★ ユりカ!という叫び声があります。 発音はユりカ、平仮名にアクセントです。「eureka」は女性の名にもなっていますし、カリフォルニア州の標語にもなっています。 同州北西部で、オレゴン州との境界近くにある町の名にもなっています。
ギリシャ語で、『わかった!』とか、『見つけた!』とか、『しめた!』の意味です。 『やった!』とも、場合によっては訳せるでしょうか... 英語で言うならば、『I have found it ! 』となりましょう。
ギリシャの数学者・物理学者のアルキメデスが王冠の金の純度を図る方法を発見した時に、思わず彼が発した叫び声だと言われています。
円・球・楕円・放射線、それらの回転体の求積法や、梃の原理など、アレキメデスの原理を発見した学者で、紀元前 287年~ 212年を生きた人だと言われています。
考えごとをしながら入浴していた時に問題の解決方法を発見したので、思わず裸のまま外に飛び出して、『わかった! 見つけた!』と叫んだと語り伝えられています。『ユりカ!』とは、わからなかったことを見出した喜びの叫びであったのです。
★ これに似た、或はこのような意味を表す東洋の表現ですと...
平安初期を生きた日本天台宗の開祖で、近江出身の最澄という上人がいます。事典によれば、受戒後の 785年(延歴4年)比叡山に入って修業し、法華一乗思想の中心として一乗止観院を建立。804 年(延歴23年)に遣唐使として入唐し天台教学んで翌年帰国、天台宗を設立した人物です。以下省略します。
この最澄法師が語った言葉だそうですが...
『解脱の味は独り飲まず、安楽の果は独り証せず』と言われたそうです。
すなわち仏教的発想ですが、束縛から離脱して自由になるということ、現世の苦悩から解放されて絶対自由の境地に達すること、到達されるべき究極の境地、涅槃状態に達した喜びというものは、決して独りで楽しむものではなく、ほかの人も同じ涅槃の境に入って欲しい...ということであろうかと、素人の私は理解しています。
キリスト教の言葉で言うなら、救いの喜びを、ほかの人とも分かち合いたいということでしょうか?
★ 今日は、この「ユりカ」、「見出した喜び」ということを、「友を得た喜び」ということで捉えてみたいと考えます。 『よい奴をみっけた!』という意味です。
新約聖書ヨハネ傳1章43節~50節に、ガリラヤ地方に行こうとされた主イェスがピリポに出会われたことを記しています。 主イェスはピリポに、『我に従え!』と誘われました。 ささいな出会いと思われたことが、ピリポのその後の生涯を大きく左右する全く別な世界へと導いたのです。 「善き師に出会わずば学ばじ...」です。
善き師に出会ったと確信したピリポは、ナタナエルに向かって、『旧約聖書が豫言し、約束していた人、イェスに出会った』と語り、『お前も出て来て、会ってみろ!Come and see!』と誘いました。 ピリポもナタナエルも善き師に出会ったのです。人生とは、善き師、善き友、善き伴侶に出会うことで大きく変わって行きます。
★ 先日フロリダの或る墓碑の前で、或る韓国人家族が集い、一家の大黒柱が召されて1年目のメモリアル・サーヴィスを捧げました。 故金世福 キム・セボク 兄の墓前礼拝でした。 私がこよなく愛した兄弟で、同地の韓国人教会の牧師をしていました。
近日中に「神の声を聞く会」が出版する予定の小冊子があります。 50数回に及ぶ私の訪韓雑感です。 「光州訪問記」と題したものです。 拙文の中で私がどのようなわけで韓国で奉仕をすることを決めたのかを説明してあります。
最初に訪韓を決意させたのは、今はフロリダの墓石の下に眠る金世福兄からの誘いでした。 1968年夏、韓国がいまだ赤貧状態にあったとき、金浦空港傍にあった短大(現在は四大)Korea Christian College の同窓会長をしていた金世福兄弟が、日本の諸教会に航空便を送りつけ、国際キャンプへの参加を呼びかけたのでした。当時の韓国内の状況が悪かったので誰も応じませんでした。 私だけが応じました。
金世福兄は、誠実で熱心な青年でした。 曲がったことが嫌いな青年でした。寡婦の母親を良く支え、妹たちの面倒をよくみながら母校に関係する印刷所で働いていました。 極めて排他的で、恐ろしく律法主義的な宣教師の下で働いていました。
韓国人の渡米は勿論のこと、永住権入手など不可能に思えた時代でした。
彼の人格や信仰上の悩みを十分に理解した私は、テネシー州ギャラティン教会に依頼して、移民割り当て枠外の、牧師としての資格で招待してもらいました。
このことで金世福兄は渡米し、家族の呼び寄せに成功しました。現在は家族一同が良きアメリカ市民として、看護婦などの職を得て、米国各地で生活をしています。
この金一族が今後も、良きアメリカ市民として生きて行くことを確信しています。そして、この金一族の渡米のきっかけを提供できたことを私は誇りに思っています。
★ それだからと言って、私が金世福一家に何かをした...、できた...ということで、自慢しているわけではありません。 金世福兄が1968年夏に私を韓国に招いてくれたことで、私は私で、そこから韓国への奉仕を始めることができたのです。 そして、私は私で、韓国の多くの人々に愛される存在として、生きる喜びを学んだのです。
★ 聖書は、ピリポがナタナエルに対して、『イェスという師を見に来てみろ!』と誘ったと語ります。 神は、多くの場合、人を用いられると、私は確信しています。神は神の大きな業の達成のために人を用いられると、そのように確信しています。
やがて豫言者となるエリヤ青年を養ったのは、自殺寸前の、名もない寡婦でした。『あなたの手にあるものは何か? それを地に投げてみなさい!』と、神はモーセにおっしゃいました。 喜んで持てるものを喜んで神に捧げることが肝心です。
★ 私たちはイェスに出会っているのです。 イェスに救われているのです。
『みっけた! 出会った! わかった!』の感動を決して風化させてはなりません。
イェスと出会った瞬間に発したあの感動の叫び声、『ユりカ! 主に出会った!』から始まった信仰をマンネリズム化させることは決して許されないことなのです。
その救い主イェスのために、どのように私たち自身の人生を捧げ続けて行くのか... そのことが問われているのです。
★ また、私たちは、他者に対する影響を軽視してはなりません。私たちは「平和ならしむる者」(マタイ傳5章9節)であり、「地塩世光」(13節)なのです。 これらはイェスご自身が語られた言葉です。
使徒パウロは、私たちが、「主イェス・キリストを知る薫りを到る所で放つ者」であるとコリント後書2章14節で誇らしげに告げています。 私たちの足が赴く所は、それが何処であれ、私たちがキリストの善き薫りを放っているということです。
世の人々が、私たちと私たちの生きざまを見て、私たちが残した足跡に触れるごとに、『このすてきな薫りは何処からやって来るんだ? これこそ生きるしるしの薫りなんだ! この人はただの人じゃないぞ! わかった! キリストの薫りなんだ!』と叫んでくださるように在りたいもの、成りたいものだと願うのです。
★ 主イェス・キリストの芳しい善き薫りを残してこの世を去りたいものだと、今は恩寵によって御国に憩う金世福君の凱旋召天1年目を迎えて心から願ったのです。