2008年3月アーカイブ

★  2月10日に書いて送信しました『癒されたのち仕え尽くしたマグダラのマリヤ』
を2月17日の週報「ベタニヤつうしん」に掲載しておきました。
  差し出されたイェスの癒しの御手に触れたマリヤが、そののち、イェスの十字架と
埋葬と復活に深く関わりを持ち続けた...という事実を紹介しておきました。

 

★  今日はそのマリヤをもう一度ちがった視点で見てみましょう。
癒されるということは、癒して貰った人への感謝の念につながるものだ...そして感謝
の念というものは、時間の経過と共に、より大きな感謝へと成長し発展し続けるもの
ではないのか...という視点で考えてみたいと思うからです。

 

★  マグダラのマリヤを猟奇的に採りあげた作品で、彼女をイェスの妻に仕立てあげ
た映画が世界中を駆けめぐり、賛否両論を巻き起こしたことがありました。
本邦初公開が1989年の『最後の誘惑  The Last Temptation of Jesus』です。

 

  イタリヤのルネッサンス期の画家・建築家・彫刻家のレオナルド・ダ・ヴィンチは
その最高傑作品の一つである『最後の晩餐』の中でマリヤをイェスのすぐ脇に置いて
遺しています。  ユニヴァーサル社の映画『最後の誘惑』も、ダ・ヴィンチの影響が
あったのかも知れません。  もともとは、ギリシャの哲学者で作家であったニコス・
カザンザキスの小説を基に作られた映画だったと記憶しています。

 

★  これらのことから考えてみますと、地中海沿岸地域には、イェスの没後、マリヤ
を巡って、さまざまな解釈が長いあいだ根強く受け継がれて来ていたようです。
  その多くは、マグダラのマリヤを、イェスによって救われ、慰められ、励まされた
売春婦と捉えて、猟奇的にイェスと結びつける発想から来ているように思えます。

 

  たとえば、ルカ伝6章36節~50節や、ヨハネ伝7章53節~8章11節に登場する女性
をマグダラ地方出身のマリヤと結びつけたがっているのではないかと思います。
  とりわけルカ伝8章1節~3節に登場して来るマリヤを、すぐその前の7章後半部
に出て来る女性と結びつるという誘惑があるからかも知れません。

 

  しかし7章後半部の女性が、すぐそのあとの8章の初めに出て来るマリヤであると
する聖書的な根拠はありません。  聖書は何もその二人の女性を結びつけていないの
です。  むしろ8章に出て来るマグダラのマリヤを、ほかの数人の女性たちと共に、
イェスによって七つの悪霊(七は完全数を表す)を追い出して貰った女性として捉え
ています。  悪霊を退治して貰ったマリヤと聖書は語っていますが、気の毒な身分の
女性であったとは語っていません。

 

  むしろマグダラのマリヤのイェスへの絶対的な献身ぶりを採りあげて、人間的な、
肉における親密度だけを誇張することで、マリヤとイェスとを捉えることで、その後
の小説に話題を提供し続け、それが最近では映画にまで到ったのだと思えるのです。

 

★  聖書は開かれた書物です。  誰でも自由に読むことができます。
開かれた書である限り、読む人によってさまざまな解釈が可能です。
  マグダラのマリヤを売春婦であったとか、イェスの情婦であったとか、イェスの妻
であったとか...、そういうように読むことも自由です。
  しかし聖書は、イェスは神の御子であり、私たちの救い主であると信じている者に
とっては、神の言葉なのです。  猟奇的な資料源ではないのです。

 

  ルカ伝8章初めのマグダラのマリヤと、ルカ伝7章後半部の女性を結びつけるもの
は何もありませんが、ルカ伝7章後半部の描写から私たちが学ぶべきことは、47節の
イェスのことばです。  『他の誰よりも自分は神によってより多く赦されている者で
あると確信する者は、他の誰よりも神を多く愛する者である』ということでしょう。

 

  『自分は神から赦される必要のない人間だ...自分はそんなに悪くはない人間だ...と
考えている人は、結局は神を必要ともしていないし、神を愛しようともしない人だ』
ということになるのです。  多く赦されていると確信している者だけが、神を愛する
ことにおいて、大きな愛をもって献身するものだ...と教えているのです。

 

★  ルカ伝8章のマリヤも、7章後半部の女性とおなじように、イェスによって愛さ
れ、癒された点では同じです。  イェスの右の癒しの手が優しく触れたという点では
同じです。  7章47節の聖句と同じように、8章2節の女性たちは、マリヤを含めて
のことですが、イェスの癒しの御手に触れて癒されたのです。

 

  マリヤはその生涯をイェスとイェス集団に仕えたのです。
身の危険を顧みずに十字架の磔の場にまで行き、イェスの十字架の上での苦痛を目撃
し、イェスの遺骸を引き取ることを手伝い、墓地に安置する準備を積極的に手伝い、
そして三日目の朝には墓地を訪ねて遺骸に香料を振り注ごうとしたのです。

 

  そして何よりもマリヤこそが復活されたイェスを一番最初に目撃することになるの
ですが(マルコ伝16章9節およびマタイ伝28章1節)、マリヤの一連の行為は、罪を
赦され、悪霊を退治して頂き、愛されているということを、彼女はその全身全霊をと
おして知っていたからだと思います。  イェスへの感謝の念と敬愛心が次第に豊かに
育っていったのです。  私たちが考えなければならないことです。

 

★  愛された者は、愛してくれる者へ、心からの感謝の念を抱くはずです。
そして、その感謝の念は、どんどんと大きくふくらんで行くはずです。
  マグダラのマリヤが為したことのすべては、イェスの愛と癒しに対する、限りない
感謝の念から湧き上がってきたものだと思います。  そしてその彼女の感謝の念こそ
が、マグダラのマリヤをマリヤたらしめたものであったのです。

 

★  私たちも亦、マグダラのマリヤや、そのほかの婦人達と同様に、イェスによって
無条件で私たちの罪を赦して頂き、イェスの優しい右の手に触れられることによって
生かされた者と創り変えられたのです。  私たちの心の中に、イェスへの感謝の念と
愛が目覚め、育って行かなければならないはずなのです。

 

  讚美歌 321番(=聖歌 263)の歌詞を静かに朗読してから、祈りの念と共に歌い、
最後に『ア~メン』と祈るのも、この際、よいのではないでしょうか...

 

★  小セネカ(Lucius Annaeus Seneca, 4 BC ? ~ AD 65ローマのストア派の哲学者
で、キリスト教護教家たちに大きな影響を与えた人物)が遺した言葉だそうですが、
『感謝できる心、感謝する気持ちというものは、ほかのどのようなものよりも高貴で
光栄ある、あっぱれな、名誉あることである...』とのことです。

 

  神さまはその一方的な恩寵によって、私たちに御子を救い主として与えて下さり、
十字架の出来事を通して私たちの罪を赦して下さり、御子を信じる者を神の子として
下さり、内在される聖霊を下さり、聖書を下さり、御子を信じる者たちをエクレシア
に呼び集めて下さり、主の十字架の出来事とその再臨を常に覚えるために主の食卓を
備えてくださり、再臨と、とこしなえのいのちの希望を与えて下さっています。
  すべて神さま側からの一方的な恩寵によるもので、まったく到り尽くせりです。

 

  エクレシアで同じようにイェスを救い主として信じ、この世を『旅人、宿れる者』
として巡礼する仲間を備えてくださっていることは、とくに感謝すべきことであると
私は確信しています。  独りではこの罪に満ちた世を渡ることはできないからです。
  エクレシアに共に集い、イェスを知る知識とその恩寵に共に育ち行こうとする仲間
のことをも、私たちはお互いに感謝する必要を更に学ぶ必要があると考えるのです。

 

  すべてのことを可能にして下さっている神さまに、私たちは感謝の念を深めたいと
願います。  それが神さまの愛に応える一つの具体的な道だと思うのです。

 


 

★  今では「あたりまえのこと」になっていますが、私がまだ高校生や大学生のころ
の日本では、こん日のように多種多様な運動が身近にあったわけではありません。

  しかし、東京オリンピックのあと、急速にスポーツ試合が盛んになりました。
「東洋の魔女」と騒がれて、女子バレー・ボールが盛んになりました。
  そののち日本の経済的国力の急速な増強と共に、こん日では、ありとあらゆる分野
においてスポーツが盛んになっています。  盛んになったというだけではなく、世界
最高水準に達していると思います。  このような現象は開闢以来かつてなかったこと
だと私は確信しています。  そして、それ自体は微笑ましいことだと思います。

  しかし、多くの場合、余りにもスポーツとオカネが関わり過ぎていると憂います。
また、アスリートたちの精神年齢が余りにも低過ぎ、彼らの多くの人格形成がお粗末
すぎるようであり、知的・文化的水準も余りにも貧弱すぎると私は見ています。
彼らを支援する親たちの露骨さ、下劣さも目立ち過ぎるように考えています。

★  私はスポーツにほとんど関心を示しませんし、貧しい国の青年達が参加しづらい
現在のオカネ中心で、国威発揮という政治的なものを感じさせるオリンピック競技に
も極めて冷ややかで批判的な目でみています。  貧しい国が圧倒的に不利ですから。

★  さて、これらの国際試合に参加する東北アジアの国々の選手たちも、応援団も、
そして後ろ盾をする政府も、たとえば、日本だけではなく、韓国も中国も北朝鮮も、
とにもかくにも『何がなんでも一番に!』 or 『金メダルを!』が合言葉です。

  スポーツを楽しむというような、寛いだ雰囲気は、多くの場合、全くありません。
応援する者の姿勢も、多くの場合、公平を欠き、問題が多過ぎるように思います。
「国 vs.国意識」だけが目立ち過ぎています。  「正正堂々」ではありません。

  何が何でも一番に!  何が何でも金メダルを!  いつになったらこういう傾向から
卒業できるのかと疑います。  露骨な立身出世...国威発揚...これじゃ疲れ果てます。

★  さて、いつものように前置きが長くなりました。
聖書はこの辺りのことを何と言っているのでしょう?

  マタイ伝18章1節~4節、20章26節~27節、マルコ伝9章35節~37節、10章43節~44節、
ルカ伝22章26節~27節、ヨハネ伝4章12節を読んでみますと、イェスの弟子もサマリヤの
女も、『誰が誰よりも偉いのか?』 or 『誰が一番なのか?』ということをしきりに問題視して
いることを学びます。
  どうやら人間というものは、洋の東西を問わず、人種や時代を超えて、そのような
ことに深い関心があるようです。

★  ところが、イェスの弟子たちの中の中心核の12使徒たちの中に、いつも五番目の
男がいたことを聖書は淡々と語っています。  『五番目でいいじゃないの!』です。

  マルコ伝3章16節、ルカ伝6章13節、そして使徒行伝1章13節にはイェスの12弟子
の名前が列挙されています。  ご面倒ですが恐縮ですが、皆さんがご自分で三ヶ所の
聖書箇所をどうぞ開いて、彼らの名前とその順番をご覧下さい。
  そしてピリポという男が、「いつも五番目」に来ていることに注目して下さい。
私はピリポが五番目に来ていても、それはそれでよいのだと思っています。

★  脱線追加情報ですが、ピリポはガリラヤ湖北東岸ベッサイダの出身者です。
ガリラヤ地方は、エルサレム地域とは文化的に異なり、ギリシャ文化・ローマ帝国の
色彩が強い地域でした。  そのベッサイダから出てきたのがピリポ Philip です。
ユダヤ人の名ではありません。  『馬を愛する者』というギリシャ語系の名です。

  現在でも英語で「馬」を表す言葉はヒップ hipp-  とかヒッポ hippo- です。
河馬は hippopotamusです。  フィリップ、フィリッポ、ピリポ...いずれも馬に関係が
ある言葉です。  hipparchは騎兵隊長、hippocampus は海馬=竜の落とし子です。

★  四福音書の中で、ピリポのことを一番多く取り上げているのはヨハネ伝です。
マタイ伝、マルコ伝、ルカ伝にピリポの名前が出て来る回数はごく僅かです。

  ヨハネ伝には、他の福音書と比較しますと、より多く出て来ます。
ヨハネ伝では、登場人物が、主としてイェスと出会う個人個人が、イェスと出会った
のちに、そのイェスをどのように捉えるのか...イェスを信じる者と育って行くのか...
それともイェスに敵対する者として育って行くのか...  そのことに焦点を当てている
ようです。  ピリポに対しても同じだと思います。  それでピリポが面白いのです。

  ヨハネ伝6章の初めから15節までは、イェスの生涯にとって極めて重要なひとつの
転換期だと思います。  15節にその鍵が隠されています。
しかし、そのことは今回のピリポとの関係では大切なことではありません。

  むしろ5節~6節のイェスのピリポへの質問と、それに対する彼の応答にヨハネは
強い関心を抱いたはずなので、わざわざピリポの返事を克明に記録したのではないの
か...と、そのように私は考えています。
  10節でヨハネは、『その場所には草が多かった』と詳しく観察していたことを記録
しているのですから、5節~6節のピリポの返事を記録した意味は重要だと私は考え
ているのです。

  5節~6節でのピリポのイェスへの返答は、極めて消極的なもの、否定的なものに
近い回答です。  それは、8節~9節のアンデレの半信半疑の回答よりも消極的だと
思えます。  また、ピリポの答には、計算高い要素も含まれているように思えます。

  5千人もの人を養った...と言われている、聖書の中でも有名な場面です。
当時のユダヤ人の考えかたでは、30歳にならないと「一人前の男」として認められな
かったようです。  この習慣に従いますと、30歳以上の成人がおおよそ5千人いたと
いうことになります。

  30歳より若い男性や子供たち、それに極めて大多数の婦人たちは、この5千人には
加えられていなかった可能性が大きいです。  少なく見積もっても合計で3万人もの
人々が群れをなしてイェスに従っていた...と仮定しても、それほど間違っていないの
ではないか...と、そのように私は考えています。

  今でも、新宿や渋谷のような繁華街でも、3万人もの人々に一度に給食を提供する
ということは不可能に近いのではないかと思います。  まして2千年も前のガリラヤ
の寒村僻地で群衆にパンを与えるということは、ピリポでなくても、戸惑ってしまう
ことでしょう。  ピリポが「計算高い男」といって非難することは容易でしょうが、
実際には、ピリポのほうが理性的、現実的、実践的だ...と言えるのでしょう。

★  またヨハネ伝14章8節でピリポはイェスに対し、『主よ、私たち(弟子たち)に
父なる神さまを見せて下さい...そうすれば私たちは安堵し満足しますから』と、率直
で、素直で、無邪気で、実に人間味のある、突拍子もないお願いをしています。
  この発言にはイェスも当惑ぎみのようであったと、9節でイェスが答えています。
この二人の会話を読んで、なるほどピリポは「五番目の弟子なのさ」...とおっしゃる
かたがたも出てくるのかも知れません。

  ヨハネは、これらの角度から、ピリポを捉えている面があったのかも知れません。
あまりパットしない男のような印象を受けてしまいます。  五番目でもしょうがない
なあ...ということなのかも知れません。  皆さんはピリポをどうご覧になりますか?

★  しかし、ピリポが「五番目の弟子」であったとしても、彼には「一番優れた男」
としての大切なことがあったのです。  ヨハネは、そのことを見抜いていたのです。
  この「馬を愛する男」であるピリポがやった最大・最高のことは、「人々をイェス
に紹介した」ということです。

  私も、私なりに、短いようで長かった自分の人生で、多くの人々の保証人になった
り、百数十人の若者たちの留学のお世話をしたり、いろいろな先輩や先生がたに人々
を紹介して来ました。  まあ、多くの場合、結果的にですが、利用されることが実に
多かったようです。  利用されて、あとになって、結果的に、苦い思いをしたこと、
させられたことのほうが、良かったと思うことよりも、多かったように思います。

  今それらを振り返って見て言えることのひとつは、人をほかの人に紹介するという
ことは、とてもむつかしいものだ...  なるべく紹介することを控えたほうが良い...と
言えることでしょう。

★  しかしピリポの人となりの良さ、人格のよさ、品性の善さということを、人々が
よく尊敬していたから、ピリポを信頼していたから、ピリポを敬愛していたからこそ
ピリポのひとことの勧めを信じたり、ピリポに大切なことを依頼することができたの
だ...ということです。  そのことをヨハネ伝1章46節と12章21節が語っています。

  ピリポのひとこと、『来たりて見よ! Come and see!』で、最初はナザレ人イェス
を疑ったナタナエルがイェスに出会うこととなったのです。

  ナタナエルがピリポを信じていたということが、ピリポの人格が信頼に足るもので
あったということが、半信半疑のガリラヤ人ナタナエルをイェスに引き合わすことが
できたのです。  そしてナタナエルがイェスの弟子となることができたのです。
  ピリポは優れた伝道者であったわけです。  「五番目でも一番」だったのです。

★  さらにこのピリポの優れた人となり、品性、人格...というものを証明する事件が
あります。  そのことをヨハネは優れた洞察力で観察して記録しています。
そのことをヨハネ伝12章20節~23節は記録しています。

  すでに紹介しておきましたように、ピリポの出身地ベッサイダ地方は、ギリシャ・
ローマの文化圏でした。  エルサレム地域とは違う環境の地域です。
エルサレムとサマリヤも異なる文化経済圏であるのと同じです。  三者は異なる文化
経済圏を形成していたのです。  このことは頭の中にいれておいてよいことです。

  おそらくギリシャ語を話すギリシャ人のグループだと思うのですが、イェスに面会
を希望していたようです。  きっとイェスのうわさを聞いていたものと思います。
  そこで、誠実そうな、おとなしい、そして時には消極的にも見え、また理知的にも
受け取れるベッセダイ出身でギリシャ・ローマ文化を理解できるピリポに、イェスと
の面会の執り成しの依頼をしたものと推測できます。
  ピリポの慎重さは、その依頼ごとを、すぐにイェスに伝達するのではなく、最初に
仲間で12使徒のひとりであるアンデレに相談したことでも理解できます。

  このピリポの慎重さがあって、ギリシャ人たちはイェスと面接することができまし
た。  そしてこのギリシャ人たちとイェスが出会ったとき、イェスは23節以下の重要
な真理を語られたのです。  イェスのその談話の重要性を理解したヨハネが、それを
記録に書き留め、こん日の私たちまでもがその真理の重大さ、崇高さに胸を打たれて
いるのです。

★  これらの執り成しを為したピリポは、「五番目でありながら一番目の男」だった
のです。  何でもよくできる人という人は、それなりの祝福と責任を神さまから与え
られています。

  それに引き替え、ピリポのように、「いつも五番目」であっても、その人格におい
て、その人となりにおいて優れていれば、見る人は見てくださっているのです。
  イェス・キリストの誠実な弟子であるということは、まず自分の人格を優れたもの
に鍛える必要がありますし、それを更に豊かなものに育て上げる責任と特権があると
思います。  そのことで、人々はイェスを知りたくなるのだと思います。

  神さまが用いられるのは、結局のところ、優れた品格と信仰を持つ個人なのです。