(2003・03・21を改定)
十字架はローマ帝国領土内僻地で、奴隷や身分の低い者、或は非ローマ市民で重大
な犯罪を犯した者に課せられた残忍な処刑方法だったと聞いています。
紐で十字架に死刑囚を縛りつけたまま、或は手足を釘で刺してぶら下げたまま放置
し、餓死させたとも聞いています。 死に絶えるまで群衆の目に晒す目的で街の外の
小高い丘の上が選ばれる事が多かったようですが、そこは同時に、上昇気流の激しい
場所でもあり、脱水状態に陥り、喉がカラカラに乾き切るような状態で餓死するよう
に仕向けたようです。 時として、苦痛を倍加させながら同時に死を早める為に脚の
骨を折る事もあったようで、ヨハネ伝19章31節以下にそのような言及があります。
十字架型以外にもT字架もあったようですし、後になるとX字架型も使われたそう
です。 清里の清泉寮のはX型で十字架を斜めにした形です。 使徒アンデレが架け
られた形だと言われています。 『主イェスさまと同じ形では申し訳がないし、使徒
パウロは同じ理由から逆さまに磔られたのだから、自分は斜め横型の十字架にして欲
しい!』とアンデレが申し出た...とされています。 参考までにですが、英国国旗は
主イェスさまの十字架とアンデレのX型十字架の二つを重ねたものだそうです。
次に、十字架の処刑史ですが、ざっと調べたところでは、アッシリヤ、ペルシャ、
カルタゴ(フェニキヤ)エジプトなど、主としてセム族系の国で用いられた死刑執行
の残忍な方法であったようで、最初は棒杭・棒柱から始まったと言われています。
主柱となる杭は、私たち日本人には一辺が約40糎程の太さで長さが4米前後の頑丈
な材質の大黒柱のような棒杭とでもいえば分かり易いのかも知れません。 この柱に
革紐で囚人を縛りつけて刑の執行をしたようです。 また、主柱には体を休める為の
一種の鞍のような木片がついていたという学説もありますが、足を支える小さな木の
台があったのかどうかに関しては疑問視する学者もあるようです。
固い地面には主柱を立てる為の1米前後の深い穴が杭のサイズに合わせて予め掘っ
てあったとも聞いていますから、同じ柱を何度も何度も使ったものと推定します。
それですから、死刑囚は自分が刑を受けるその主柱に組み合わせる横木だけを自ら
運ばされたようです。 運ばされたと言っても、両手で脇に抱えて運んだというより
は、両手首を横棒の両端に縛りつけられたまま、横棒を首の後ろの肩に乗せたままの
姿で運ばされたのだと思います。 この不安定な姿勢で引きずり歩くだけでも相当な
苦痛だったのでしょう。 前のめりに倒れても自分を支えるものは何もありません。
横棒と簡単に言ってしまいましたが、主柱の長さと太さから考えてみても、また、
東洋人よりも腕の長いコーカサス系(白人種の別称)やセム系(アフリカ系)の男が
広げる両腕の長さから考えてみましても、或はまた、囚人の全体重を支える為の釘の
太さから考えてみましても、横棒は一辺25糎から35糎四方の重い頑丈な角材でなくて
はならない筈ですし、長さは少なとも2米から2米50糎前後はあったものと思います。
腕の短い東洋人の男でも両手の幅は一間、即ち 180糎前後はあります。
この角材に両腕を縛られたままで処刑場まで運ぶ厳しい刑罰です。
(尤も、主柱は処刑の後に焼却したという説もあります)
もしこれが処刑囚の受ける刑罰の一部だとしますと、マタイ伝27章32節、マルコ伝
15章21節、ルカ伝23章26節で描写されていますように、主イェスだけが重い十字架を
自ら背負わさせられ、長い道のりを歩かさせられたという事になりますので、イェス
にだけ特別に余分な苛酷な肉体的疲労を与える為に、また、侮辱から来る余計精神的
苦痛を科す目的があったのではないのかな...と、そんな事を私は推測しています。
さて、十字架に囚人を架けて殺すという処刑方法は、その残忍性から古い時代から
用いられて来たと既に述べましたが、更に具体的に考えてみましょう。 出来るだけ
囚人を苦しめる事と目撃者たちに強い印象を与える事を目的としたのでしょうから、
まず地面に倒して置かれた主柱に囚人が担いで来た横棒を組み合わせて十字なりT型
を作ります。 そしてその十字架に囚人を押えつけて乗せ、両腕を横棒に革紐で縛り
つけるのです。 処刑中にもし雨が降ってその後で再び太陽が出て来ると革紐は乾燥
し始め、引き締まり、結果的に囚人の手首に食い込むようになるのです。
主イェスの場合には、恐らく紐で手首を縛った上で、太くて長い鉄製の釘を手首に
打ち込まれたのでしょう。 横棒に両腕を縛りつける時、左右に腕をピンと伸ばした
儘で縛りつけるのではなく、両腕が上下に少し動くような余裕を持たせた上で、刑の
執行人たちは手首の柔らかい所を狙って太い釘を打ち込んだのです。
その場合にも、左右に二組に別れた執行人たちが両腕に釘を同時に打ち込むのでは
なく、囚人の苦痛を増す為に、見物人への見せしめ目的もあって、どちらかの手首に
釘を先ず打ち込んだ後で、今度は反対側の手首を貫通して太い頑丈な主柱へと鉄釘を
打ち込んだのです。 麻酔は使いませんから激痛で気絶してもおかしくありません。
(あなたの創造力を全部使って主イェスのお苦しみを想像してみて下さい。)
釘を打ち込まれた囚人が痛みでもがき絶叫する中で十字架が太いロープで引き上げ
られ、十字架の下の部分が予め掘られた穴の中にドスンと落とされるのです。 その
時の衝撃はそのまま囚人の手首の傷に伝わります。 手首だけで全体重を支えている
のですから手首の傷は次第に大きく開いて行きます。 想像するだけでも残酷です。
次に執行人たちは囚人の左足の上に右足を重ね、両足の甲羅に太い釘を打ち込むの
です。 私の推測では釘の長さは少なくとも40糎から50糎なければ両甲羅を突き刺し
て主柱に打ち込めないと思いますし、太い釘でなければ激しい痛みで暴れてのたうち
回る囚人の体重を支えられないでしょう。 両膝の部分は縛りつけてないので自由に
動けるようにわざとしてあります。 こうして囚人は十字架へ架けられたのです。
後は、想像を絶する苦痛の中でジリジリと囚人が弱り、遂に死に到るのを待つのみ
です。 これだけを考えただけでも私たちには耐え難い事な筈です。
釘付けされた囚人の両手首の傷には彼の体重の総てが掛って来ます。 そして体は
下の方に少しずつ垂れ下がります。 激痛を越えた痛みが手首に加えられます。
痛いので暴れますから傷口は益々拡大し、身体は下にと垂れ下がります。 激痛は彼
の全身を走り、脳に達し気絶を招きます。 然し、体重が身体を下に引きずり落とし
ますから両手首に掛る激痛で再び正気に戻ります。 身体中の神経を走る激痛で麻酔
なしの身体はのた打ち回るのです。 その動きが肉を裂き、更なる激痛を招きます。
両膝を縛らない理由がここにあります。 身体を動かせるようにしておいて囚人に
暴れる折りを与え、それによって更なる激痛を加える目的があるのです。 中枢神経
に激痛が走りどうしです。 両手首と両足を釘付けにされた身体は腰の辺りの自由な
部分を中心にして十字架の上で海老のように踊るのです。 気絶と正気との間の往復
が繰り返され、ジワジワと、そして急速に体力を喪失させる残酷な処刑方法です。
極度の、焼けつく炎のような激痛が指先から手首に、そして両腕に、更に脳神経へ
と走ります。 両手首を貫通している太い釘とその傷口は絶え間なく中枢神経を刺激
し続け、正中動脈や静脈の働きを妨害します。 身体の重みで垂れ下がる自分自身と
それから来る激痛から自分を救う為に無意識に囚人は身体を上に持ち上げようとしま
す。 それをする為には、釘が突き刺さったままの両甲羅で自分自身の身体を上へと
押し上げながら、同じように釘が突き刺さったままの両手首で身体を引き上げるしか
方法がないのです。 破られ砕かれた甲羅と手首の中を走る神経に激痛が走ります。
体力を殆ど使い果たしている囚人には身体を上に引き上げる力は残っていません。
気絶も出来ない程の激痛です。 やがて両腕は疲れ果て、痙攣が総ての筋肉を襲い
ます。 休む事のない激痛が次から次へと津波のように波打ちながら続きます。
こうして麻痺した筋肉は垂れ下がる身体全体を上に持ち上げる事をしなくなります。
両手首だけで万歳の姿勢で垂れ下がってしまって、自分の身体を上に持ち上げる事
がもはや出来なくなったという事は、空気を吸入する事が出来ても吐き出す事が出来
なくなるという事です。 つまり呼吸する事が出来なくなるという事なのです。
このような状態に陥った囚人は殆ど意識を失いつつあるでしょう。 それでも全身
の力を振り絞って、無意識にでも、自分の身体を上に持ち上げて肺に空気をもう一度
でも吸入し、そして最後の力を出して、肺から空気を吐き出そうとするでしょう。
そのような状態が続くに従い、肺や血流の中には二酸化炭素、即ち炭酸ガスが溜り
始め、これが痙攣を多少は抑圧する事になります。 断続的な痙攣の中にあっても、
殆ど意識を失いかけている囚人は、それでも何とかして身体を上に持ち上げて新鮮な
酸素を吸おうともがくのです。
終わりなく続く激痛に身体をくねらせたり、撥ねたり、もがいたりし、それら一連
の激しい動きが更なる痛みを招き、それがまた身体各所に絶え間のない痙攣を生じ、
そして気絶と仮死状態へと誘い込み、突き刺されて、ずたずたに切り裂かれた手首か
ら肩にかけての筋肉は、それでも固い頑丈な十字架の主柱の上で狂ったように身体を
揺り動かすのです。 絶え間のない上昇気流は囚人の身体の脱水状態を加速します。
急速に身体から多量の水分や血潮が抜け去り、そして最後に近い状態を招きます。
それでも別の新たな苦痛が無意識状態に近い囚人を襲うのです。 垂れ下がった身体
は呼吸困難を呼び、心臓や肺臓に過度の負担を掛け、心嚢には徐々にリンパ液が溜り
始め、それが心臓を圧迫するので肺臓にも深い痛みをもたらすのだそうです。
圧迫されてしまった肺臓と心臓はそれでも何とかもがいて呼吸をし、のろのろで
あっても血液を体内に送り込もうとポンプ・アップを試みるものだそうです。
極限状態に置かれて今まさに崩れ去らんとする肺臓は、それでも狂気じみた努力を
して、少しでも新鮮な酸素を呼吸しようと最後まで努力をするものだそうです。
空気を吸い込む時のガーッというような断末魔の音が不気味に響きます。
然し、ずたずたに切り裂かれた肉体に入って来るのはもはや新鮮な空気ではなく、
あの恐ろしい、冷たい死が引き裂かれた肉体の繊維の中に潜り込んで来ているのを感
じるだけなのです。 こうして遂に囚人は死に己を委ねるのです。
聖書はこの事実を淡々と述べています。 マルコ伝15章24節には『彼らはイェスを
十字架につけた』とあり、コリント前書15章3節には『キリストは私の罪の為に死な
れた』とあります。 ロマ書5章の中にもキリストの贖罪の死が説明されています。
このように残忍な処刑方法は、盗賊や殺人犯や暴行魔にだけ適用されていたものと
言われています。 それなのに、盗賊ではなくむしろ愛を与え続けたイェスさまが、
殺人犯でもなくむしろ人を生かすお仕事をされたイェスさまが、私たちの身代わりと
なって引き受けて下さったのです。 二人の極悪囚人の間に立てられた十字架の上で
私たちの罪の執り成しをしながら贖罪の死を遂げて下さったのです。
十字架の上で示された主イェスの愛は、何と素晴らしいものなのでしょうか?
それに引き替え、私たちは主イェスの苦悩を理解せず、十字架の痛みなどは想像だに
した事がないというのです。 何と恐ろしく身勝手な私たちなのでしょう。
主の食卓(聖餐)に与るとき、もう一度、この主の十字架の上でのお苦しみを深く
黙想してみる必要があるでしょう。 主のみ頭の先からみ足の先までを走る激痛を
覚えながら、それが私の罪がなした業だと学ぶ必要があります。
悔い改める必要があります。
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黒人霊歌 君もそこに居たのか