清渓川活貧教会の中心的教会指導者金終吉氏取材報告

国民日報  聖誕特集号記事4 

1970年代の清渓川活貧教会で貧民宣教奉仕を助けた、
当時の中心的教会指導者金終吉氏取材報告


★  現在は南陽湾活貧教会の長老である金終吉 Kim,Jeong Gil氏は、野村牧師のことを話しだすと、『あぁ、私たちの牧師さまで、私たちの一番の大長兄さまです!』とまず最初に語った。  そして、『あの方は冗談が上手なお兄さまです』とも語った。

  『清渓川の貧しい人々のために東京の自宅を売ったのちに、山里に入って牧会しておられると聞いて余りにも心が痛む...』と話し、『野村牧師さまは「蝋燭の命』だと語った。 自分自身を溶かして、他者に命の光と希望を与えたのです。

  実際、記者がお会いした野村牧師は、八旬(80歳)を控えながら、ほかの人が身に着けたものを貰って着ておられたが、貧しい人々のことを思えば、こんな服も贅沢でありがたいものです‥と言って明るく笑っておられた。

  金終吉キム・ジョンギル長老は、『あの当時、野村牧師さまは、一人の牧会者として私たちを助けて下さっていたのだが、日本人が韓国の貧民を助けることに疑心を抱いていた政府当局が、アメリカ情報部CIA 部員ではないかと疑って、1週間のヴィザしか発給しなかったんです。(実際には2週間)  そうしたら野村牧師さまは、怒らないで、『出て行って、また入ってくれば済むことですよ』と語っておられた。

  『清渓川の子供たちには、野村牧師さまはサンタクロース・ハラボジ(お爺さん)に違いなかったのです。  入って来る(訪韓する)たびに子供たちのために贈り物をたくさん持って来たんですよ』

  『野村牧師さまは、今までに遺棄犬2百頭(実際には約3百頭)の面倒みるほどに犬を愛する牧師さまなんです。
  ところである日、清渓川の住民たちが、(取材記者に語っている金終吉長老自身を含めて、)野村牧師さまに、(何も言わないで)保身湯ポシンタン (=犬肉のスープ)でもてなしたのです。 食事の感謝のとき牧師さまは泣き出したのです(=涙ぐんだ)。
  入ってくる(訪韓)前に、牧師さまが飼っておられたシェパード犬が死んでしまって、庭に埋めたばかりだったんですよ。  牧師さまが泣いている姿を、まだ忘れることができないのです』...と、金終吉長老は語ってくれた。

  金終吉長老は、『どんな難しさをも乗り越えて行って、韓国のクリスチャンたちを愛する野村牧師さまのような方は、少なくとも(1945年の)解放後にはいないはずです...』といいながら、取材記者が野村牧師夫妻を取材訪問したときのことを聞いて、とても喜んでいた。

  野村牧師さまは、南陽湾の金終吉長老に電話をかけ、『あまりにも出鱈目過ぎる話を取材記者にするんではないよ‥と言って笑っておられた』と、そのようあらかじめ警告されていた...と、金終吉長老が記者に明かした。        全正煕ジョン・チョンヒ記者

続く