私 は 兄 弟 の 世 話 人 で し ょ う か ?(5)


★    今回の光州民族博物館訪問という大義名分のほかにも、済州大学から光州大学に転職した金五南君の消息を直接聞き出すという目的がありました。
 清渓川スラム出身のある親しい友人を通して全南国立大学獣医学部に対して金五南君の消息を電話でいくどか尋ねてもらったのでしたが、個人情報保護ということで、何も情報を得ることができなかったという苦い経験がありました。

 そこで今回の訪光には、金五南君と一緒に済州島で写した私の家族の写真アルバムを提出して私の身分証明とし、協力を求めました。民族博物館で開催したばかりの特別写真展の異邦人が私であるとも説明をしました。 
 同大学を退職した金五南君のその後の消息を知っておられそうな、同じように退職なさった教授たちに電話をしてくださり、金五南君がすでに他界していた事実だけを確認することができました。しかし遺族の現住所や電話番号、それと墓地の所在地は残念でしたが、わかりませんでした。辛い瞬間でした。
 教務課の女性職員四名が学生食堂に案内してくださり、大学生たちの極めて旺盛な食欲を満たすために、バランスの採れた食事を学生たちがおいしそうに食べているのを目撃しました。1980年初頭にはとうてい想像もできない変化でした。典型的な刺激の強い韓国メニューで、私が口にしたのは少量の米飯と辛くない野菜少々でした。

 食事後、女性職員たちが大学内の植物園に案内してくださり、いろいろな種類の日本の植物が植えられているのを見つけました。反日感情が少し和らいでいるように感じ、新しい韓国民が生まれ育っていることをも感じました。一番若い女性職員がフルートを練習していると話してくださいました。フルートのことからメールの交信が始まりました。金五南君の遺族を捜してくださるという約束が忘れ去られることは無いだろうと安心できるようになりました。虎屋の羊羹を差し上げました。

 民族博物館の開幕式が午後3時からですので、朝9時前にホテルの前からタクシーを利用して広い光州市内をあちこち見歩きました。見知らぬ土地で、訪ね歩く時間と体力の消耗防止にタクシーが役立ちます。バスの発達している韓国ですが、どのバスがどこに行くのかを把握するのは、旅行者には極めて困難なことです。
タクシーに頼るしかほかに手段がありません。ほとんどのタクシー・ドライヴァーを私は信用するように心がけています。どこの国であっても、外国人旅行者と見れば、法外な料金を請求したり、わざと遠回りをしたりする不届きものは必ずいます。

 タクシーの運転手には、「先生さん」とか「技術者さん」とまず呼びかけます。そして自己紹介をします。また、運転手の家族のことを尋ねて会話をします。そうすれば、ほとんどの運転手は、年配者で日本のことをよく思わない教育を受けた人であっても、微笑みながら親切に応答してくださいます。チップも渡します。土地の地理が全くわからない外国人にとって、タクシー利用が結局は最善です。

 想像を遥かに超えた大規模の金大中コンヴェンション会館や、光州市民を拘束し、軍事裁判にかけた臨時軍事刑務所跡地や臨時軍事裁判所跡地がある5・18自由公園を訪れました。これらの建物を現在復元中でした。訪問帖に日本人の氏名がところどころ見当たりました。女性職員が出てきて親切に声をかけてくださいました。

★ 日本の統治時代に日本軍人や日本警察官による朝鮮人に対する暴行とは違って、同じ韓国人軍人が同じ韓国人市民を大量殺戮・虐殺するという残忍さを、展示されている写真や当時の新聞から見せ付けられたのです。軍隊とは、敵がだれであれ、一人残らず殲滅することを使命としている殺人専門家集団です。災害救援活動に出動するだけの日本の軍隊の姿を私たちは見ています。ずいぶんと誤解しているのだと、そのように教えられました。言葉が穏やかでありませんが、殺し屋集団です。
 
 明治維新前には大政奉還とか戊辰戦争という、日本人同士がにらみ合うという内乱がありましたが、その後の日本は天皇を頂点とする縦社会となり、いろいろな差別は残ったでしょうが、お互いが直接殺しあうという内戦は消滅したかと思います。

 しかし今回光州を訪問することによって、古くから現在に到るまで継承されている朝鮮半島内の地域差別意識の現実を、光州事件という現実の記録を通して改めて学び、衝撃を受けました。人間とは、残忍な大量殺戮であっても、偽りの名目があれば、平気で行うことができる存在であると知らされ愕然としました。このようなことを国家の判断や命令で行うことが多いようです。世界各地で同様なことが行われているようです。 

 そして国家といえば、北朝鮮最高首領金正日キム・ジョンイルの命令か同意のもとに日本人を拉致するという未解決の問題があります。国家威信をかけた犯罪行為です。
 その反面、拉致された人々の家族が実際には放置されたまま、日本政府の国家威信をかけた国家的企画で、日本人のほとんどが日本歴代政府によって拉致され、北朝鮮を憎み恨むように感情的に導かれ、これに日本のマスコミも同調しています。冷静な対応や、具体的な問題解決の外交手段を見出せないまま迷走したままのようです。

 長く朝鮮半島内で数多くの地域対立や殺戮を体験して来た韓国人の多くが、日本人拉致問題に対して極めて無反応、無頓着、無関心なのは、拉致を含む闘争の中で培って来た歴史経過を多く重ね、体験を通し知っているからではないのかと、そのように思いながら光州事件跡地を巡り歩きました。対日感情が未だに改善されていないということも背後にあるのだろうと思います。日本人は戦後急速に人権意識を持つようになった民族です。大日本帝国時代には、そのような意識は存在していなかったと思います。急に民主主義の先生になったように振舞っていると思います。

★ 光州民族博物館長さんのご好意とご配慮で、市内に30ヶ所ほどあるといういろいろな博物館などの公共施設の電気・電子関連の責任者の孫敬雨ソン・キョンウさんが運転して下さった自家用車で、広大な光州広域市の案内をして下さいました。おかげさまでまる一日をかけ光州市内各地の見学ができました。感謝でした。

 この孫敬雨さん、物静かな青年で仏教徒です。5歳の坊ちゃんと生後2ヶ月前後の赤ちゃんの父親です。携帯電話の画面に赤ちゃんの顔が納めてありました。今秋には光州市の公費留学生として仙台で電子工学の研修を予定されています。運転中にも背筋がすきっと伸びた姿勢でした。軍隊生活の影響かなと推測しました。礼儀の正しい、思い遣りの深い紳士でした。 

 動物園、光州市主催光電子工業エキスポ、無等山ムドンサン(海抜1,186m)、市内の広い佛寺の堂内で静かに祈る仏教徒たちの姿、仙人のような儒教学者が嘗て住んでいたという伝統的な韓国男性の居住地跡地、発掘された14世紀頃の窯の跡、5・18事件で命を捧げた一般市民犠牲者多数が眠る国立墓地公園などを、駆け足で廻ることができました。ありがたいことでした。
 
 韓国空軍基地があるのでひっきりなしに凄まじい轟音を響かせながらジェット戦闘機が市内上空を旋回飛行していました。日本なら住民が騒音差し止め訴訟を起こすだろうと考えましたが、北と対峙している臨戦状態にある国であり、人々は何も苦情を言っていないようでした。大陸性の国民だと改めて思いました。

 まあ独りでどこに行っても何とか下手な韓国語で大体の用を達することができました。聞いて下さる側には、おかしな発音をする日本のハラボジの言わんとしていることを理解しようと努力をしてくださっていたようですので、恐縮でした。英語を補助的に使う機会は皆無でした。英語を解される方とお会いする折もありませんでした。地方の普通の人に英語を理解して貰おうと考えるほうが無理な話です。 

★ 広大な光州市です。体力と時間とエネルギーの消耗を防ぐためタクシーを利用しました。光州のタクシーの初乗料金はW2,200(=\180)のようでした。お釣りはチップとして受け取りませんでした。小銭が溜まるのを防ぐためでもありました。運転手はお客の爺さんが日本人旅行者だと直感しますので、キリスト教の「僕仕ボクシ」だと説明しました。そこから会話が弾むことが多かったです。

 小淵沢駅を朝10時の特急で新宿に向かい、少量のお土産を京王百貨店で購入し、羽田空港に向かいました。羽田から金浦空港経由で光州空港に到着したのはすでに夜10時を過ぎていました。差別されている全羅南道の田舎の空港です。案内所にすでに人影はなく、売店も閉まっていました。途方に暮れました。

 ほとんどのタクシーが空港から立ち去るのを目撃していました。しかし二、三台のタクシーがまだ残っていました。如何わしいオッチャンが近づいて来ました。
 でっぷりと下腹部分がたるんでいる中年男でした。一目で普通のタクシー運転手でないことはわかります。目の前に駐車している居残りタクシーを見てなんとなく普通のタクシー・ドライヴァーでないことは一目瞭然です。蜘蛛助さんの出動です。さりとて無人の暗くて広い空港待合室で寒い一夜を独りで過ごすわけにはゆきません。不当な料金をぶったくられるのを覚悟で市内のホテルまで案内してもらいました。

 到着したのは案の定ネオンがきらめくラヴ・ホテルでした。市内のどのあたりなのもわかりませんでしたが、地獄に到着したわけでもなく、天国に来たわけでもなさそうです。人間社会の一部には違いありません。ほかに選択肢のない状況下にいます。社会見学と決めこんで一夜を過ごすことに決めました。規模を遥かに縮小した光州版の新宿歌舞伎町界隈と同じようです。韓国の地方のホテルにしては珍しく歯ブラシと歯磨きと櫛を入れた袋を呉れましたが、男女が一夜を過ごすために必要な品物までも含まれているご親切な黄金色に光った派手な袋でした。カラオケの騒音が子守唄でした。すぐに熟睡しました。無人空港での野宿より遥かに増しです。

 翌早朝ホテルを出て歌舞伎町の社会見学をしました。ソルロン湯タン食堂と書いた看板を掲げた食堂を見つけました。火傷しそうなほど熱い、よく火の通った麺類ですから安心できます。予測どおり熱い麺類でした。牛骨ストック・スープに揖保の糸を少し底に沈めたような物で、韓国料理特有の香辛料が珍しく少なく、大蒜(ニンニク)の香りが微かに薫る程度の麺類です。W6,000=\500弱でした。
 トガニ湯タンという、基本的に同じ種類の麺類がありますが、これは牛の膝蓋軟骨を加えたものです。韓国式香辛料が前者より強いもので、W10,000=\750ほどです。
  
★    次の夜は博物館が推薦してくださった市内中心地のホテルに投錨しました。三日目の夜はソウル国立大学の近く、漢江ハンガンの南側のホテルを利用しました。しかし両方とも準ラヴ・ホテル並みでした。住宅事情や儒教の影響が強い韓国だと感じました。人間である以上は男女共にそのようなホテルを一時的に利用せざるを得ないものと私なりに理解しました。

 光州で二日目に宿泊したホテルでも早朝に外出し、社会見学をしました。ホテルや夜の商売をする店から排出されるもろもろのゴミやビール缶などの廃品を黙々と回収している中年を過ぎた男性を見かけたので声をかけました。

 嘗てソウルの中心地、人口6万人の清渓川チョンゲチョン貧民窟に住む多くのアジョシ(小父さん)が従事していた仕事です。ノンマチュイ、屑拾いに従事する人のことをそのように呼んでいたかと記憶しています。道路端に腰を下ろして、アジョシの目より低い位置から話しかけました。通常そのような職業に従事している人に話しかける人はいません。1日の労働で約1万ウォンか、せいぜいで2万ウォンになると答えてくれました。天気が多少悪くても働くと言っていました。日本金にすると\600円から\1,500になるとのことです。ビール缶の中に残っている液体を缶から一つずつ流しだしては右足で踏み潰し、袋に入れていました。嘗て私たちが住んでいた世田谷の八幡山に、川崎からリヤ・カーを曳いて屑物回収に廻っていた韓国人のアジュンマ(小母さん)と話し合ったことや、清渓川の仲間のことなどを懐かしく思い出しながらアジョシと話をしました。早朝から楽しい社会見学ができました。

 すでに述べましたが、住宅事情や儒教の教えの影響が、人間の自然な営みの一部である男女のことに対しても、或る程度の社会的制約を加えているのか、それともそれが韓国人の好みなのか、どこのホテルでも、日本やアメリカではとうてい想像もつかないような露骨なポルノが24時間ぶっ通しで有線テレビから流れていました。倫理規制などというものは完全に欠落していると思いました。そのような露骨な有線テレビ局が少なくとも3局ソウルにも光州にもあったように思います。 
 しかし、普通の人間が営むことの一部です。大したものではありません。愚劣なものです。ニンニク・パワーとキムチ・パワーが合体した最高発散番組です。
 そういえば、最近のソウルなどでは、女性の夜間一人歩きは強姦されることを招くのが必定などとささやかれ始めました。解放後と比べればずいぶんと時代が変わったように思います。だんだんと東京に似てきたように思われます。

★    有線テレビといいますと、シャーマニズム化して神秘的傾向が極めて強い、自称「福音的キリスト教会」による「伝道説教」も、ポルノ局と同じように、24時間中断することのない、継続番組を流している局が、確か3局あったかと思います。韓国人・朝鮮人の極めて激しい猪突猛進的な気性の一面を理解するのに役立ちます。 

 イェスさまもさぞかし苦笑なさり、迷惑なさっておられるに違いないと、そのように思いながら、時間つぶしと、韓国語視聴覚訓練と、韓国人の信仰理解のために観察しました。生活力と自己主張満々の韓国人の日常生活の一部であろうかと思い、韓国社会文化の見学を続けました。内容がキリスト教に関係するものであり、ほかの分野の放送よりも、理解するのに苦労はしませんでした。しかし、ポルノ放映と同様に、内容は大したものではあり得ず、辟易したのは事実です。 
 
 日本では考えられないことですが、放映されたテレビ教会では本格的な交響楽団を所有しているようでした。バッハであれ、マーラーであれ、モーツァルトであれ、ヘンデルであれ、人の心の奥底にまで達する芸術的に高度な交響曲などを演奏するというのではなくて、あるいは東方教会やロシア教会やコプト教会やローマ教会のように静かで心を揺さぶるようなアカペラ讃美ではなくて、やかましく讃美歌演奏をしているので、コリント前書13章1節が語る「鐃鉢」のように私には思えました。 
 しかし、外国人の末期高齢者で、静かな音楽を好む部外者が兎角言うべきことではありません。それはあくまでも韓国人に向けて、韓国人が制作し、放映している番組です。比較すること自体よくないことでしょう。

 立派な交響楽団が演奏する大音響の煽動的な調子の讃美歌に併せて、これまた派手な服装をした説教者が、「宗教という酒」」(エペソ書5章18節参照)に酔って、絶叫的説教を繰り返していました。この種の宗教番組も24時間連続放映されていました。
 そのような宗教番組に酔い、それを好み、それを聖霊の働きである...とする民族性があると思いました。この種のシャーマナイズされた韓国キリスト教が、日本各地にも宣教師と自称する男女を送り込んでいるのです。日本の教会がその異常さに気付けないことが多いようです。ニンニク・パワーとキムチ・パワーがシャーマニズムと合体しているように思えます。とうてい追従することができません。

 1円入れるとすぐに百円が出て来る... 10円入れると千円がすぐに出てくる... このように期待させ、期待するご利益宗教が24時間有線テレビで流れていました。 
 そのような理論の話を或るアメリカの宣教師が、嘗て私たち日本人福音伝道者たちに大磯での福音伝道者たちの全国集会で得々と語ったことがあったと思いだしました。
 ピラミッド型の宗教組織を総動員して、金儲けに徹する、自称伝道集会メッセージでした。常識ある多くの一般韓国人の顰蹙を買うのも無理のないことです。タクシーの運転手たちの中にも仏教徒が居ますし、そういう人のキリスト教テレビ伝道に対する批判も厳しいものがありました。自分だけよいことをしているのだという宗教酒に酔いつぶれることはよくありませんし、一般の人の目は節穴ではないと感じました。

 同じタイプのテレビやラジオ伝道をアメリカ留学中にたくさん見ました。だいたい同じタイプで、神癒を中心とした自己陶酔型の説教者たちが絶叫を繰り返していました。人間共有の生老病死に関係する悩み、人間関係などの弱点を巧みに利用して金儲けをするというピラミッド型の宗教組織の構成は万国共通のように思います。実に馬鹿らしい番組だと思えましたが、一応は、ニンニク・パワーとキムチ・パワーが韓国製宗教酒パワーと混ぜられた一種の宗教儀式として視ておきました。 

 ローマ教会は、今までの私の理解が足りなかったのかも知れませんが、荘厳な儀式を好む韓国の人々が増えたのか、人気が出て来ているように感じました。知り合いの人々の中に、あるいは父母の中に、ローマ教会に通う人が案外多いことに気付き始めています。騒々しい「プロテスタント福音派教会」に反発する人も増えたようです。
 有線テレビにも、ローマ教会主催の24時間宗教番組が流れていました。教会堂を用いないで、放映用セット空間を利用して、一部「福音派」教会の派手な番組と比較して、一般的に穏やかで静かな放映をしているように感じました。背広に近い形をした白色の洋服で語っている神父もいたようですが、韓国人の権威を尊ぶ民族性に合致するような位階聖職制度を巧みに利用した聖職者が、語りかけるように、説得するように説教しているように思えました。 

 そのほかにも、仏教の法話を中心とした24時間放映もありました。これも、語りかけるような、穏やかな番組でした。法衣を纏った仏僧も居ましたし、普通の洋服を着た人も喋っていました。光州で仏教寺院を訪ねたときにも参拝者たちは静かでした。

 だいたい殆どの有線テレビ番組を、30局以上あったのかと思いますが、三つのホテルで見ましした。あとの番組内容は、人間の営みというものはどこの国であれ基本的に同じだと思いますので、内容も同じようなものでした。各種スポーツ番組あり、英語教育局あり、お笑い番組あり、料理教室あり、手工芸番組あり、世界不思議発見番組あり、韓国の時代劇あり...でした。当然のことです。 
 コマーシャル放送を注意して見ました。嘗ては日本のコマーシャルをそっくり真似たものが多くありましたが、今回三つのホテルで見た有線テレビ局のコマーシャル番組にはそのような模造作品を見ることができませんでした。韓国人の自信確立を垣間見たように思いました。拍手・喝采でした。 

 自宅に居る時、普段はニュース番組や教養番組、天気予報、それに NHKの大河ドラマ以外にほとんどテレビを観ない私ですが、地理がわからない土地を訪れている関係で、そして加齢化した理由もあり、ホテルに閉じ籠り有線テレビを観て過ごしました。体力の消耗を防ぎ、騒音と臭気と埃だらけの街を避けたかったものと思います。

 イェスが愛されるこの地上に住む人間と、その人間が作り上げるテレビ番組です。愚劣な内容のものも多くありましたが、これは最近の日本の番組内容も同じです。心を打つような内容の番組を観ることはできませんでした。言葉の不足という問題もあったかと思います。日本のテレビ番組でも、出演者の言葉遣いや服装も粗野で、日本国民総動員総白痴化番組の連続のように昭和一桁の私は思います。文化や倫理や道徳を破壊する番組だと思います。そういう意味で韓国社会から急速に儒教的な道徳的な影響が消滅しているように思います。物質的に急速度で世界パワーに達しつつある韓国にも日本と同じような傾向があると思い寂しくなりました。
 
 人々の心を纏める求心力がなくなる時の危険性を士師記21章25節は警告します。『おのおの己が目に嘉ヨシと見ゆるところを為せり』...と。
 結局のところ、聖書的基礎を欠く文化から優れた道徳規準が生み出されることは極めて困難であり、愚劣なものが多いように私は思います。聖書的価値感覚、倫理観念を欠く文化基盤から、人の心を打つ善い文化が生まれてくることは不可能に近いと私には思えます。文明が発達しても人の心が豊かになるという保障はありません。

★    NHKの衛星放送は韓国でも視ることができます。NHKニュースも視ました。或る韓国人が、『あんな老人たち、勃起もできないハラボジ=老人たちが、どうして「立ち上がれ日本」などという政党を、自分たちの無能力さをすっかり忘れて叫ぶのか!?...と発言していました。
 
 また別の、物静かな中年紳士は、『あんな保守的で右翼の国粋主義者たちが、今後の新しいアジアを築き上げることなどできるわけがない。北東アジアの新しい明るい未来を担うことなどできるわけがない!人物がいない!』と、吐き出すようにつぶやいているのを耳にしました。二人とも正直で、的を射た批判だと思いました。  
 普通一般の人は、どこの国であれ、決して愚者ではなく、日本のこと、日本の政治のあり方を、鋭く観察しているのかと思いました。そのとおりであり、万歳でした!

 泰タイにしても、日本にしても、立派な政治家 statesman は不在で、政治屋ばかりが多すぎると、ソウルのホテルでNHK衛星放送ニュースを視ながら思いました。
 独逸のワイツゼッカーのような優れた政治指導者が、どうして北東アジアに生まれ出ることができないのか...を考え、ユダヤ・キリスト教文化背景の欠落が招く決定的な弱点を考えながら、「立ち上がれ日本」を叫ぶ老人政治屋たちを眺めました。
 
 ソマリヤ沖で韓国海軍が、海賊に拿捕された油輸送船を救出しようと作戦を練っている報道と、北朝鮮との海上軍事境界線近辺で突然爆沈した韓国哨戒艦「天安チョナン」のニュースが繰り返し報道されていました。ほとんどの韓国人にとって永田町のハラボジ(爺さん)政治屋たちが叫ぶ「立ち上がれ日本」政治などに全く関心はないようでした。