
『古き薪は燃すに善く、古き書は読むに善く、古き友は語るに善し』とも言われてい
ます。 聖書に親しみ、親友を与えられた喜び、感謝しなければなりませんね。
『億劫相別れて須臾も離れず 旬日相対して刹那も対せず』
大徳寺創始、大東国師が花園天皇との対話の席で述べたひとことです。
アリゾナ州だかニュー・メキシコ州に住んでいます。 いずれも砂漠が多い州です。
文通回数はとても多いのですが、実際には1度しか出会ったことがありません。
ポパイに似た顔形の友人です。 「活字の虫」のように広範囲に亙り良く読みます。
以下の文章は、そのダン・スミスさんが、去る8月中旬に送って来たものです。
★ 二人の友人が砂漠を横断していたとき、二人の間で口論が始まりました。
激昂した一人が、同伴者の男の顔をいきなりぶちました。
ぶたれた側の男は、痛みを堪えながら、何も言わずにしゃがみこみました。
『今日、親友が僕の顔を殴った...』と彼は砂の上にそれだけを指先で書きました。
★ そのあと二人は黙って歩き続けました。 そしてオアシスを発見しました。
そこで二人は水浴びをすることに同意しました。
ぶたれた男が、どうしたわけか、ぬかるみ(mire=汚辱・苦境の意味にもなる語)
に足を取られ、もうすってんで溺死するところでした。 ぶった男が、ぶたれた男を
黙って救いだしました。
助けてもらった男は、しばらく休息したあとで、岩の上に字を彫り込みました。
『今日、僕の親友が僕の命を救ってくれた...』
★ 親友の顔を平手打ちにしたのち、ぶたれた側の男を水の中から救い出した男が、
砂と岩に字を書き込んだ男に、どうしてそんなことをしたのか?と尋ねました。
ぶたれた側の男で、救い出してもらった側の男が、ぶった側の男に答えました。
『誰かが自分を酷くぶったとき、そのことを砂に書き留めておくのがいいんだよ。
書き留めておかないと、痛みは納まらないものなんだよ。 しかしそのうちに、どこ
からか赦しの風が吹いて来て、いつの間にか傷の思い出を消し去ってくれるのさ...
だけど、誰かが自分に善いことをしてくれたなら、そのできごとと、そのことへの
感謝の気持ちを、岩にしっかりと掘り刻んでおくのがいいんだよ。 風雨も消し去る
ことができないからね...』
★ 『善い人を知る、特別な人を知るというのには1分もかからない』そうです。
しかし、『その人のことを心から有り難いと評価するようになれるのには、最低でも
1時間はかかる...』と、そのように言われています。
★ 以上はダン・スミスさんから送られて来た智恵の文を訳してみたものです。
『世には友らしい見せかけの友がいる。 しかし兄弟よりも頼もしい友もいる』と、
箴言18章24節は言います。
同じ箇所を、文語体聖書は次のように言っています。
『多くの友を設くる人は遂にその身を亡ぼす。 但し兄弟よりも頼もしき知己もまた
あり』 (知己とは、自分の心をよく知っている親友を指す古代中国史記の単語)
★ 「善き友、善き師」に恵まれることは人生で極めて尊いことです。
『古き薪は燃すに善く、古き書は読むに善く、古き友は語るに善し』とも言われてい
ます。 聖書に親しみ、親友を与えられた喜び、感謝しなければなりませんね。
『億劫相別れて須臾も離れず 旬日相対して刹那も対せず』
大徳寺創始、大東国師が花園天皇との対話の席で述べたひとことです。