★ かねがね申し上げていることですが、私は自分の終焉が迫っていることを感じています。 そのために身辺整理も徐々に進めています。 この世に在っていまだ私になすべき仕事があると神さまがお考えになっておられるあいだは、託された業を誠実に行いたいと願っていますが、業が終われば、ただちに御許にお招きを賜りたいと、そのように願っています。
讚美歌 332、339、448、 聖歌 258を作詞または作曲したハヴェガル F. R. Havergal は、余命いくばくもないと告げられた時、『そう自分でも思っていた。 その日が来るのは余りにも素晴らし過ぎる話だ!』と喜んだそうです。
有名なアッシジのフランチェスコも、余命が少なくなっていると告げられたとき、『死の姉妹よ! 貴女は永遠の生命への入口です!』と叫んで歓迎したそうです。
ビルマに派遣された米国バプテスト教会宣教師アドニラム・ジャドスン Judson は1788年~1850年を生きた人で、聖書のビルマ語翻訳に尽力したことで知られています。 自分の死期が迫っていることに関して、『放課後に子供達が喜び勇んで校庭を跳ねながら出て行くのと同じようなことだ。 イェスさまと一緒だから!』と語ったそうです。 私個人はかねがね死を、「天国へのお引っ越しだ」と主張しています。
コリント前書15章で、召された魂がどのように永遠の栄光の異なる体を頂けるのかを記した使徒パウロは、同じく後書5章8節で以下の個人的信仰告白をしています。『むしろ肉体を離れて主と共に住む事が願わしい...』と言っています。 如何です?