★ 光州市内のちょっとした丘の上に位置する仏教寺院を訪れてみました。
公園のようなたたずまいのお寺の境内で、見事に咲き乱れる桜花を見ながら散歩する中年男女を多く見かけました。韓国でも最近急速に中年男女や初老の夫婦が整った服装で散歩したり、身近な登山をしたりするのがブームになっているようです。
大きくて広い木造のお堂の中には、十数名のご婦人たちが坐り込んで静かに祈っておられました。無言で立ち上がり、再び坐り込んで両腕を前に投げ出す姿勢を繰り返す祈祷の姿を目撃しました。チベット仏教でエヴェレスト山脈の高嶺を目指して巡礼する五体投地を髣髴させました。韓国は日本という島国とは異なり、アジア大陸の一部であり、伝統的な仏教の祈りのパターンを目撃したように思います。新しい発見と学びの瞬間でした。韓国プロテスタント系教会が派手過ぎるのです。
日本霊異記には五体投地という言及があるようですが、私が知る範囲での日蓮宗の宗教儀式において、そのような祈りの姿を目撃したことはありません。五体投地の仏教徒の祈りの姿と、有線テレビで視た福音派と自称するクリスチャンたちが、大げさに両手を空中で左右に振り動かしながら、『おお、主よっ!』と絶叫する、過激な祈りの姿とはまったく異なったものでした。
有線テレビで視た、シャーマニズムに冒された、「純福音を説いているのだっ!」と自称していた一部の煽動的、感情的、非理性的な、鳴り物入りのプロテスタント?系の福音派?キリスト教?伝道?番組とは対照的な光景で、極めて東洋的なものを強く感じました。
韓国の自称プロテスタント系キリスト教の一部に見られるシャーマニスティックな在りかたに対して、常識ある多くの一般韓国人は異常さを感じているようです。
光州で韓式食事に招待してくださった或る大学の名誉教授ご夫妻がありました。日本の社会経済にも精通されており、数多くの日本語のむずかしそうな書籍を多く所蔵され、英語にも堪能な方でした。クエーカーの集会に出席されているそうです。
その博士が、韓国のキリスト教はおかしい...とつぶやいて笑っておられました。民族性がよく出ていると思います。 北朝鮮ならさしずめ『金正日将軍さま万歳!』と熱狂的に絶叫するのと同じでしょう。ソウル市内だけでも赤いネオンを教会堂の塔の上に点滅させる教会が三千ほどあると言われています。ネオンの十字架を掲げた教会を光州市内でも見かけました。
私どもの八ヶ嶽南麓の原生林の中にあるベタニア集会は、日曜日朝ごとに多くても数名の者が集まって静かに讃美を捧げ、主の食卓、すなわち聖餐に与る集会です。それとは全く違う、鳴り物入りの韓国の諸教会の情熱的な集会では、主イェスさまも頭の芯まで混乱なさり、さぞやお困りであろうかと思うのです。
八ヶ嶽南麓の集会にお越し頂いて、少しお寛ぎ下さい...と、秘かにイェスさまに囁きたいというような誘惑を感じました。韓国各地で朝4時や5時から毎朝行われている早天祈祷会にもいくどか出席したことがありますが、静かに聞き入ってみますと、愚痴など御託をくりかえしている婦人たちが多かったように記憶しています。胸中に溜まったもろもろの不満不平の蒸気を、纏めて噴出しているのではないのか...と思わざるを得ない場面にも出くわしたことが、そういえば何度かあったと思います。
★ 光州の動物園を訪ねてみました。 地方都市にどのような動物がいるのか興味がありました。若い虎だったかが1頭いました。朝鮮に侵入した加藤清正が虎退治をした...などと、そういえば小学生時代に教わったことがありました。象が4頭だかいたように記憶しています。枯れた木の小枝と枯れた笹を鼻で折って食べていました。やや不憫に思いました。大きな雄の河馬が1頭だけ水のない乾燥した堀の中にいました。乾燥した皮膚でした。立ったまま昼寝をしていたようです。猛禽が数種類いたようでした。いろいろな種類の猿と鳥の数は多かったようです。
動物園の看板であるとされている猛獣類を見かけることができませんでした。地方都市の動物園であることを思えば、無理もないことなのかもしれません。広い敷地の動物園でした。なお、「虎」は朝鮮を意味したものと個人的に理解しています。
朝鮮半島西南端の沖合の離島に珍島チンドという島があります。珍島には国外不出の天然記念物犬で珍島犬チンド・ケという、秋田犬や柴犬に外見も性質も似た韓国独特の犬がいます。一度見てみたいと願っていましたら、光州動物園にいました。
檻の中に番で飼われていました。同じ朝鮮半島北部に生息するという、名を忘れましたが、犬もいました。シベリアン・ハスキーやマラミュートも居ました。なるほど、朝鮮半島はアジア大陸と地続きです。半島北部にはシベリアがあります。納得しました。
すでに述べましたが、全羅南道国立大学を訪問したとき、大学内の植物園内を散歩しました。日本固有の植物がたくさん植えられているのを見ました。玄界灘の南側の隣国であることを如実に示していると覚えました。金五南君が嘗て依頼したことがある「ユリの木」の種を大量に入手し、釜山の検疫所で文句を言われながらも、金君に手渡すことができた「ユリの木」を探しましたが、見つかりませんでした。
北米原産の落葉樹です。大きな布袋に一杯詰まった種を購入して金君に手渡したものです。今頃は韓国のどこかで、何千本、何万本もの大樹となって、チューリップ状の花をさかせていることでしょう。
動物園や植物園は、その地の文化的、経済的、社会的、教育的な水準を計り知るために有益な施設と考えたからです。そして動物園や植物園を訪れる人々の服装やマナーをそれとなく観察しました。ゴミが落ちていないのには感心しました。動物園のお土産屋で売られている品々もそれとなく見てみました。トイレも綺麗でした。動物園の正面入り口のペンキが少し剥げかけているのを無言で見つめながら、子供が大勢やって来る春までに塗りなおせばよいのになあ...と、気になりました。
★ 光州事件(5・18事件)の民間犠牲者を埋葬した広大な丘陵地の国立公園墓地を訪問しました。 想像を遥かに超える規模のものでした。 時間切れで充分に墓石のひとつ一つを訪れて敬意を表することも、資料館を訪れることもできませんでした。
しかし、光州事件とは無関係の、一般人のための市立公園墓地を訪れました。
これまた私たち日本人が考える公園墓地のサイズとは規模が違います。広大な墓地でした。墓碑の傍に樹木は植えられておらず、連翹レンギョウや紫躑躅チンダッレ、桜が墓地公園の中の道端などに植えられていました。そのため太陽光線が燦燦と墓地全体を照らし、陰気くさい雰囲気はいっさいなく、統一された規格の墓碑が整然と何千と並んでいました。花屋がありましたが、生花と同様に箱入りの造花を販売していました。生花の場合、腐ったり、あるいは花受けの水が腐敗したりして、しばしば蚊が湧くことがありますが、管理が徹底しているのか朽ち果てた生花を見ることはありませんでした。 日本の墓事情よりも明るく健康的だとの印象を受けました。
てんでばらばらの国民性が売り物の韓国人にしては、珍しく整然と統一されているのには驚きましたし、脱帽でした。兵隊さんが行列しているような印象を受けました。埋葬されている多くの人々が軍隊生活を経験しているからかも知れないと思いました。遺族もそのようなことに慣れているのかもしれません。
写真撮影の前に、韓国式に、地面に正座して、頭を下げてから、撮影をしました。
★ 光州市東部に位置する無等山の山頂に到る蛇行する渓谷に沿って敷設された道路はすべて舗装道路でした。大きな発展・変化です。道中、道路わきの日の当たる山腹には数多くの無記名の土饅頭が並んでいました。この世を去った多くの村人が土葬されているわけです。素朴で、自然で、何の装飾も施してない土饅頭の山々には威厳さえあるように感じました。 去り逝く人を埋葬するのに数百万円もの大金を要する日本の異常な現実を、純朴な土饅頭と比較して、羨ましく思いました。
私が天に召されてこの世を去り逝くとき、感謝とハレルヤの一言を唇に遺して、彼らのように質素で自然な方法で土に帰ることができれば、どんなに素晴らしいことであろうか...などと考えました。『私の終りは彼らの終りのようでありたい...』と願った旧約の人物がいたのを思いました。 民数記23章10節です。
1968年と翌1969年に韓国を訪れたとき、忠清北道東北端の堤川ジェイチョンという歴史のある村を訪問したことがあります。ソウルから満員の鈍行列車で堤川駅に着き、そこからタクシーを雇って目的地に向かったことがあります。しかし道路らしい道路はなく、30cm四方前後の大きな岩ばかりの「道」でした。人々は徒歩で進みますが、運転手は『ここから先は道路予定地だから進めない』と宣告しました。当時はそのような道路事情でした。
1970年末期に到っても韓国内各地の道路は基本的に同じように未舗装でした。車やバスがもうもうと砂埃を立てながら走っていました。堤川駅のタクシー運転手がいみじくもつぶやいたように、「道路予定地」ばかりでした。
しかし、今回の光州の田舎道は、無等山に到るまで、完全に舗装してありました。
しかも良質な舗装道路でした。 国力の向上を実感しました。乗り物に乗っていてもお尻が痛くなくなることもなく、シャツの襟首が汚れることもありませんでした。脱帽・拍手・喝采で、大韓民国万歳!...でした。
国力向上といえば、どちらのホテルでも食堂でも、トイレット・ペーパーの品質の向上も目覚しく、これも秘かに拍手・喝采・大万々歳でした。1970年代中期でも、トイレット・ペーパーの紙質は粗悪で、サイズは小さく、色は灰色か馬糞紙のようなものが一般的でした。訪韓するごとにスーツ・ケースの中にトイレット・ペーパーを潜ませていたものです。しかし、今回、ウォッシュレット・トイレも普及し始めていました。昔のような「運の尽き」危機状態は解消されつつあるようで、これも大韓民国万歳!の一つでした。民生の向上は楽しいものです。万歳マンセーです。
しかし、ラヴ・ホテル周辺、すなわち韓国版新宿歌舞伎町界隈は、ソウルでも光州でも、ゴミのポイ捨てや、売春婦の名刺サイズの宣伝用カードなどが大量に地上に散乱し、「汚い!」のひとことに尽きました。
公徳心欠如と叫びたいのですが、私が住む八ヶ嶽南麓でも、ポイ捨てゴミで美しい自然が汚染されています。地元の人たちも捨てるようですし、都会からの行楽客もポイ捨てをやります。富士山の世界遺産登録など暴言であり、夢物語です。時すでに遅すぎると思います。地球規模で人間が持つ深刻な公徳心欠如ということになるのでしょうか?宇宙空間に進入してゴミを捨てて帰るのが科学者たちです。