ベタニア通信の最近の記事

マタやッカイ・ナみゅラ?!


★  世界でいちばん美しい音楽とは...自分の名を正確に呼んで貰う時です...と、嘗て留学中に音楽の先生が教えて下さったことがありました。

  「マタやッカイ・ナみゅラ」と、最初の留学先の卒業式で読み上げた先生がありました。  「チチロ・ネカへラ」、「テらカ・アバヤしゃい」というのもありました。ひらがなにアクセントが落ちます。  さてっ...?  おわかりになりましょうか?答は「野村基之」、「中原七郎」、「大林照子」という外国人留学生の氏名です。

★  これらは微笑ましいとも言えましょう。  しかし、そうでないのもあります。「千年王国論者の共産党員」とか、「地獄行きの千年王国論者のジャップ」というのもありました。  「社会主義者」(この場合、米国人が言う暗示的意味は共産党員)と呼ばれたこともありました。

  米政府は私を米国政府転覆を企てている外国人だと焼き印を押し、強制国外追放・強制送還者と決めつけました。  滑稽千万なこれらの悲喜劇的な話の裏には、宣教師Gと、その下で働いていた3名の日本人がいたようです。

  以上は、嘗て敗戦直後に来日した宣教師たちや、留学中に訪問した幾つかの教会で体験したことです。  東西冷戦のただ中でマッカーシズムが猛威を振るっていた時代です。  私がこの地上で属していた教派は、アメリカ深南部の保守的なものでした。

  数年前に、ある若い牧師さんが、根拠がまったくないのに、激しい思い込みから、公の席上、独りで激昂し、私を激しく罵ったことがありました。 
  英語で言う name-calling ネーム・コーリング=罵詈、非難、中傷...ということです。  人徳の到らなさが招いた誤解や糾弾だろうかと思っています。  一人の人間が生きて行くときに、予期せぬいろいろなことが起こって来るものだと学びました。

★  さて、ネーム・コーリングというものは、新約聖書にも登場して来ます。使徒行伝11章26節と26章28節です。
  ここで初めて登場する「クリスチャン」という呼び名は、こん日私たちが何気なく使っている「クリスチャン」という意味とは違うように私には思えます。

  そのような呼称は、それまでの人類の歴史の中で用いられたことはありませんでした。  ことばそのものの意味は、「キリストに属するもの」とか「キリストの者」という意味であったと、素人の私には思えます。  人々の戸惑いを含む呼称でしょう。

★  私が幼かったころ、人々は「クリスチャン」という呼称を使いませんでした。むしろ「キリスタン」とか「耶蘇ヤソ」 という名で呼んで、「自分たちには関係のない一種のよそ者」、「非国民」、「異端者」などと考えていたように思います。

  「俺たちには関係のないヨソ者」、「けったいな人」、「気をつけんとあかん人」などという意味合いを「耶蘇」という言葉は含んでいたように記憶しています。
  「奴は耶蘇だ!」、「あいつは耶蘇教か?!」とか、「アーメンさんだ」などというようであったかと思います。  庶民の間では不信感と好奇心を誘う単語でした。

  また、当時は皇国主義が日本を支配し始めていたころでしたから、「耶蘇」という呼称には否定的な響きが強かったと、子供の私ですら感じていました。特高刑事などが、「耶蘇」には強い関心を抱いて見張っていたと思います。

★  使徒伝17章6節は、イェスを主キリストと信じていた熱狂的な庶民たちのことを「天下を掻き乱す者、天下をかき回す者、天下を転覆する者」などという、好意的でない呼称を用いて、まわりの人々がそのように呼んでいたことを示唆しています。
  これも一種のネーム・コーリングでしょう。  しかし残念ですが、現在の私たちと教会には、「この日本や世界を含んだ天下をひっくり返す」力などありません。

★  最初に申しておきましたが...
名を正しく呼ぶこと、呼ばれることは、世界中の美しい音楽よりも美しいものだ...と言うこととの関連で、世界で最も美しい名とは何か...ということを考えてみました。

  その答を私は日本基督教団の讚美歌 168番、「イェス君の御名にまさる名はなし」に見出したように思います。  「There is no name so sweet on earth」です。

  作詞者ベスン George Washington Bethune (1805~1886) はニューヨーク市生まれで、イタリヤのフローレンスで没したオランダ系の牧師で優れた学者でした。
  私が調べただけでも十数曲の讚美詩を遺しています。

  作曲者ブラッドバリー William Batchelder Bradbury (1816~1868) はメイン州で生まれ、ニュージャージー州で没しています。  童顔のベスンと異なり怖い顔の遺影が残っています。  彼の人生に就いては、いずれご紹介をしたいと思います。
  わかっているだけでも五十数曲の讚美曲を遺しています。その中には、私たちにも馴染みが深い、「主、我を愛す」も含まれています。

★  黙示録22章4節は、聖徒たちの額に「御名」が記されてあると語ります。この地上で主の栄光を顕すために何とか厳しい日々の信仰生活を耐え抜こうと真剣に祈って生活している私たちは、やがて御国で、主の御名を誉め讚える私たちの額に、主の御名が記されるようになるという約束です。  讚美歌 168番の本番となります。

 

駆け出す前の神さまは


★  先週号の「ベタニヤつうしん」に、「走るポ~ちゃん、駆ける神さま」と題した拙文を掲載しておきました。  今回は、その「駆けられた神さま」が「駆けられる前」に何をなさっていたのか...を考えてみたいと思います。

  「駆け寄られた神さま」のことは、ルカ傳15章11節~24節に記載されている有名な「放蕩息子物語」が背景になっています。  いちど目を通しておいてください。

  そして実はこの物語の父親役が、去る1月15日号「ベタニヤつうしん」に掲載しておきました「アメージング・グレース」(1月9日執筆)の続きの文章なのです。

★  それでは、この、いわゆる「放蕩息子物語」の主人公は、誰なのでしょうか?
悔い改めて父のもとに戻って来た息子のはずだ...とお考えになる方が多いでしょう。確かに、物語の中で派手に動き回っていたのは放蕩息子だと私も思います。しかし、実際には、この物語の主人公は父親だと私は考えています。

  私ども夫婦は、私の赤貧留学生活が思ったより長くなったので、順子さんとの結婚が遅れました。  結婚直後に不思議な交通事故に遭遇しました。  医師の見落としというヘマもあって、結果的に左腎臓摘出手術を受けることとなり、その後の半年ほどを熊谷と逗子の病院で治療を受けました。  事故と手術によって、子供を授かることができないのではないか?...との不安が生じたことを現在でも記憶しています。

  子が親を求めて生まれてくる...ということではありません。あくまでも、親は子が授かることを求めるのです。  親が中心です。
  もっとも、親になってみますと、息子や娘に対し、自分のような足りない者が親になったことを申し訳ないと思うことが多いのですが、とにかく私が親なのです。

★  ルカ傳15章が語る「放蕩息子」の主人公は、芥川龍之介の「杜子春」のように、派手に身上を使い果たした放蕩息子のように捉えがちかもしれませんが、あくまでも主人公は父親なのです。  父が子を求め、父が子を育て、父が財を築き、その財産を父が二人の子に与えたのです。  (父というのは夫婦を代表して...という意味です)

  親の愛に気づくことなく、息子が父と家庭を捨てて父と家族から離れて行った瞬間から、父の痛みは始まっていたのです。  息子が己の愚かさを気づき、失われた息子が戻って来るのを、村の入口に立って、ひとときも休むことなく、忍耐して待ち続けていたのです。  そして、下を向いたまま戻ってくる息子の落ちぶれた姿を発見したのは父親でした。  遥か彼方から、父の方にトボトボと戻ってくる息子の姿を見つけたのは、父親だったのです。  息子が、自分を待ち望んで、村の入口に立っている父の
姿を発見したのではありません。

★  失われた息子を待ち望む姿こそが、ニュートンが言うアメージング・グレースだと私は理解します。  15日号「ベタニヤ・つうしん」に紹介しておきましたように、まず天地宇宙の創造主なる神さまが、私たち人間を求められたことを、時間をかけてその準備を着々と実行され、最後に私たち人類を男女に分けて創られたのです。
  そのことを創世記1章で学びます。  人間を創造なさったとき、神さまはご自身の作業を御覧になり、『甚だよかった!』とおっしゃり、満足されています。
  神さまそのものが、放蕩息子の父親が代表するように、アメージング・グレースであるのです。  驚くばかりの恩寵なのです。
  そして、次には、その神さまが、「wretched manこのど~ぅしょ~うもない私」を一方的に救おうとなさったのです。  この事実を15日号週報に記録しておきました。

★  「駆け出される前の神さま」は、村の入口に立ったまま、昼も夜も、放蕩息子が戻って来ることを信じて、忍耐して、待ち続けておられたのです。  20節です。

  そのことをジョン・ニュートンは、「how precious did that grace appear! 」=「私が神さまの恩寵を信じたその瞬間に、その時、すでに、まず神さまの恩寵が私に現れたのだ!...恩寵が私に向かって示されたのだ!...」と叫ぶように信仰告白をしているのです。  まず最初に神さまがいらっしゃり、その神さまが私たちを捜し求め、待ち続けておられ、私たちの姿をまず最初に見つけ出し、駆け寄ってくださったのです。  驚嘆すべきこと、驚くべきこと、アメージングなこととは、神さまがまず最初に駆け寄ってくださったのです。  アメージング!なのです。  驚くばかりの恩寵、グレースなのです。  テモテ前書1章15節~17節の説明は、『キリストがまず私たちに向かって寛容を示された』と語っています。  感謝の言葉もありません。

 


★  いままでにいろいろな事情を背負った犬たちを世話して来ました。手元を通過していった犬を含めますと、3百頭前後になるかと思います。手元で保護し、庭先に埋葬された大型犬だけでも十数頭になるかと思います。

★  最近では引退した盲導犬2頭も加わりました。最初に引き受けた引退盲導犬は、犬を盲導犬として使うという発想そのものが、実は動物虐待ではないのか?という、私個人のかねてからの疑問を確信へと導くに足りるほど酷い状態の、ボロボロになるまで酷使された、哀れなラブラドール犬でした。
  詳細な紹介は控えますが、死ぬ瞬間に到るまで、心臓のついた、ロボット化された哀れな犬でした。  「トンちゃん」と名づけて最後まで看取りました。

★  2頭目の引退盲導犬が現在私たちの手元にいます。  「ポ~ちゃん」です。正式な名は別にありますが、私たちは「ポ~ちゃん」と呼んでいます。

  「ポ~ちゃん」とその兄弟を仔犬の時から飼育者の犬舎で見ていました。台湾に盲導犬協会が出来るので手助けのために台湾に送るのだ...と聞いていました。
  その後、台湾で十分に活用されなかったのか日本に戻って来ました。名古屋の方にしばらく居たのち、再び生まれた犬舎に戻って来たようです。
  次に、キャノンのデジカメ宣伝用に貸し出されたようで、全国紙の全面広告に登場していました。  可愛いお嬢ちゃんと一緒に写っている全面広告でした。

  その「ポ~ちゃん」、ある日突然、車に乗せられて私たちの所にやって来ました。盲導犬の訓練を受けていますから、普通の犬に戻すのに時間がかかりました。飼い主の歩く左側を、黙々と歩くだけでした。  どんな匂いを嗅いでも動じず、道で犬や猫に出会っても関心を示しません。  駆けることなど不可能でした。  徹底的に盲導犬の訓練を受けた犬で、「トンちゃん」同様に私どもが戸惑い続けました。

  一昨年晩秋になって、麻薬捜査を放棄した若いゴールデンが私たちの所にやって来ました。  観察していて麻薬捜査には無理だと理解しました。  野性的過ぎます。正式な名を呼ばないで、「モーリー」とか「モ~ちゃん」と私たちは呼んでいます。
  極めて野生的な犬で、原生林の中に住む動物たちの臭いに鋭敏な反応を示します。そして、いくども私たちの手を振りきって、原生林の中へ脱走・疾走して行きます。モーリーのことは、すでに「脱走専門犬モーリー嬢」と題して紹介しておきました。

★  「モ~ちゃん」が来てから、「ポ~ちゃん」が変わり始めました。  普通の犬に戻り始めました。  そして最近になって「ポ~ちゃん」が走り始めたのです。太宰治のメロスのように、「走るポ~ちゃん!」になったのです。  拍手です!

★  前置きがいつものように長くなり過ぎましたが...
私淑していますマック・ルカード Max Lucado 先生が、「駆けよられる神さま」のお姿を考えたことがあるか...とルカ傳15章20節を用いた質問を送って下さいました。

  イェスさまが義憤に駆られて手荒い行動に出られたという記事をヨハネ2章15節で私たちは読みますし、11章35節はイェスさまが涙を流されたことを告げています。
  マタイ傳11章19節はイェスさまが「大食漢で大酒飲み」であったと、イェスさまのことを快く思わなかった人々が、そのような噂をしていたことを語っています。

  また同じ箇所から学べることですが、庶民の味方であったイェスさまが貧しい人々の間にあって彼らの喜怒哀楽に合わせて、歌ったり、笑ったり、彼らの喜怒哀楽の心を共になさったであろうと、そのようなことを容易に推測できると私は思います。

★  けれども、「神さまが駆けられる」、「神さまが走られる」ということを私たちが想像することはいささか困難のように思えます。  そのようなことをルカード先生から示唆されるまで、異端的発想や推測がとかく多い傾向にある私ですら考えたことはありませんでした。  「神さまが走り寄られ、戻って来た放蕩息子の首筋を両手で抱えて、頬に接吻された...」と、確かにルカ傳15章20節は書き留めています。

  罪を悔いて戻って来た放蕩息子の帰りを切望されていた神が、戻って来る放蕩息子を遠くから見つけて、戻ってくる放蕩息子の方に駆けよって行かれた...と、感動的な描写をルカ傳15章は記しているのです。  罪を悔いた私たちの魂が、素直に神さまのもとに戻って来るということを、神さまは走りよって大歓迎して下さるのです。

  ありがたいことだと、改めて「走り寄られる神さま」を感謝したいと思います。メロスが走ります...、ポ~ちゃんも走ります...、しかし神さまが走られるというお姿を、私たちは感動と感謝の念を抱きながら、まじめに考えてみたいと思うのです。

 ご感想をお寄せください。 http://www.bethanyhome.net/ をもご覧ください。



 

猫に小判、豚に真珠


★  聖歌に『丘に立てる荒削りの十字架』と中田羽後が翻訳した讚美歌があります。
 On a hill far away by George Bernard ...が原曲で、久しく日本の福音派諸教会で歌われている讚美歌です。  中田羽後は私の二番目の留学先バイオラで学ばれた先輩です。  敗戦直後、現在の永田町にあったチャペル・センターで GI Gospel Hour の讚美歌指導をなさっていたように、おぼろげにですが、記憶しています。

  いつも申しておりますが、欧米の詩を日本語に訳し、限られたお玉杓子に振り当てることは至難の技です。  意訳する場合がほとんどです。  中田羽後が訳した讚美詩にも、避けられない同じ問題から、折り返し部分に意訳が見られます。

  しかし、バプテスト系の新生讚美歌集の 230番は、この問題の解決に努力をされた痕跡を見ることができます。  この新生讚美歌 230番は、どうやらヤマハが翻訳権を持っているようで、原詩が意とするものにより近い翻訳をしていると思います。

  I will cling to the old rugged cross, and exchange it some day for a crownが原詩です。  『私はこの荒削りの十字架にぺったりしがみついて離れず、いつの日にか、この慕わしい十字架を、賜る冠と引き替えにするのだ!』という意味です。

★  どうして以上のような話をしたかと申しますと、アポロ17が月面から持ち帰って来た小石を全米50州に記念として1個ずつ配布したことがあったのだそうです。
  ところが最近になってわかったことは、それらの多くが現在では行方不明となっているというのです。  アーカンサス州の場合、当時州知事であったビル・クリントンの書類の中に混じっていた小さなプラスチック箱の中から発見されたとのことです。

  猫に小判、豚に真珠...という表現があります。
十字架の上で、ご自分の命と引き替えに、私たちの罪を赦して下さった主イェスを、私たちは、結果的にですが、実際には、「猫に小判、豚に真珠」のように扱っていることが多いように思います。  「十字架にぺったりしがみついて決して離さない」というかつての決意の姿勢を徐々に失ってしまっているのではないでしょうか?

★    マタイ傳13章45節~46節をどのように読んでいるのでしょうか?

 

脱走専門犬モーリー嬢


★  1969年末に私たち二人が結婚して以来、現在までに何頭の犬を保護したのか正確に記憶していません。  2百頭を遥かに越すと思いますが、3百頭だったのかも知れません。  私たちが高齢化しましたので、一昨年晩秋に引き受けたモーリー嬢というゴールデン・リトリーヴァーがおそらく最後の犬になるかと思います。  麻薬捜査犬だったそうです。  3歳半になります。  ほかに先輩犬ポーリー嬢、11歳もいます。

  いろいろな犬が私たちの手の中に来ました。  それぞれの個性が違います。
1頭、1頭違います。  同じ性格の犬はいません。  ありのままで受け容れます。

  モーリー嬢も、今までに保護した犬とは違う癖や性格の持ち主です。前の飼育者が犬を十分に理解していない婦人であったようです。  そのために躾面で幾つかの基本的に重大な訓練を受けられなかったようです。  糞を食べること、犬舎内で排尿をすること...などの悪弊を治すのに1年半以上を要しました。

  モーリー嬢は自然界を本能的に好む犬のようですし、嗅覚が極めて発達している犬だと気づきました。  原生林に足を一歩でも踏み入れれば、異常に興奮します。
  力が強い若い雌犬です。  瞬間的に私の手を振りきって脱走し、瞬間的に原生林の中へ走り去ります。  広大な八ヶ嶽南麓原生林の林です。  最初は心配しました。

  しかしモーリーはリトリーヴァー、戻って来ます。  リトリーヴァーという意味は「猟師が射止めた獲物を銜えて戻って来る」という意味です。  飼い主に都合の良いように長年にわたって改良された西洋犬の一種です。  戻って来るとわかっていても広大な原生林の中を疾走して消え去るモーリー嬢です。  戻って来なかったら...との不安がいつも付き纏います。

★  先週土曜日の夕方、新鮮な雪の中、引き紐を首に付けたまま脱走しました。引き紐が倒木や枝に引っかかって戻れなくなっているのではないか...?という不安が瞬間に私たち夫婦の頭をよぎりました。  脱走しても40分もすれば普通は戻って来ますが、土曜夕方の脱走の時は1時間以上発っても戻って来ませんでした。  深い積雪の原生林の中を、口笛を吹きながら、捜し回りましたが発見できませんでした。

  捜すのを諦めて家の中に入りました。  からだはすっかり冷え込んでいました。しばらくして順子さんが他の用があって勝手口から外に出ましたら、呼吸をハーハーさせたモーリー嬢が居ました。  四つの脚と首に野球のボールほどの雪団子が付着していました。  予測していたように引き紐がどこかに引っかかり自由を失い、戻れなかったようでした。  まあ無事に戻って来たので一件落着でした。

★  イザヤ書53章6節でイザヤは次のように言いました。『我々はみな羊のように迷い出て、めいめい各自が、自分の道に向かって突き進んで行った』...  イザヤは犬のことを知らなかったのかも知れません...!?

  イェスは、迷い出て、行く道も戻る道も失った私たちの魂を、忍耐強く捜し続け、贖い戻されたのです。  マタイ傳18章11節~14節とルカ傳15章4節が語ります。

  これを主題にした1曲が「こどもさんびか」の72番にあります。
「ちいさいひつじが」と題したものです。  日本基督教団教育委員会編のものです。

★  保護した、脱走癖のあるモーリー嬢が先日雪中脱走を試み、引き紐が枝か倒木に引っかかって戻れなくなった時、モーリー嬢が吠えたことを一度も聞いたことがないので、困っても決して吠えないモーリー嬢のことを、私たちは心配しました。

  神さまの愛から離れ去って道に迷った私たちの魂を、神さまが心配なさらない筈はないのです。  先週土曜の夕方、助けを求めて吠えることをしないモーリー嬢を積雪の原始林の中で捜しながら、私たちを捜し求めて下さる神さまの愛を覚えたのです。

  神さまでないものを、それが何であれ、たとえば「自分自身が作り上げた神さま」(ロマ書16章18節)をあたかも神さまのように誤解してこれに一生懸命仕えている私たちの在り方の異常さを、それを聖書は「私たちが罪の中に在る」と言います。

  モーリー嬢が引き紐を倒木か枯れ木の枝に引っかけて、積雪の中で動けなくなったのと同じです。  私たち失われた者を愛し出し、憐れんで下さり、捜し出して下さる神さまの愛に心から感謝したいと思いました。

 

呼び込み上手なイェスさま


★  私たち夫婦は、愛餐会用食材と私たち自身の食材を入手するため、9kmほど下山した所にあるスーパー・マーケットに行きます。  その店の鮮魚売り場では呼び込み用にあらかじめ録音された、「きれいでない日本語の絶叫」が流れています。
  購買意欲をそそりたいのでしょうが、うるさくて早口なので、結果的に購買意欲を減退させます。  気付いていないのは当事者だけのようです。

★  そのような呼び込みに関してですが...
  同様なことを「福音派と自称している教会や教会人たち」が、自己中心的な宗教酒に酔い潰れ、宗教的阿波踊に自己陶酔をしながら、常識的価値感覚を喪失した状態で「福音を述べ伝えている」と錯覚して、その人たちだけが理解している「福音伝道と称する呼び込み」をしていることが多いように思うのです。  私たちが真剣に生きているこの厳しい現実の社会から完全に遊離していることを気付いてないようです。

  そのような人々は、私が眺める限り、その人たちの姿がこの世の中に於いて、どのように写っているのか、どのような位置を占めて居るのかを、まったく理解していないし、理解できていないように思えるのです。  悲劇であり、喜劇でもあります。

  その人たちが語るイェスやその教会が、あるいは聖書というものが、この世に住む人々にとってはまったく意味をなさない、無関係のものであるということを理解していない、理解しようとすらして居ないように、私には見えるのです。  自らをこの世から閉鎖して、ゲットー Ghetto 化して、自己満足に浸っているだけだと思います。

  そういう人々が得々として語っている「福音」、そして多くの場合、ある種の悲壮感を伴って語る「福音」の中身とはいったい何なのだろうか?と、私は多くの場合、冷えた目で眺めています。  しかし、宗教という酒に酔って居る人々には、そのこと事態を理解できないようです。  イェスさんは憤っておられると確信しています。

★  そのイェスさん、 ィエッさん、イェスさま、主イェス...呼びかたはどうであれ、福音書が語るイェスは、実に「呼び込み」がじょうずです。

  ヨハネ傳1章39節で、「Come and see! とにかく来てごらん!  そうすればわかるから!」と短く招かれました。  その招きの誘いを聞いて従った人の一人にアンデレという人がいました。  イェスに会ったアンデレは、「この人はメシヤだ!」と直感したようです。  アンデレは兄弟のシモンをイェスのところに案内しました。シモン(のちのペテロ)もイェスに従う者となったのです。  43節以下ではピリポも
イェスに従う者となっています。

★  「善き師との出会い」は、私たちの人生を決定的に方向転換させます。人は、「善き師、善き友」と出会う必要があります。  それは賜物として与えられる特権です。  「善き師、善き友」と出会うためには、まず私たち自身を謙虚にして、求め続ける姿勢、求道の姿勢を維持することが肝心であろうかと思います。

★  教会が「伝道だ!」と独りよがりの絶叫を繰り返すのもよいかも知れません。新約聖書が知らない、一年に一回とか二回の「特別伝道集会」というのを教会が主催するのもよいのかもしれません。  お金がかかる、けばけばしい多色刷りのチラシを配るのもひとつのやりかたかも知れません。  嘗ての十字軍の度重なる侵略、占領、支配、粛清、撲滅などを彷彿させる「クルセード」という単語を、何の痛みも思いも馳せることなく平気で使う保守的な自称「福音」派教会の「クルセード伝道」方式も
あるでしょう。  (これは敗戦後アメリカ教会が日本に持ち込んだ安っぽい福音理解を、何の疑問も抱かずに、こん日まで堂々と使っていると私は理解しています。)

★  しかし、ヨハネ傳1章でイェスが個人的に人々を招き、弟子とされたという事実を私たちは謙虚に吟味してみる必要があるのではないかと私は考えています。

  大好きなィエッさん、素敵なイェスさま、命より大事なエッさん、救い主イェス...この素晴らしいお方を、私たちの周囲で一緒に人生の喜怒哀楽を味わっている人々に伝えることは、結局のところ、「個人的な証言」が最も高価的だと私は思うのです。

★  イェスを救い主、善き友、善き師として伝えたいと願うのであれば、それを語る者の日常の在り方が最初に問われると、私はそのように考えています。
  聞く側の人々にとっては、語る側の人の人格の素晴らしさ、品格の誠実さや謙虚さに尊敬や信頼を置けるかどうか...当然ですがそのことが問われていると思うのです。
  語る者と語る内容が誠実でないのであれば、人々の信頼と尊敬、人々の納得を得ることは不可能です。  そのためには、個人的な関係が最も重要なものとなります。

★  語る者の「在り方」とは、多くの場合、言葉によらない、言葉に頼らないことを意味します。  その人そのもののことです。  木の善し悪しはその花や実でわかるものです。  そのことをイェスはマタイ傳12章33節で語っておられるのだと思います。

  ほかの言い方をしてみますと、コリント前書13章1節が言うように、「煩い鐘」、「喧しいシンバル」、「ガンガンと鳴り響く騒がしいだけの鐃鉢 ニョウハチ」であれば、世の人々は、自らをゲットー化したキリスト教会と、その教会が伝道だ!と絶叫する福音に耳を傾けることはあり得ないのです。  このことに多くの教会は、不幸なことに、無感覚、無関心、無感動のままでいるのです。  商業的宗教人は哀れです。

★  しかし、ガラテヤ書5章22節~23節は、教会とそれに属していると自称他称している牧師や、教会役員や、クリスチャンに対して、「伝道だっ!」と大声で絶叫する前に、まず自分自身を吟味することの必要性と、吟味することの重大性を問いかけています。  真剣に生きている世の人々は、教会が考えているほど「お馬鹿さん」ではないのです。  とんでもない思い違いの罪を、自らをゲットー化して、「自分たちは義しいが世の人は失われている」...などと極付けている教会は、犯しているのです。

  ガラテヤ書5章22節~23節が語る、内なる私たちの心の実態を、外なる「在り方」に示せば、世の人々は私たちを信用し、私たちが謙虚に語る「イェスとその福音」の素晴らしさに耳を傾け、心を開いて下さるのではないかと、そのように思うのです。

  『御霊の結ぶ実、すなわち内在されている聖霊の助けを得て、私たちの内から外に向かって徐々に目に見える形を伴って成し遂げられる結果は、すなわち、果実は愛であり、その愛から喜悦、平和、忍耐=平静な心=寛容、親切、善意=慈善心、忠実、柔和=謙遜、そして自己制御=節制=である...』 (注:上記聖書箇所の仮私訳です)

 

重荷を負いて悩む者


★  敗戦直後、ホーリネス教会の人たちが、「再臨待望集会」と名付けて特別集会を猪苗代湖畔で開催したことがありました。  杉本慶次という伝道者に誘われ、米持参で集会に出ました。  予想以上に感情的で熱狂的な集会であったので辟易した記憶があります。  そこで歌われた聖歌の二つの一部分だけを今でも記憶しています。
  一つは現在の聖歌集 414番「重荷を負いて悩む者」で、もう一つはホーリネス系の人々に尋ねてもわからないままですが、「ア~メン、主イェスよ、督く来ませ」です。

★  「重荷を負いて悩む者」...  冷静に、しかも注意して周囲をそれとなく観察してみますと、私たち人生で、人間生活の中で「重荷を負わず、悩ない者」はいません。

  先週献金をお送り下さった八幡山のSさんも、お年を召していらっしゃいますが、病弱な息子さんのお世話をなさっていらしゃるかと理解して、お祈りしています。
  つい先日お目にかかったTさんも、「知り合いの方で心に傷を負っていらっしゃるのではないかと推測する方がいらっしゃり、自分の心にも傷がある」とおっしゃっていました。  ありがたい告白に感動し、感謝と敬愛・親愛の念を更に深めました。
  韓国基督教日刊紙国民日報掲載の「逆境の実」を英訳してもよいが...とおっしゃる方を最近になって紹介されましたが、仏教系の40歳代のそのご婦人と電子書簡交換をしている内に、その方もお母さまを口腔癌で失われ、現在お父さまが前立腺の癌だと教えて下さいました。  祈っていますよ...と返事しましたら、殆どまだよく知らない日本人から祈りの内容のメールを受け取ったので落涙した...と返事がありました。

★  私たちは同じ人間として、祈り合い、慰め合う必要があると改めて今週も教えられました。  表面的な「ア~メン・ソ~メン」は不誠実です。  避けたいものです。

 

風いと激しく波立つ闇夜も


★  日本基督教団の讚美歌 280番2節に「風いと激しく、波立つ闇夜も」という句があります。  エドワード・モート Edward Mote  の讚美詩の一句を訳したものです。
  ルーテル教会讚美歌 317番の2節は、「波風逆巻く嵐の海にも」と訳しています。バプテスト教会の新生讚美歌 492番2節と聖公会讚美歌には、「風いと激しく波立つ闇夜も」と訳してあります。
  インマヌエル讚美歌 467番2節は「風いと激しく波立つ闇夜も」と訳しています。聖歌 236番2節は、「波風いかには錨のある身に」と訳しています。

  原詩は「in ev'ry high and stormy gale, my anchor holds within the veil」です。  上記の邦訳を見ますと、限られたお玉杓子の数に対して工夫して原詩の意味を伝えようと努力してあるのを窺い知ります。  本訳者に拍手・喝采・脱帽です。

  原詩はと言いますと、作詞者モートはヘブル書6章19節に登場している三つの名詞を根拠にしているようです。  すなわち「望み」、「錨」、そして「幕の内」です。

  そして「幕の内」ということになりますと、レヴィ記16章が背後にあります。贖罪の日に関して「聖所」、「会見の幕屋」、「祭壇」などの単語も出て来ます。

  神は聖なる神であり、私たちは罪ある民ですから、私たちが直接神の前に出ることは許されていません。  最高位の祭司だけが一年に一回だけ幕屋内に入ることを許されています。  燔祭(=全焼)のために殺された血のついた生贄の動物、祭司が着用する聖なる衣服、雲のような煙と薫香などが聖所に入るために要求されています。

  この16章を軽く読むだけではわかりませんが、一つ一つに十分な思いを馳せて読んでみますと、これはたいへんに厳粛な宗教儀式であるとわかります。

  ヘブル書6章19節~20節で、私たちの大祭司であるイェスが私たちの贖罪のために御自身を捧げられたことを学びます。  詩篇 110篇4節が参考になります。ヘブル書4章14節~16節、6章19節~20節、10章19節~25節もお読みください。

★  モートは今月でちょうど 215年前、1797年1月21日にロンドンで生まれた人です。  1874年11月13日、サセックス州ホーシャムで逝去し、同地に埋葬されました。若い時には高級家具職人と言いましょうか、差物師であったようです。

  トッテンナム・コート・ロード教会 Tottenham Court Road Chapelで牧師をしていたジョン・ハイヤット John Hyatt の説教を聞いて大きな影響を受けました。教会そのものは、女性の侯爵であった  Lady Huntingdonハンティングドン侯爵が支えていた教会のひとつであったようです。

  そののちモートはバプテスト教会の牧師になり、Horsham, Sussex サセックス州のホーシャムで26年にわたり仕えたようです。  教会員たちに敬愛され、教会堂を彼に寄贈したいとの申し出まであったそうですが、『教会堂は不要だが説教台だけ呉れ』と答えたそうです。  『自分が死んでキリストを説教できなくなったら、放り出して呉れ』と答えたそうです。  讚美詩はこの一つだけ遺した説教者で、写真を見る限り「愛くるしいおじさん」のように見えます。

★  後世への最大遺物としてモート牧師は美しい讚美歌を一曲遺して召天しました。みなさんは何を後世に遺されますか?  エペソ書2章8節~10節の問いかけです。


 

失神した行司さん


★  先日珍しくテレビで相撲を少し視ました。  もつれ合って土俵から転落する力士たちに押され、行司も土俵から転落し、たまたま呼び出しが手にしていた木製の桶に頭を打ちつけ失神する場面を偶然に目撃しました。  一瞬緊張が会場に走りました。緊急入院後、幸いも翌日の取り組みに戻って来られたので安心しました。

★  保護を強いられて引き受けたものの、躾のできていないダルメシアンに曳き紐を取られて仰向けに転倒し、後頭部を激しく地面に打ちつけ、失神したことがありました。  感覚が麻痺したのは当然です。  桜の樹から落ちて頭を打ちつけ、感覚を喪失したこともありました。  失神するとか感覚を失うということは怖いことです。

★  『私の弟子であるという名のゆえに、この小さい者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませて呉れる者は、よく言っておくが、決してその報いから漏れることはない』とマタイ傳10章42節は語ります。

  『私の兄弟であるこれらの最も小さい者の一人にしたのは、私にしたのである』とマタイ傳25章40節は言います。

  『父なる神の御前に清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、寡婦を見舞い、自らは世の汚れにそまずに、身を清く保つことに他なならい』とヤコブ書1章27節が言います。

★  自称クリスチャン、または「俺さまは教会に行っているんだ」と豪語する者が、感覚を麻痺させたり、失った場合、これは恐ろしい、危険な兆候なのです。

  罪の中に失われたままの魂への配慮、社会的に乏しい者や弱い立場の者への配慮、世界中の貧しい人たちや孤児を思い遣る心を麻痺させてしまったり、クリスチャンの集いに参加する喜びを喪失してしまっている状態をもはや何とも思わなくなっている事実...  これらはまことに危険なことなのです。

  社会的に恵まれた地位や、物質的に満ち足りた状態に居るということが、他者への配慮を鈍らせたり、共に分かち合うという喜びの感覚を麻痺させてしまうことが多いのです。  忙し過ぎるということが私たちの霊的な感覚を麻痺させてしまうのです。

  『愛と善行とを励むように互いに勤め、或る人たちがいつもしているように、集会をやめることはしないで互いに励まし、主の再臨の日が近づいているのを見て、ますます、そうしようではないか』とヘブル書10章24節は警告しています。

  マタイ傳10章42節が言う「これらのいと小さき者に」という、他者の必要に敏感であれば、私たちはイェスのために最高の奉仕と礼拝を捧げていることになります。

  霊的なことに無感覚であったり、感覚を失ってしまったり、失神してしまうということは、最も危険な状態に居るのだ...ということになります。  ご要慎を願います!

 


★  長野県と山梨県を跨ぐ八ヶ嶽南麓一帯は天体観察に適した地域だということで、長野県の南牧村から山梨県北杜市、そして長野県富士見町にかけて、天文台を備えた住宅や別荘をあちこちで見かけます。

  私ども老夫婦が住む所からは、夕方になると甲斐駒ケ岳の峰の方向に沈む厳寒期の夕焼けが壮観です。  再臨を覚えます。  自分の地上生命の終わりと共に始まる別の世界の栄光を思わせられます。  しかし自然に恵まれた八ヶ嶽南麓に住んでいても、下を向いて生活している限り、都会に住む人と同じように、創造主を思う機会が少ないかと思います。  宇宙を仰ぎ見る限り、創造主や人の短い命を学び続けます。

★  そのようなとき、神さまと私たち人間との距離が余りにも掛け離れたものであるので、神さまがどのようにして私たち人間とかかわりをお持ちになるのだろうか...と考えてしまうことがしばしばあります。  神さまにとって、この私の存在などどうでもよいのではないか...と思うことがあります。  しかし、そうなのでしょうか?

★  つい3週間ほど前まで、世界の多くの国々で、クリスマスという、商業化されたばか騒ぎの季節がありました。  人々は騒ぐだけで、その意味を真剣に考えることはなかったかと思います。  クリスマスになりますと人々は救い主イェスが乙女マリヤから生まれたという、聖書が語ることを信じないまま、それでもイェスの誕生を形式的に祝い、ドンちゃん騒ぎをします。  信じているということとは別の話として...

  しかし、神さまが人間と接点を持たれたのは、社会的に身分の極めて低い賤女シズノメマリヤの胎を経由・媒介してであったということを、クリスマスという季節に私たちは謙虚に、まじめに考える必要があったかと思います。  マリヤの胎が永遠の神さまとこの世との唯一の接触点であったのです。  驚くべき事実です。  アメージング・グレースとは、実にこのことです。  マリヤの胎を10ヶ月も借用して、神さまは人間の中に、やがて救い主イェスとして生まれて来るために、やって来られたのです。

★  しかし、神さまが私という個人に接触される時と場はそれだけではありません。そのことをコリント前書3章16節やコロサイ書1章27節は指し示しています。

  それは、私たち自身の中に宿り給う聖霊という形を採ったものです。このことを、コロサイ書は、「Christ in you, the hope of glory  汝らの内に宿るキリストが栄光の望みである」と宣言しているのです。  ありがたいことです。

  内在される、内住される聖霊が私たちの信仰人生の歩の内にもたらしてくださる実をガラテヤ書5章22節~23章は語ります。  この箇所は聖書をお読みください。

  賤女シズノメ マリヤが、神さまから託された胎児を、意識してたいせつにお預かりしたのと同様に、みなさんもみなさんの内に宿られておられる栄光の希望であるキリストを、細心の注意を払って、ふさわしい実を結ぶようにと、意識して、努力を払って、だいじになさっていらっしゃるのでしょうか?  悪い根を持つ木から、良い実を結ぶことはできません。  神さまの目を誤魔化すことはできないのです。  私たちには、内在されるキリストをたいせつにするという、絶え間ない意識と努力が必要です。

★  『木はその実によってわかる』とイェスはおっしゃっています。
あなたがどのような実を結びつつある木なのかで、あなたご自身の信仰を、全世界に住む人々に、あなたご自身が無言で毎日毎晩示していらっしゃるのです。

  『ア~メン、主よ!』と叫ぶ人のみんなが天国に入れるわけではないと、主イェスは明言されています。  マタイ傳7章21節~23節にかかれてある厳しい警告です。

  キリストが宿られているあなたは、それにふさわしい実を示しておられますか?
誰が見てもわかる事実でしょうか?  誤魔化しはできないのです。  如何でしょう?