★ 全羅道は韓国・朝鮮の歴史過程の中で、長く、酷く差別されてきた気の毒な地方です。 風土に恵まれているので朝鮮半島の米蔵だと呼ばれている豊かな穀倉地域です。 しかし何世紀にもわたるほかの地域からの圧力がありました。 私は専門家ではないので何とも言えませんが...ほかの地域の人々から、とりわけ慶尚道人からは、「二枚舌」とか「裏切り者」とか「風前の柳の枝葉」だなどと呼ばれているようです。閉鎖的な地方人だと不信感を表します。
外国人である私には、全羅道の人たちは温厚で善意に満ちた、控え目の素直な人たちだとの印象があります。1968年以降ソウルで出会った多くの全羅道出身の個人的な友人たちから受けた印象です。しかし韓国人自身が全羅道の人のことを閉鎖的だなどと、そのように言うのですから、私は何もそれ以上のことを申せません。長い歴史過程がそのように全羅道の人たちをさせたのかも知れません。
お互いに差別しあい、偏見を抱き続けているのかも知れません。それがお互いをしてお互いの猜疑心を煽りたて、お互いに胸襟を開かせないのかも知れません。このような悪循環の根は、長い朝鮮の歴史過程の中で必然的に生じてきたのかもわかりません。
素人の私にはそれ以上のことを語れません。そのような気がするのだが...という程度に留めておきます。しかし同じ半島内で、南北に行ったり来たり、侵略と征服と破壊を繰り返してきた体験を豊富に持っている人々の末裔であることを否定できないと思います。略奪や拉致や大量虐殺が侵略と征服には含まれるものと思います。このあたりが、アジア大陸から海で隔離されている島国日本と異なるものではないかと、そのように素人の私は理解しています。
この点を日本に住む私たちは理解し、認識する必要があると思います。いままでの日本には、そして現在でも、アジア大陸から四方を海で囲まれて隔離されている日本に住む私たちには、アジア大陸と直接に地続きで繋がっている朝鮮半島が置かれている地理的な位置関係と、そのことで生じてきたいろいろな出来事に対する理解ができていなかった、そして現在でも殆ど理解できていないという問題があるようです。
最近では羽田や成田からそのまま韓国の都市に2時間以内で行けるという時代です。海で完全に隔てられている外国であるという現実を日本人が理解することが難いのではないかと思います。円高ウォン安で、日本に居るのと同じ感覚で、過ごしてしまうので、韓国の地理的位置関係や、その文化や歴史を学ぶ機会がないようです。
アジア大陸から海で完全に隔離・遮断されている日本という地に住む者たちには、朝鮮半島の地理的位置関係と、そこから生じて来たいろいろと複雑な歴史過程を理解するのが困難であったのではないかと思います。拉致ということもそうでしょう。
そのような立地条件かが招いた朝鮮半島の文化、価値感覚などを理解できなかったものと思います。儒教の教えがいまだに色濃く残っている国土です。脱亜入欧を積極的に推進した近代日本に住む者たちは、朝鮮半島に住む人たちを、外敵にいつもやられている弱い民族、劣等民族...というような誤解をしていたのではないかと、私個人は考えています。「井戸の中の蛙、大海を知らず」で、日本側の無知蒙昧をすっかり忘れて、相手側をそのように誤解していたのが、少なくとも豊臣秀吉の朝鮮侵略時からの日本側の理解であったのではないかと、そのように私は考えています。
お互いにお互いが置かれている立場なり環境をよく理解しあう必要があります。自分の物差しで相手を計ることは、実は愚の骨頂なのです。計ろうとさえしないのであれば、「何をか言わんや!」 ということです。
私たちは1985年に世田谷から山梨県北西部の寒村僻地に移住して来ました。いまでも当地の県民性に戸惑うことが時々あります。武田信玄以前からの甲州人気質とでも言える閉鎖的なものです。一朝一夕にして直るものではありません。
米作ができなかったということ、四方を険しい山脈で取り囲まれているという地形、厳しい気候...いろいろな要素があるのでしょう。それぞれの地にそれぞれの県民性というもの、民族性というものがあると理解し、それを受忍するほかありません。
そのことと基本的に同じことが全羅道のことでも考えられると私は思っています。美しい、穏やかな風土の全羅道です。しかしそこにはいろいろな歴史過程があったはずです。農民たちの穏やかな、のんびりとした生活リズム、飼育されている茶褐色の伝統的な牛、確か昔、朝鮮牛と呼ばれていたと思いますが、その牛が悠然と草を食む姿を目撃し、牛の傍に咲き乱れる連翹レンギョウや染井吉野や、紫躑躅ツツジの花を目撃しました。連翹をケナリ、躑躅をチンダッレと確か呼ぶと思います。
チンダッレは民謡の中にも出てきます。共に韓国人がこよなく愛する花です。桜は、嘗ては露骨な反日感情の犠牲となり、切り倒されることが多かったのですが、今回の訪韓で、各地で見事に開花していました。韓国人はサクラと呼んでいました。韓国人の自信の確立と日本に対する精神的余裕を垣間見たように思い、万歳でした。
★ 最近の訪韓ごとに感じることの一つに、終りのない高層マンション建築ブームがあります。 都市部に近い丘陵地帯に、高速道路沿いに、恐怖感をさえ感じさせるほどの勢いで、超高層マンションが建てられています。
ソウルとその近郊の人口がおおよそ1千万人だそうです。 これは韓国全土の人口5千万人弱の20%がソウル近辺に集中しているという、驚くべき統計数字です。
嘗ての穏やかな赤土の農村とその風景が急速に消滅しつつあるということです。伝統的な韓国農村家屋が永久に消え去り、そこに超高層マンション・ビルディングが乱立し始めて久しいということです。 人が動けばカネが動きます。 巨額の資金を投入しても、韓国人の都市一極集中化が加速され続ける限り、超高層マンション建築ブームは避けられないことなのでしょう。 どこにそんなにお金があるのかわかりませんが、巨額のお金が動いていることだけは確かなようです。 儲かるのでしょう。
庶民にはおいそれと手が出せない値段だそうです。 購入するには正規の銀行融資以外に、朝鮮・韓国の伝統的な個人銀行=高利貸しを頼むしかないのかな...などと、余計な心配をしてしまいます。 その内に高層ビルディング自体の地盤沈下や雨漏り問題も深刻になるでしょうし、ローン返済不能者が続出するのではないかと想像します。 オンドルから漏れるガスでガス中毒事件も発生するでしょうし、維持管理上の問題も続出するでしょう。 血の気の多い小母さん=アジュンマが苦情を言う悲喜劇ドラマを想像するだけでも、複雑な気持ちになります。
普通一般に、私が理解している範囲内のことですが、家を借りる場合、月々家賃を支払う方法があります。 ウォルセといいます。
しかし、たいがいの人は、チョンセという支払い方法を強いられるか、選びます。これは、一年分の家賃チプセに相当する?纏まった金額を家主に支払い、あとは期限が来るまで何も支払いません。 一方で、家主は受け取った纏まった家賃を個人経営銀行、すなわち高利で運営し、利息を稼ぎます。 利息収入の方が家賃よりも得なのです。 韓国では、想像ですが、政府も正規の銀行も、この一種の闇銀行、私設銀行の存在には頭を悩ましているのだろうかと思いますが、実質的に庶民のあいだに蔓延している古くからの高利貸しという社会現象には手を出せないものと思います。
北朝鮮でも、さすがのボス金正日の政府でも、貨幣強制交換政策を国民に無理強いして失敗した苦い経験を最近の報道が伝えていました。 女性のスカートの下に隠している実力、日本ではヘソクリ、これを軽く見ることはできないようです。
のどかな農村と古くからの伝統的朝鮮家屋が、次第に、そして急速にコンクリートと鉄骨でできた超高層マンション・ビルディング集団に取って代わりつつあります。
泥んこがコンクリートに代わり、石ころがプラスチィックに代わることが、そのことで人類が進歩発展をしたのか...と、そのように言えるのだろうか...と、何とも表現できないような自問自答を繰り返しながら、韓国農村部の変化?近代化?を車窓から眺めていました。
どこの国であれ、誰であれ、よりよい快適で便利な生活を求める願望は同じです。それですから、韓国農村が長い歴史の歩みの中で守り抜いてきた風景と伝統が急速に失いつつある、変化しつつあるという現実を、決して非難しているのではありません。複雑な思いで眺めていたということです。 東京でも、京王線沿線に、野猿峠というハイキング・コースがありました。 つぐみなどの野鳥の焼き鳥を売っていました。 しかし現在では住宅密集地域に変わり果てています。 二度と再び戻っては来ません。
ソウルを中心とする韓半島・朝鮮半島の中央部と南半分の多くの場所に、あのようにたくさんの超高層マンション・ビルディングが立ち並びますと、そのうちに南半分が重くなり過ぎて、半島南部の土壌沈下現象が始まるのか、それとも半島が二つに折れ曲がってしまうのではないかと、そのように思うことがいくどかありました。
南だけの沈下防止策として、北に原子炉を造っているのかな...とも思いますが...
朴正煕軍事独裁政権時代にセマウル(新しい村興し)運動というものがありました。韓国農村の住宅をブルーのペンキで塗らせました。 ペンキ業界から巨額の政治献金があったのではないか...などとの噂も立ちました。 真偽のほどはわかりません。
セマウル運動の名は、韓国国鉄の列車に今でもその名を残していると思います。そのときの住宅改善・改良・改革運動の結果が、その後の韓国農村の伝統的な、穏やかな、古くからの朝鮮独特の家屋が、近代化され、撤去され、近代的な建物に建て替えられることにつながり、近代化が進んだのではないかと推測します。 農協の力が日本と同じように強くなっているようですし...
伝統的な、古い家屋というものを、劇「チャングム」などで見ることができます。あのような家屋を現在では探し出すのが困難になって来ています。 懐かしい素朴な家屋でした。 主人・男性用のものと、それ以外の目的のための家屋がありました。
このことは、私ども夫婦が住む寒村僻地の小荒間でも同じような傾向を見ることができます。 それまであった茅葺き屋根が、ソーラー・パネルを搭載した、科学物資を素材とした住宅に代わって来ています。 時にはシック・ハウスとさえも呼ばれる家屋を指して、人類の進歩進展の象徴であるなどと言えるのでしょうか? 複雑です。
★ 全羅南道国立大学、略称全南大学の校舎は広いものです。 たくさんの染井吉野が校舎内あちこちに咲いていました。 金五南君がどこかの校舎で教鞭を執っていたということで、懐かしく眺めました。 そして、同大学が光州事件の発火点でもありました。 「ユリの木」を探しましたが見つけることはできませんでした。
ソウルの中心を流れる大河、漢江ハンガンの南側は新興住宅地です。その中にソウル国立大学があります。 伝統的な日本の発想に従えば韓国版の東大です。 ソウル大は冠岳区グワンナッグにあります。 近くに冠岳が聳えています。
そこでも染井吉野が満開でした。 しかし丘陵地形を利用した広い校庭には立派な数階建ての建物がぎっしりひしめいていました。 大企業からの寄付で賄われた建物を幾つか見かけました。 大きな建物の中では大企業からの充分な資金援助を得て、人材育成計画が着々と進行中のようでした。 その内にいろいろな点で韓国が日本の規準を上回る人材と技術を提供することになるだろうと思いました。 現に液晶画面やリチウム電池開発分野で、すでに日本と互角になっているかと思います。
私たちは毎朝天気予報をテレビで見ます。 日本列島が中心の地図です。時には中国大陸やシベリアや朝鮮半島を含めた気圧図を見ることがあります。しかし、常に日本列島を中心とした地図です。 まあ当然のことでしょう。
しかし、もし皆さんのお手元に地球儀があればご覧下さい。立体的に地球儀で朝鮮半島を中心に上から眺めてみますと、日本は東の端にあります。西に中国大陸があります。 いや、アジア大陸と言う方がより正確でしょう。北にも中国東北部があります。 嘗て満州と日本では言いました。 その更に北には、ロシア領のシベリアがあります。 朝鮮半島はそれらの中心に位置しています。
私は韓国の若い人たちによく次のようなことを言います。君たちは北東アジアの中心に位置しているのだ!と注意を促します。 その事実を指摘して、いずれ韓国が北東アジアの中心国になれ!...と励ましています。西にある広大な中国は共産主義国家で、実に強大な軍事力を保有している国です。北のシベリアを領土の一部とするロシアも強大な軍事大国です。東側の日本は、サイズは小さいですが、高度な技術と経済力を有しています。朝鮮半島の北半分の軍事独裁国家には核兵器があります。
これらの強国に左右上下を囲まれた韓国が生き延びるための数少ないすべの一つに、智恵を使うことで、その情熱的な国民性を活用して、科学技術をさらに向上させて、北東アジアでの技術的優位さを確立することではないのか?...と進言しています。
すでに韓国は電子工学、アイティー(I.T.)産業技術面で高度な成長を成し遂げつつあります。 今回光州を訪問したときにも光州市が主催する光工学エキスポを見学しましたし、ソウル国立大学=韓国版東大を見て廻り、そのようなことを感じました。